感傷超えよみがえった名曲 クイーン+A・ランバート
ボーカルのフレディ・マーキュリーが亡くなって25年。英ロックバンドのクイーンが9月21、22、23の3日間、アダム・ランバート(34)をボーカルに迎えて東京・日本武道館で公演した。武道館公演は1985年以来、31年ぶりだ。オリジナルメンバーのブライアン・メイ(69、ギター)とロジャー・テイラー(67、ドラム)は息子のような年齢のアダムとともに熱演し、往年の名曲に新たな息吹をもたらした。
フレディはバンドの顔だった。傑出した歌唱力、非凡な作曲能力、カリスマ的な存在感……。彼のいないクイーンはクイーンではない。そう考えるファンは少なくなかったし、メンバーにも同じ思いがあったはずだ。しかも90年代後半にはベースのジョン・ディーコン(65)が音楽界から引退してしまった。73年のデビューから不動の4人で活動してきたのに。
しかし、クイーンはよみがえった。宿命的に「フレディの不在」につきまとわれることを覚悟のうえで。
ブライアンとロジャーは2005~09年に元バッド・カンパニーのポール・ロジャース(66)をボーカルに迎えて「クイーン+ポール・ロジャース」として活動し、05年には来日公演も実現した。これが復活の第1弾とすれば、12年から続く「クイーン+アダム・ランバート」は第2弾である。
アダムは米オーディション番組「アメリカン・アイドル」出身のポップス歌手。14年には「クイーン+アダム・ランバート」で初めて来日し、夏のロックフェス「サマーソニック2014」のステージに立った。彼はひたむきに歌って健闘したが、ロックらしい声の太さや強さの点では、百戦錬磨のポールに一日の長があると感じた。さて、今回はどうだろう。21日と23日のライブを見た。
大がかりなセット、派手なライティング、立ちこめるスモーク、鼓動のようなバスドラム、荘厳なギターオーケストレーション……。そんなオープニングが往年のクイーンのコンサートのお約束で、2年前の「サマーソニック」もそれに近いにぎにぎしさがあったが、今回はスモークもライティングも控えめに感じる。
オープニングは「輝ける7つの海」。いきなりのサプライズである。クイーンにとって初のヒットとなった記念すべき曲ではあるが、筆者の知る限り、この曲で始まったライブはない。2年前は「プロセッション」から「ナウ・アイム・ヒア」という75年の初来日公演と同じ初期の定番を再現する幕開けだったから、今回は思い切った新機軸ともいえるし、ちょっと地味な選曲といえなくもない。
しかし、これは「従来のパターンにこだわらず、今のクイーンを表現する」という宣言でもあろう。クイーンは86年夏を最後にいったんライブ活動をやめている。フレディが亡くなるのは5年後の91年11月。その間に発表された「ショウ・マスト・ゴー・オン」「輝ける日々」などは4人そろったクイーンの公演では演奏されたことがない。
そうした曲を含め、2016年に開くクイーンのコンサートの選曲や曲順、ライブのアレンジはどうあるべきか。クイーンの歴史をまっさらな気持ちで見渡して、これまでの主要なレパートリーを改めて洗い直した成果が、今回のステージだったのではないか。結果として、ベスト盤と同じような選曲になっているが、各曲の与える印象はこれまでとはかなり違っている。
その要因はアダムの奮闘であろう。超高音域まで楽々と出せる声域の広さと、バラードを情感たっぷりに歌い上げる豊かな表現力が彼の武器で、今回はそうした美点が前面に出ていた。ブライアンやロジャー、「5人目のクイーン」ことキーボードのスパイク・エドニーといった周囲のベテランが良さを引き出した面もある。
「リヴ・フォーエヴァー」「ショウ・マスト・ゴー・オン」「ドント・ストップ・ミー・ナウ」といった歌いこなすのが難しい曲になればなるほど、アダムの底知れぬ実力が浮き彫りになっていった。高音域でシャウトすることと、歌詞の深みを表現することは、なかなか両立しないものだ。「サマーソニック2014」で感じた声の線の細さも解消され、むしろ高音域における声の強さに驚かされた。特にバラードの「リヴ・フォーエヴァー」は本家のフレディに迫るほどの名唱で、この曲に新たな命を吹き込んだといえるだろう。
フレディはミュージカル好きで、ステージでは芝居っ気たっぷりに歌い、踊った。けれん味たっぷりで、極めてアクが強かった。アダムにはそのアクの強さをほうふつさせるところがある。フレディのまねをしているというより、素の部分が似ているのかもしれない。
黒い羽根付きの衣装に黒いハイヒールといういでたちで、ゴージャスなイスに腰掛け、妖艶に「キラー・クイーン」を歌う。この演出は「サマーソニック2014」でもあったが、今回はさらに濃密な妖しさを醸し出していた。大げさにやればやるほど、どこかフレディをほうふつさせる。彼はその効果を自覚してやっているのだ。
手作りのエレキギターで千変万化のサウンドを奏でるブライアン。カーリーヘアはすっかり白髪になったけれど、胸にグッと迫るブライアン節は31年前に武道館で見たときと変わらない。79年の武道館、82年の西武球場、ポールと一緒に来た05年の横浜アリーナやヤフードーム(当時)、14年のサマーソニックも見ているが、いつも全く変わらないのがブライアンである。
ロジャーの重々しいドラムサウンドも変わらない。体形まで重々しくなったが、若い女性ファンに騒がれたロックの貴公子の面影も残っている。25歳になった息子のルーファス・タイガー・テイラーをサポートドラムとして参加させていて、親子でドラム合戦をやったり、曲によってはメーンのドラムを息子に任せたりする父親ぶりが何とも言えずよかった。金髪をなびかせて「タイ・ユア・マザー・ダウン」のハードなドラムをたたく細身のルーファスの姿が、往年のロジャーと重なった。
05年、14年に続いて、フレディの没後では3度目の来日公演だからか、過去2度の来日に比べると、フレディの死に対してメンバーや観客が感傷的になる場面、それを誘う演出は少なくなった印象がある。
以前はスクリーンにフレディの姿が映し出されるだけで涙を流す観客も多く、センチメンタルなムードが全体を支配していた感がある。それほどフレディの存在は大きかったのだが、今回は何となく淡々と、しみじみと、感傷を乗り越えつつあるような空気を感じた。ブライアン、ロジャー、アダムの熱演が、おなじみの名曲にライブならではの生き生きとした息吹を与え、感傷を超える感動をもたらしてくれたからかもしれない。
フレディが生きていれば70歳。ブライアンとロジャーも数年のうちに古希を超える。クイーンというバンドの歴史が1つの区切りを迎え、総決算の時期に入ったと考えるべきかもしれない。いまさらオリジナル曲を作って新アルバムを出してほしいと期待するファンは少数派だろう。今回のようなコクのあるライブが見たい。彼らにはまだその余力は十分にありそうだ。
(編集委員 吉田俊宏)
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