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現役時代それなりの地位にいた人ほど雑談が下手

「初対面の人を前にどう振る舞ったらいいのか?」――。頭を悩ませる人がますます増えているらしい。

このところ「雑談関連書籍」は書店で平積みの人気だ。SNS(交流サイト)で雑談だらけの日々を送っている若者が、「リアルな場面じゃてんで雑談ができないって?」などと斜に構えている場合ではない。

「雑談恐怖」は若者だけではない。私が取材した老人施設関係者がため息まじりに言っていた。

「特に男性入居者で、現役時代それなりの地位にいた方に限って、他のメンバーさんとのたわいない会話に交じれず苦しむケースが多くって……」

「雑談は厄介だ」とおっしゃる方は、実は昔からいた。目的を持った会話は比較的楽にこなせても、行き当たりばったりの瞬発力を求められる雑談は、むしろ難しいと感じても不思議はない。

だからだろう。昔から「雑談で困らないための呪文」が重宝されている。「きど(木戸)にた(立)てかけし衣食住」の類だ。ネット上にいくらでもあるから、一度ご覧になってもらいたい。

「き」は気象、「ど」は道楽・趣味、「に」はニュース、「た」は旅、「て」は天気ないしはテレビ。「雑談のテーマに迷ったら思い出せ」ということらしい。ところがこの「雑談マニュアル」、お手軽だけに「リスク」も伴う。

「マニュアル質問」をするなら責任を持って

先日、某地の某会合に登壇を待つ間、律義そうな若者が私に気を使い、いろいろ話しかけてくれた。「おじさんを、ほったらかしにしたら気の毒だ」という親切心あふれる誠実な若者が、"例のマニュアルで雑談"してくれていたのがすぐにわかった。

青年:「こちらの冬は、寒いでしょう」

梶原:「そうですねえ、でも、身が引き締まる感じ、私は好きですよ」

北国の厳しい冬、春を待つ地元の人の心情が聞けたらなあと期待したら、スッと話題を変えられた。

青年:「趣味はなんですか?」

梶原:「あ、そうですねえ……犬の散歩かなあ。散歩と言っても、ちっちゃなトイプードルですから大層なもんじゃありませんが」

北国のわんちゃんは寒さに強く、雪道やぬかるみもへっちゃらでたくましく散歩を楽しむのか、聞いてみたかったが、話題が次へクルリ!

青年:「けさのニュースで、衆参ダブル選挙か? とありましたがどう思われます?」

梶原:「まあ、そうですねえ、どうでしょう。与党にとってチャンスと見ればやるってことですかねえ」

この地はかつて選挙に強かった、某有名政治家の強固な地盤だ。そのエピソードが聞けるかと楽しみにしていたら、また話題を変えてきた……。

青年:「テレビは見ますか?」

梶原:「見ます、見ます! 朝ドラの『真田丸』も大詰めですねえ」

「それを言うなら『あさが来た』じゃないですか!(笑)」というツッコミを期待してボケたらスルーされ、「本番ですよ」と青年にせかされた……。

マニュアルによる「質問」は便利だが、投げかけた質問には責任を持った方がいいのではないかと、親切にされておきながら偉そうな感想を持ってしまった。

雑談は「相互の親愛の情」を高めるためにこそある

彼には、「雑談の極意」もぎっしり詰まった「この本を紹介すればよかった……」と後で悔やまれた一冊があった。東京大学の森俊夫先生の著作「ブリーフセラピーの極意」(ほんの森出版)だ。人気の心理療法「Solution-Focused Brief Therapy(解決志向ブリーフセラピー)」を一般の人にわかりやすく説いたこの本は、「雑談恐怖」に効きそうだと思ったからだ。

同書は「初対面の相談者を前にどう振る舞ったらいいのか?」をセラピストに向けて書いているのだが、私は「雑談が苦手」だと感じるビジネスマンにぜひ読んでほしいと感じた。正しく知りたい方は直接先生の著作に当たっていただくとして、例によって「梶原流超訳」で紹介してしまうことをお許し願いたい。

「この人と波長が合いそうか否か?」―我々は短い雑談を通し瞬時に判断する。先生は「出合い頭の一言」「さりげない質問」の大切さについて書いている。

それゆえセラピストが、「お悩みはなんですか?」と機械的に来談者に聞くなどあってはならない。ビジネスマンが来訪者に「ご用件は?」と突き放すように言えば、「なんで来た?」と拒否を意味するのと一緒だろう。

相談者は悩みがあるから来談するのだし、商売人は用件があるから訪問した。受付は既に済ませている。自分を訪ねて来たことへの"ねぎらい"が最初であるべきだ。「思慮の浅い質問」にムカつく気持ちはよくわかるが、やりがちだ。

「交わす言葉」は「相互信頼」をつくるために存在する。雑談は「相互の親愛の情」を高めるためにこそある。

「○さん、こんにちは! この雨で、ぬれませんでしたか?」

「週末で前の道、混んでたでしょう?」

「うちの玄関工事中で、ご迷惑おかけしたんじゃないかなあ」

「雨」や「道」、「玄関」が会話の"架け橋"となる。「一緒に見たという体験」を言葉にするから緊張緩和の役に立つ。「私も知ってる!」の力だ。

「ご用件は?」は上から目線の一方通行。緊張を高める。

不一致を探すより、「一緒!を探すこと」に意味がある

森先生の主張は一貫している。

「出会った瞬間、信頼関係を築く努力を!」

「互いの、違う点ではなく、共通点を探し出すため全力を尽くせ!」

「ここ一緒だよね!」に力が宿る。一致点があればあるほど相互の信頼感が増す。「この人に任せたい!」――そう思わせたいなら「一緒だよね」を増やせという。

どうしたら、共通点・一致点を増やせるのか――。それには「違いを見つけさせる質問」ではなく、「同じを発見させる質問」を投げかけること!

例えば、「私は野球ファンですがあなたは?」は、「サッカーファン」に「違うけど」と不一致を意識させる。そこで「私はスポーツが好きですが、あなたは?」と"広げて"聞けば、野球ファンも、サッカーファンも、それ以外も「好きです!」と返事する可能性が高まる。一致点を増やすなら、「ざっくり聞くこと」だ。

「嫌いです」と言われたら? 「私、運動神経が鈍いから、やるのは苦手なんです」と、これはこれで「苦手で相手と一致」する。

「猫は好きですか?」「犬はどうですか?」と問わずに、「ペットは好きですか?」と"広く"聞いた方が、共通点が見つけやすい。

「ペットは苦手です」と答えられたら? 「私だって、爬虫(はちゅう)類をペットにするのは抵抗があるな」と思い直し、答え方を変え「実は私もペットが苦手なんです!」と。これでしっかり"一緒"を見つけたことになる。これはインチキでも何でもない。不一致を探すより、「一緒!を探すこと」に意味がある。

信頼関係を強めるコツは、「相手に合わせること」だと森先生は訴える。「意味だけでなく、相手の使用する単語にさえ自分を合わせよ」と。

例えば雑談で映画の話が出たとする。

「映像と音楽が上手にかみ合った映画が好きです」いう相手に、「ビジュアルと、サウンドがコラボした映画が好きなんですね」と、意味は同じでも「相手とは別の言葉」で質問してしまうと、"共感と信頼"は生まれにくい。

むしろ、「相手の言葉をそのまま使う」質問の方が効果的だ。「映像と音楽が上手にかみ合った映画が好きなんですね」で、初めて「一緒だ!」と気持ちを近づけてもらえる。

価値観まで相手に合わせる技

さりげない雑談にも決して手を抜かないのが森先生だ。言葉ばかりか「価値観まで相手に合わせる」技がある。

「やはり大事なのは愛ですね」とつぶやいた相手方に、「いや、お金じゃないですか?」と反論すれば「正直な人」と評価されるかもしれないが、2人の心理的な距離は広がるばかり。「金か? 愛か?」の論争ならいざ知らず、目的が「信頼関係を高める」ことにあるのなら、正解にこだわるのは得策ではない。唯一のこだわりは、早期の解決だ。

「自分をだませ」というのではない。ゆるく、アバウトに考えれば、「愛もお金も両方大事だ」との結論が導かれる。自分にうそをつかず、「そう、愛は大事ですね」と相手に合わせることは十分可能だ。その言葉が解決を引き寄せる。

来談者の窮状を、一刻も早く救うあらゆる「解決志向の戦略」を示し続けた森俊夫先生。雑談と脱線も交えた超一流のレッスンを、何年にもわたり受講できたあり難みをかみしめている。

[2016年3月24日掲載の日経Bizアカデミーの記事を再構成]

梶原しげるの「しゃべりテク」」は木曜更新です。
梶原 しげる(かじわら・しげる)
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーになる。92年からフリーになり、司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員を担当。
著書に『すべらない敬語』『そんな言い方ないだろう』『会話のきっかけ』 『ひっかかる日本語』(新潮新書)『敬語力の基本』『最初の30秒で相手の心をつかむ雑談術』(日本実業出版社)『毒舌の会話術』 (幻冬舎新書) 『プロのしゃべりのテクニック(DVDつき)』 (日経BPムック) 『あぁ、残念な話し方』(青春新書インテリジェンス) 『新米上司の言葉かけ』(技術評論社)ほか多数。最新刊に『まずは「ドジな話」をしなさい』(サンマーク出版)がある。

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