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為替にチャレンジ

なぜ円は独歩高になりやすい? 為替レートの不思議 SMBC信託銀行 商品企画部 合田幸恵

2016/9/29

 今でも忘れられないのが、私が社会人になって初めて為替運用に携わったときの衝撃です。その会社ではチーム採用制が取られ、入社前に担当業務も決まっていたので、準備万端で業務に臨んだはずでしたが実際はわからないことばかり。まさに「為替にチャレンジ」の毎日でした。

 今回はその際の経験から、為替市場や為替レートの基本構造を通して、皆さんの海外投資に伴う為替リスクやコストについてお話ししたいと思います。

■市場では円は「米ドル/円」以外売買されていない?

 為替市場では米ドルを中心に1日当たり5兆ドルという世界最大規模の売買取引が行われており、流動性が高い市場として知られています。米ドルの総取引量は全体の約90%を占め、上位3通貨ペア(米ドル/ユーロ、米ドル/円、米ドル/英ポンド)の合算でおよそ50%に達します。

 裏を返せば、流動性が低い通貨ペアは多数存在し、主要通貨とみなされている日本円でも、米ドル以外の通貨ペアの取引量は僅か4%にすぎません(図表1)。

 米ドルが圧倒的な取引量を誇る理由として、世界の基軸通貨として信用され国際的な貿易取引や金融取引で使われていることに加えて、「媒介通貨」の役割を果たしていることが挙げられます。一般にはあまり意識されていませんが、日本にいる私たちが新聞やネットで目にする各国通貨の対円の為替レートは、米ドル/円を除いて「クロス円」で表示されています。これは各国通貨を一度米ドルに換算し、その米ドル建ての換算額を対円レートで表示する、というものです(図表2)。

■米ドルの媒介によって為替変動が増幅されやすい

 さて、その「クロス円レート」には外貨/米ドルと米ドル/円レートの掛け算で合成されるがゆえの特性があります。米ドルと円が同方向に動く、つまり米ドル高(外貨安)と円高(米ドル安)が同時に進むと、双方の変動幅が同方向に掛け合わされ、クロス円の変動幅は大きくなります。逆に米ドルと円が逆方向に動けば、双方の変動幅は互いに打ち消しあうので、クロス円の変動幅は小さくなるのです。

 6月下旬の英国のEU離脱決定となった国民投票後に、投資家のリスク回避姿勢が強まり安全通貨が買われ、円が独歩高となったことは皆さんも記憶に新しいのではないでしょうか。これはユーロ、ポンドから米ドルへのシフトが起こるとともに、英国のEU離脱の影響が米国よりもさらに小さいとみられた円にもリスク回避の資金が向かったため、米ドル高(外貨安)と円高(米ドル安)が同時に進んだことで、米ドル以上に円の変動幅が大きくなったと考えられます。

 このように、クロス円レートはいや応なく米ドル/円の価格変動の影響を受けるため、クロス円同士の動きが似通いやすい(相関が高い)という特性があります。さらに、円と米ドルは政治的、経済的にも安全通貨とみなされやすいため、円と米ドルが同方向に進み、結果として円のボラティリティー(価格変動)がより大きくなりやすいのです。従って海外資産に投資をする際には、基軸通貨の米ドルから投資をするほうが、円からよりもリスクを抑える効果が高いと考えられます。

■為替にチャレンジするためのいろいろな手段

 資産運用で重要なのは、高い収益を狙うために高いリスクを取ることではありません。長期的な資産形成のためには、為替で高収益を狙うことよりも重要なチャレンジがあります。リスクとコストを抑えることです。

 プロの投資家であるヘッジファンドや機関投資家にとってのチャレンジの一つは、環境に応じて為替のリスクやコストを抑え、「実質的に期待収益が実現する確信度」を高めることです。つまりプロの投資家はリターンだけでなく、リスクとコストとを併せて考えるのです。

 為替取引の代表的なコストには、為替手数料のほかに為替ヘッジコストがあります。外貨建て資産に円から投資をする場合に避けて通れないのが為替変動リスクですが、ここで役立つのが為替ヘッジです。例えば「為替ヘッジあり」の投資信託を選ぶと為替予約などを利用して為替変動をヘッジすることで為替差益を放棄してしまいますが、一方では為替損失を避けることができます。これに要する費用が為替ヘッジコストで、皆さんが直接支払うのではなく、基準価格の計算時に信託財産から引かれています。このように、円から海外資産に投資をする際は、為替変動リスクを負うか、為替ヘッジを行ってリスクを負わないかで最終的な期待収益が変わるわけです。

 さて、今の米ドル/円のヘッジコストは日米の短期金利差に米ドル需要が加わって、年間で2%近くかかります。言い換えれば100万円の投資額のうち為替ヘッジコストとして約2万円がかかる計算です。ということは、それを上回るリターンを出さなければ運用成績はプラスになりません。さらに今後は米短期金利の上昇によって為替ヘッジコストも上昇しそうです。実際の市場においては理論と異なる部分もありますが、結局、金利上昇による為替ヘッジコストの増加分だけ追加でリスクを取らなければ、当初期待していたリターンを得ることは難しいでしょう。

 では為替ヘッジコストが上昇した場合、プロの投資家である日本の機関投資家はどうしているのでしょうか。(1)米ドルをヘッジせず、対円の為替変動リスクを受け入れる (2)為替ヘッジコストを支払った後でもリターンが確保できるよう、高収益の資産に投資する (3)為替ヘッジコストが安いユーロ建ての資産で、より高いリターンを期待できるものに投資する (4)外貨でそのまま運用する割合を増やす――などの中から、最終リターンの確信度を高める方法を選択しています。

 これらの点から、個人投資家の皆さんにとっては必ずしも自国通貨の円から取引するのではなく、外貨を外貨のまま運用し続ける、というのも一つの選択肢となるでしょう。

 個人投資家の皆さんは資産形成ステージによって取れるリスクが異なると思います。資産形成を始めたばかりのステージ、それを土台にして発展させるステージ、さらに余裕資金を対象にしたステージと3つに大別すると、最初の2ステージにいる方こそ、コストがもたらす利回りへのインパクトをしっかりと理解した上で、運用通貨や運用方法を選択することが重要だと言えそうです。

合田 幸恵 (ごうだ・ゆきえ) SMBC信託銀行 プロダクト統括部 シニア・クオンツ・ストラテジスト。外資系大手運用機関にて、リサーチ・オフィサー及びストラテジストとして多岐に亘る運用戦略に従事。公的機関への運用コンサルタントも務めた。2016年4月から現職。定量アプローチに基づく運用モデルの開発や投資関連の調査研究を行う。工学修士。日本証券アナリスト協会検定会員。

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