変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

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競争の優位基盤になる第3の要素は組織能力です。著者は利益源泉を昔話「三枚のお札」に例えていますが、ポジショニングと組織能力は2枚目の札でも3枚目の札でも順序は問いません。ポジショニングは目に見える差別化で、組織能力は組織が日々の活動の中で蓄積した、模倣が難しく目に見えない差別化基盤です。

著者はレストランの例を使い、ポジショニングはシェフのレシピで勝負する方法で、組織能力は冷蔵庫の中にある素材や料理人の腕前で勝負する方法だと説明します。

神戸大学教授 MITスローン経営大学院 研究員 小川進氏

神戸大学教授 MITスローン経営大学院 研究員 小川進氏

トヨタ自動車のかんばん方式は組織能力のわかりやすい例です。同社がかんばん方式を使って無駄のない生産システムを構築し競争優位の源泉としていることは誰もが知っています。しかし、競合がいくらまねてもトヨタ以上にうまくできている企業はありません。

著者は利益源泉の個々の要素だけでは優れた戦略の本質を捉えきれないと考えています。例えばポジショニングと組織能力のいずれの説明力が高いかを明らかにしようとすることはナンセンスだと言います。ポジショニングと組織能力の両方が収益性に影響を与えているのが普通で、どちらかの要素だけが決めている事例はめったにないというのです。

むしろ競争構造、ポジショニング、組織能力をいかに組み合わせて高い顧客価値を実現するかというところに競争戦略の要諦があると著者は喝破します。

競争構造、ポジショニング、組織能力といった個々の要素を見るのは、戦略を「静止画」として見ているにすぎない。そうではなく戦略を構成する要素のつながりを「動画」として見ることこそ戦略の本質を浮き彫りにすると主張します。

本質的な顧客価値の定義から始めて、利益創出の最終的な論理を描く戦略のストーリー化ができているかどうかで、戦略の良しあしが決まる。戦略をストーリーとして見るということです。

ケーススタディー セブンイレブンの組織能力 売り逃しを極小化する単品管理

セブン―イレブン・ジャパンが競合チェーンより優れた組織能力を持つのは、売り逃しのロスを極小化する単品管理の力です。

売り逃しのロスには3つあります。1つ目が既存商品の売り逃し、2つ目が新商品の売り逃し、3つ目が潜在的ニーズを満たす商品の売り逃しです。

セブンイレブンはどの商品をいくつ発注するかを本部ではなく店舗の発注担当者が決める方式を、他社に先駆けて実践してきました。発注権限はあくまでも店舗にあり、本部は発注を支援する情報を提供することに徹します。

例えば既存商品なら、中華まんは真冬でなく体感温度が急に下がる秋口に一番売れます。ですので、細かくエリアごとに区切った気温情報が本部から店舗の発注端末に提供され、毎日の寒暖差に注意した発注が店舗で行われます。また、店の近くに予備校があり、模擬試験がある日にはお弁当よりサンドイッチが売れます。こうした店舗の近隣で開かれるイベント情報を事前に集めて発注に生かす重要性も、店舗指導員から他店の成功事例とともに伝えられます。

新商品は既存商品より発注が難しくなります。特にコンビニエンスストアの場合、新商品が発売された週が最も高い売り上げを記録すると言われています。テレビ広告は新商品の売れ行きを左右するので、新商品にメーカーがどの程度の量のテレビ広告をどのタイミングで打つかを、バックヤードの情報端末で確認しながら店舗の担当者が発注できるようになっています。また、発売日に予想以上の売れ行きを見せた新商品情報は店舗指導員を通じて他の店舗に共有されます。売れ行き情報がその日のうちに商品の陳列場所や発注量に生かされるのです。

潜在ニーズを捉えた商品をメーカーと共同開発

さらにセブンイレブンはメーカーとの共同開発に熱心に取り組んでいます。コンビニ利用客の潜在ニーズを捉えた商品をメーカーと協力しながら開発し、他チェーンと差別化する商品を展開しています。そこでは本部で集計された販売時点情報が活用される場合もあります。

例えばキャラクター商品はアパレル、インテリア、文具、菓子といった順で売れ行きが移動するといいます。そこで本部の菓子担当マーチャンダイザーはあるキャラクターがインテリアや文具で売れ始めると、そのキャラクターを使った菓子の企画を始めたりします。

キリンビールと共同開発したビール「まろやか酵母」や日清食品のカップ麺「日清名店仕込み」シリーズも初期の共同開発商品の代表例です。セブンイレブンのチルド物流を活用すれば、これまでにない味のビールを提供できる。あるいは各地の有名なラーメン店の味を即席麺として商品化して全国で食べられるようにする。いずれも潜在的ニーズを満たす商品の売り逃しを極小化しようとするものでした。

こうした売り逃さない仕組みを高い能力で実践できていることが、セブンイレブンと他チェーンとの日販の差となって現れていることに間違いはありません。ただし競合チェーンがセブンイレブンの単品管理に追いつこうと日々努力していることは確かです。セブンイレブンの出身者を迎え入れたりしながら単品管理のスキルを磨き、売り逃しの極小化を進めています。

ここで1つの疑問がわきます。セブンイレブンの単品管理の能力が他を圧倒するレベルになるまで競合はどうして指をくわえて見ていたのでしょうか。どうしてすぐにまねしなかったのでしょう。実は戦略をストーリーとして見ることで、この謎に答えることができるのです。

小川進氏(おがわ・すすむ)
神戸大学教授 マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院 研究員

1987年神戸大学経営学部卒、89年神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了。98年米マサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号(経営学)取得。神戸大学経営学部助教授などを経て、2003年から神戸大学大学院経営学研究科教授。16年からMITスローン経営大学院研究員。専攻はマーケティング、イノベーション管理。主な著書に『ユーザーイノベーション: 消費者から始まるものづくりの未来』(東洋経済新報社)など。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

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