ジェットコースターのような経営の現場を垣間見る
南場智子著「不格好経営」
国内で1日に刊行される新刊書籍は約300冊にのぼる。書籍の洪水の中で、「読む価値がある本」は何か。書籍づくりの第一線に立つ日本経済新聞出版社の若手編集者が、同世代の20代リーダーに今読んでほしい自社刊行本の「イチオシ」を紹介するコラム「若手リーダーに贈る教科書」。今回の書籍はディー・エヌ・エー(DeNA)を設立し、現在は会長の南場智子さんの自伝だ。読者に語りかけるようなフランクな筆致が印象的な一冊で、2013年の刊行以来、累計部数は12万部を超えるロングセラーだ。
◇ ◇ ◇
南場智子DeNA会長
著者は1986年に津田塾大学を卒業してマッキンゼー・アンド・カンパニーの日本支社に入社。90年には米ハーバード・ビジネス・スクールで経営学修士(MBA)を取得し、96年にはマッキンゼーで役員級のパートナーに就任します。99年に退職してDeNAを設立、2005年には東証マザーズへの上場を果たしました。その後、病気療養中の夫の看病に力を注ぐため、社長を退任しました。本書は著者が自らの「だれか遠い他人の仕業と思いたいほど恥ずかしい失敗の経験」とそこから得た学びを軽快な語り口で詳細につづったものです。
「『社長を使い倒す』現場の熱量が好き」
「マッキンゼー出身で、起業」と聞けば、多くの人は「順風満帆で何でもできるエリート」と思うことでしょう。確かに南場さんはタフでポジティブです。ささいなことではめげません。
「女子に教育は必要ない」。こうと公言してはばからない父親に、東京の大学への進学を反対されたときには、文字通り体当たりで抵抗、跳ね返されて血まで流す始末。母親に「品行方正で安全だから」となんとか説得してもらって津田塾大へ入学を果たすと、今度は全学で1人だけの奨学金留学枠をつかみ取ります。「もっと自由になりたい」。こうした思いに突き動かされ、次々に自身の世界を広げていきます。
私をこき使わなければ私がこき使うよ、などとよく脅しているが、自分の仕事にオーナーシップを持っているメンバーは、必要な仕事を進めるために使えるものは有効に使うもので、そこに社長が含まれている場合も多い。そして生意気にも振り付けをしてくる。
(200ページ 第7章 人と組織)
もちろん、そのパワフルさは起業後も健在です。夫の看病で一時現場を離れた著者ですが、社長時代は忙しい中でも社員と直接接点を持つことを心がけていました。特に、採用活動には一番力を入れ、新卒向け会社説明会を自分で行うなど、率先して関わっていたようです。驚くのは、自らチームに入っていくところです。大きな企業になればなるほど、役員と現場の社員との距離は離れてしまいがちです。「社長を使おう」という発想はなかなか生まれません。しかし、会社は「社長のもの」ではありません。会社の発展のために必要であれば、社長や組織をもっと積極的に使うという姿勢を持ってもよいはずです。
◆平均睡眠時間は2、3時間
(59ページ 第2章 生い立ち)
今や日本を代表する女性経営者のひとりとなった南場さんですが、マッキンゼー時代は苦労の連続でした。何度も「辞めよう」と思い、入社して2年後には「逃げるように」米ハーバード・ビジネス・スクールへ留学します。2年間、ボストンでの生活を謳歌した後、再びマッキンゼーに戻ってからも「私はこの職業に向かない」と悩むことになります。転職先も決めて精神が安定してきたころ、お世話になったパートナー(共同経営者)からプロジェクトの誘いを受けます。しかし、そのプロジェクトが予想外にうまくいき、幅広く仕事を任されるようになりました。
「辞めない」ことで開けたキャリアの道
(63~64ページ 第2章 生い立ち)
その後、物事を提案する立場から「起業」という決める立場への転換に多大な苦労が伴ったことなどが、生々しい情景描写とともに記されています。苦境が続いても、南場さんは諦めませんでした。「辞めたい」と思うときにこそ、そこで一歩踏みとどまってみると、仕事がもっと面白くなる瞬間がくるのかもしれません。
「ベンチャー企業」として注目をあびることは少なくなったものの、単なるビジネス書としてだけではなく、著者のプライベートも含めた数々の決断に至るまでの葛藤から多くのことを学ぶことができます。起業を志す人のみならず、物事に行き詰まったとき「あとちょっとの後押し」が欲しい人にもお薦めの一冊です。
◇ ◇ ◇
夫の看病に専念するため社長を退任された後、約2年間にわたり経営の第一線を離れていたDeNA創業者の南場智子さん。現場復帰の決断直後から、実際に復帰されるまでの数カ月間に集中的に執筆された本書では、創業の原点となった立ち上げ期の苦労や成長期の奮闘ぶり、自身の生い立ちなどが赤裸々に描かれています。
これでもかと言わんばかりの失敗のフルコース。書名の「不格好」、英題の「bumpy(でこぼこ)」もここから来ていますが、南場さんの軽快な文章と前向きな姿勢がすべてを未来志向にしています。これぞ、起業家のリーダーシップ。ジェットコースターのようなスピード感あふれる経営の現場を垣間見ることができる一冊です。
(雨宮百子)