日本にバーグマンはいない 女性の個の尊重に落差
女男 ギャップを斬る(水無田気流)
スウェーデン大使館で、イングリッド・バーグマンをテーマとするシンポジウムを聴講してきた。前半は、スティーグ・ビョークマン監督のドキュメンタリー映画「イングリッド・バーグマン~愛に生きた女優」の上映。
バーグマンが夫子を捨てイタリアのロッセリーニ監督のもとへ走った事件や、報道写真家ロバート・キャパとの大恋愛など、数々のスキャンダルを経てなお貪欲に演じ続けた姿勢について、後半の講演で作家のウルリカ・クヌートソン氏は「フェミニストのイコン」と激賞。その後のパネルディスカッションで映画監督の松井久子氏は、「日本にはバーグマンのように大女優でありつつ、私生活でも真に自由に生きられた人はいない」と指摘した。
印象に残ったのは、同パネルにて「アエラ」前編集長の浜田敬子氏からクヌートソン氏への質問、「スウェーデンでは(共働き)夫婦で妻が夫から言われて腹が立つNGワードはありますか? 日本では、『好きで働いてるんだろう』と『母親のくせに』です」が、まるきり通じていなかった点だ。
これについて、終了後のレセプションでスウェーデン人の女性公使をつかまえて質問してみたが……、やはりなかなか意図が伝わらない。ふいに思いついて尋ねた。「たとえば日本では、既婚女性が働く際に夫の許可が必要な場合が少なくないのですが、スウェーデンではどうですか?」。何か地球外生物を見るような目で私を見た後、彼女は言った。「働くことは個人の問題でしょう?」。なるほどスウェーデンでは、そもそもこの類の問題は消滅しているため、日本人女性の葛藤が理解不能だったのか……。
それにしても、「好きで働いてるんだろう」は、根深い問題を示す言葉だ。女性が自分で選んだことだからどんなにひどい状況でも文句を言うべきではないし、家庭責任をおろそかにするのはもってのほかとの含意が見える。これを社会問題ではなく家族問題とみなす考え方が、長じて待機児童問題一つ本気で解消しようとしない政策姿勢の根底に横たわっているのではないか。それでも、「とても時間はかかったが、私たちはなし得た」との公使の言葉を希望に、大使館を後にした。
〔日本経済新聞朝刊2016年9月17日付〕
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