ビートルズが変えた日本「男がこぞって美容室だもん」小倉智昭のザ・ビートルズとっておき(3)

ザ・ビートルズに皆が憧れた1960年代、音楽シーンは大きな変革期を迎えた。日本ではグループサウンズが台頭し、曲調が、楽器が、ファッションが一新した。ビートルズに傾倒しバンド活動にのめりこんだ小倉智昭さん(69)もその激変ぶりを肌で感じた一人。ビートルズは音楽ばかりか、日本の若者文化そのものにも大きな影響を与えたと話す。(聞き手は企業報道部次長 松本和佳)

――ビートルズ登場「前」と「後」では何が変わりましたか。

「僕の世代が本当に幸せだと思うのは、黒人音楽やフォークソングからロックに移行していく過程をすべて知っていること。楽器ではアコースティックギターからエレキギターが生まれていくのも経験しているんです。僕がバンドを始めたころはエルビス・プレスリーとかチャック・ベリーとかが憧れで、アコースティックギターでロックンロールをやるのがかっこいいと思っていた。そのロックンロールが、ビートルズが出てきてまるで変わっちゃった。ビートルズ自身はプレスリーやチャック・ベリーから影響を受けた、とコメントしていますけどね」

「ビートルズは当初、米国のリズム・アンド・ブルースに影響を受けていて、ブルースっぽい音楽をやっていました。デビュー当時はアイドルだったんだけど、その後どんどん音楽性を変えていった。録音の仕方も先駆的でした。たとえば『ヒア・ゼア・アンド・エブリホエア』ではポールのリードボーカルはテープスピードを落として録音し、再生するときに回転を早めたんです。女性的な声の響きを作り上げるためでした。そんな発想は当時、誰もできなかった。ビートルズが出てきたことで楽器を演奏する技術だとか、ボーカルだとかが大きく変わったんです。その後のバンドはビートルズを追随するように一生懸命やるようになり、伸びたよね。憧れたの。みんな。ビートルズに」

――日本でグループサウンズが誕生したのはビートルズがきっかけでした。

「ビートルズ来日前にバンド活動していたのはジャッキー吉川とブルー・コメッツ、ブルージーンズ、ザ・スパイダースなど。ほかにはフォークの流れをくんだグループがありました。それがビートルズが日本に来た後、エレキギターを演奏しながら歌うグループサウンズがどんどんデビューした。ザ・タイガースとかオックスとかザ・テンプターズとかね」

「ギターの奏法も歌い方もファッションも、とにかく研究したよ。ばかだけど、ビートルズになりたかったんだもの」(東京・六本木のライブハウス「アビーロード」)

「ギターも変わってね。エレキギターといったって、インストゥルメンタルなんかみんな、ソリッドのギター(1枚の厚い板でできたエレキギター。空洞がなく生音はほとんど聞こえない)で演奏していたじゃないですか。それなのにビートルズは、ギブソンのセミアコースティックギター(ボディーに空洞があるタイプのエレキ。内部で音が反響する)とか持っている。だから美しい音が出る。みんなが『すげー』とほしがった。それでヤマハとかがセミアコを作って売り出し、ギタービジネスが広がった。グループサウンズもセミアコを持ち出したんです」

――ファッションも大いにまねされました。

「なんといっても『制服』ですよ。それまでフォークグループっていうと、アイビールックみたいなボタンダウンのシャツに綿パンとか、フレッシュな感じのスタイルだったじゃない。ビートルズは出てきたころ、詰め襟みたいなそろいの制服を着て演奏していたんです。それをまねして、日本のグループサウンズは一斉に制服を取り入れました。タイガースもブルージーンズもブルー・コメッツも、みんな黒のスーツだった。僕のバンドだって、黒のVANジャケットにグレーのパンツ、ゴールドのネクタイをしていた。そろいのファッションで演奏するのがかっこよかった」

――マッシュルームカットも有名です。

「彼らがやることすべてがかっこいいと思っていた。でもビートルズのマッシュルームカットを皆がまねしたことは笑えるよね。当時の男性は理髪店しか行っていなかったのに、こぞって美容室に行き始めたんだから。日本の美容文化だって変えてしまったのがすごいです。僕も長髪にしてトンボ眼鏡みたいなものをしていました」

「ビートルズになりたかったんです。ばかだよね。やりたいって思ったらシングルレコードをいち早く買って、何回も何回も聞いて。にわかにエレキギターを持ったようなやつばかりでしたから。だって、それまではアコースティックギターで『禁じられた遊び』から入り、あとはフォークだったんだもの。キングストン・トリオの『花はどこへ行った』とか、そういう音楽の時代がまるで変わってしまったんだから」

――小倉さんはバンドでベースとボーカル担当でした。

取材場所となった「アビーロード」は全国からビートルズファンが訪れる有名店。小倉さんも常連の一人だ(東京・六本木)

「本当はギターをやりたかったけど。『メンバーでベースがいないからやってよ』『大丈夫だよ、コードが分かれば弾ける』と友達からいいかげんなことを言われて。でも僕はポールが大好きだったから、ベースを弾きたい、と思って引き受けた。歌っていると、ベースって弾くのが難しいのよ。ドラムスと同じでベースはリズム楽器だから。バスドラムが1拍早く入ったり、遅れて入ったりするのに合わせて弾くと、歌が惑わされる。でもポールはかなり難しいベースを弾きながら歌える。だからかっこいいわけですよ」

――コピーバンドも相当な数に上ります。

「世界中にビートルズのコピーバンドが存在するけど、ここ(六本木のライブハウス『アビーロード』)で演奏しているザ・パロッツはイギリスのビートルズフェスティバルでトリを務めるほどの実力者です。全213曲を完全コピーしていて、来日中のポールのプライベートパーティーに呼ばれるほど」

「CDでビートルズマイナス1っていうカラオケもあります。メンバーの誰か1人の演奏が抜けているディスクが入っている。だから、自分がメンバー1人、たとえばポールになって歌うことができるんです。面白いよね」

おぐら・ともあき 1947年秋田生まれ。独協大仏語学科卒、71年日本科学技術振興財団テレビ事業本部(現テレビ東京)入社。77年にフリーとなり「世界まるごとHOWマッチ」のナレーションが話題に。現「とくダネ!」(フジテレビ)キャスター。
ザ・ビートルズ(ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター)来日公演 1966年6月30日~7月2日、日本武道館(東京・千代田)で昼夜5回にわたって開かれ、約5万人の観客が詰めかけた。武道館初のロック・コンサートとなる。世界ツアーはドイツから始まり日本は2番目。日本公演の後はフィリピンへ向かった。

「小倉智昭のザ・ビートルズとっておき」は9月26日(月)から29日(木)まで4回シリーズで公開します。

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