つまり税率55%というと、課税財産が1億円ある場合には相続税で5500万円持っていかれるのではないか、という誤解です。日本の相続税の計算はそんなに単純なものではありません。相続税の税額計算はあらゆる税法の中で最も複雑なものなのです。
各人の税額を算出し合計して、最後にまた案分
日本の相続税の計算は「遺産課税方式」をとっています。そのため、相続した人が個々に自分の受け取った分を申告するのではなく、被相続人(亡くなった人)の財産全体について1枚の申告書に相続人全員が署名して申告することになります。税理士としては、財産評価や遺産分割の調整を乗り越えればホッと一息。その後は相続税申告ソフトを用いて申告書を作成するので作業自体はスムーズに進みますが、実は内側を見ると計算過程は非常に複雑になっています。
(1) 遺産から基礎控除(3000万円+600万円×法定相続人の数)を引く
(2) 法定相続分で分割したと仮定して、各人の課税価格を振り分ける
(3) 振り分けられた各人の課税価格に税率をかけて各人ごとの相続税を算出する
(4) 各人の相続税額を合計して相続税の総額を算出する
(5) 実際に相続した金額に基づき、相続税の総額を案分する
ここで相続税率が登場するのは(3)の段階です。つまり各人が法定相続分で取得した前提の価格に税率をかけるのであって、被相続人の財産全体の価格に対して税率をかけるのではないのです。
相続税の速算表はどう使うの?
国税庁のWebサイトで相続税の税率表を探すと、左の速算表が出てきます(https://www.nta.go.jp/taxanswer/sozoku/4155.htm)。この表はどう使うかというと、まずそれぞれの財産ゾーンにあてはまる税率をかけて、次に「控除額」を引きます。ここでいう控除額は(1)の基礎控除や税額控除とは異なり、計算ロジック上(いわば速算するため)の控除ですのであまり気にする必要はありません。
具体的に見てみましょう。例えば4000万円の財産を取得する場合、本来であれば4000万円を3つに分けて(1000万円以下の部分、1000万円超3000万円以下の部分、3000万円超4000万円までの部分に区分して)、それぞれ10%、15%、20%の税率をかけて足し上げるのですが、非常に面倒ですよね。なのでこれを速算するための「控除額」なのです。贈与税や所得税にも同じような税率表(速算表)があります。
さて、計算がわかったところで表を見ると、6億円超の部分の税率(最高税率)は55%となっています。仮に相続人が1人で7億円の財産を相続したとしたら、相続税は(7億円―基礎控除3600万円)×55%―7200万円=2億9320万円となりますが、これが7億円に対して何%に当たるかというと2億9320万円÷7億円=41.8%となります。この数字が税負担率といわれるものですが、55%に比べればだいぶ小さいのに気付くでしょう。
以上のことから、基礎控除や税額計算プロセスが違う諸外国と税率だけを単純に比較しても意味がないことがわかります。
税理士泣かせの一言「この場で試算してください」
相続税対策で税額を試算する場合、税理士はその場では計算せずに、あらかじめお預かりした資料をもとに試算してお客様に説明をします。これは計算ロジックが複雑なため、誤った試算をしたらお客様に迷惑をかけてしまうからです。しかし現場では、説明の途中で「先生、やっぱり預金は3000万円ではなくて8000万円で試算してください」といった訂正が入ることもよくあります。それは「子供は親の正確な預金残高を把握していない」ことや、「親は子供に財産を少なめに伝える傾向がある」からです。こういったときの現場での試算のやり直しは神経を使うため、我々税理士は本当に困ってしまいます。
さて、最近は概算でよければ個人でも相続税の計算が簡単にできるようになりました。下記の国税庁のサイトでは「正味の遺産額から基礎控除額を差し引いた残額」と「相続人である子供の数」を入れると、配偶者や子供それぞれの相続税額の目安が表示できます。ただし画面は極端に簡素でそれ以外の情報は表示されないので、物足りないと思う人もいるかもしれません。https://www.nta.go.jp/taxanswer/sozoku/4155.htm
そこで私たちの事務所が2年前に開発した無料の相続計算アプリ「スマート相続診断」もご紹介しておきます。iPhone、iPadに対応しており、質問に答えていくだけで法定相続人の自動判定や各人ごとの相続税計算などができます。税理士に相談に行く前に相続人の全体像や財産額、内容を整理しておくのにも役立つと思います。http://smart-souzoku.com/
