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競争優位の基盤の第1要素は業界の競争構造だと前回、紹介しました。著者の言葉を借りれば、北極での生活のようにいくら知恵を絞っても快適にならない(利益が出ない)業界もあれば、ハワイで暮らすようにただそこにいるだけで快適に過ごせる(お金がもうかる)業界もあります。たばこ業界や製薬業界はハワイで、パソコン業界は北極だと言います。

神戸大学教授 MITスローン経営大学院 研究員 小川進氏

神戸大学教授 MITスローン経営大学院 研究員 小川進氏

重要なのは、ハワイのような業界でも時が経てば環境が変化したり競争が激化したりして北極のようになる恐れが絶えずあるということです。著者は競争優位の基盤を昔話「三枚のお札」に例えていますが、こうした環境変化が生じた時に2枚目の札として登場するのがポジショニングです。

ポジショニングで大事なことはトレードオフをつくり、一方の選択肢を捨てる決断をすることです。圧倒的に使い勝手のよい製品で差別化を実現してきたアップルが好例です。他社のパソコンやアプリとの互換性より、世の中があっと驚く製品を開発することにエネルギーを注いだのです。

マブチモーターの例もあります。同社はカスタムメードな製品を作らず、標準化した小型モーターを販売する決断をしました。そうすることで人件費の安い海外で標準品の大量見込み生産を行い、コスト優位を手にすることができたのです。

さらにデルはパソコン初心者をターゲットから除き、自分好みのパソコンをネットで直接発注できるユーザーを標的としました。その結果、顧客への直販体制と受注生産を実現し、流通費用を劇的に削減することでコスト優位を手にしました。

もちろんポジショニングによる競争優位も永遠ではありません。もうかるとわかればよほどのことがない限り他社が放っておかないでしょう。気がつくと製品や仕組みが模倣されポジショニングの優位性がなくなっていたということもあり得ます。そうした時に3枚目の札として登場してくるのが組織能力です。

ケーススタディー セブンイレブンのポジショニング 時間価値を訴える

コンビニエンスストア業界の競争構造はどのようなものでしょうか。セブンイレブンが出店を始めた当初、競争構造は決して恵まれたものではありませんでした。

マイケル・ポーター教授の5つの圧力モデルで見ると、実質上のライバルはスーパーで、価格競争力を武器に戦っていました。またコンビニへの参入は今とは違い、当時は誰でもできました。

供給業者の交渉力はどうでしょう。大手スーパーのイトーヨーカ堂の子会社ということでおつきあい程度に取引をするという供給業者はいましたが、商品の取扱額が少ないため交渉力は供給業者の方があったと考えるのが普通でしょう。

購買者の交渉力はどうでしょう。同じ商品が隣のスーパーで安く売られていたなら消費者はスーパーで購入したでしょうから、購入者からの低価格化圧力はあったでしょう。コンビニにとってスーパーは、消費者にとっての代替的購入先であり低価格圧力の発信元だったのです。5つの圧力モデルから考えるとコンビニは創業当初、決して恵まれた競争構造ではありませんでした。まさに北極です。

そんな北極のような環境の中でセブン―イレブン・ジャパンはどのように高収益を実現できるようになったのでしょうか。同社が行ったポジショニングは価格ではなく時間価値を訴求するというものでした。

コンビニを自宅の冷蔵庫代わりに使いたい、商品を欲しい時にすぐ手に入れたい、値段は定価でもかまわない。そんな消費者の欲望を標的とする店を実現することで、セブンイレブンはスーパーや同業他社との差別化を行いました。大規模小売店舗法によって大型店舗の深夜営業が制限されていたのは幸運でした。同社は大型店が営業していない深夜の需要を取り込み成長エンジンの一つとしました。「開いててよかった」は当時コンビニが提供していた価値を的確に表現する言葉でした。

他社が模倣できない組織能力

深夜営業に加えて品ぞろえでセブンイレブンは差別化を進めていきました。当時、酒の販売は免許制で一般の小売店は酒を扱えなかったので、酒販店から転業した加盟店は酒の販売を差別化の手段の一つにしました。その後、セブンイレブンはおむすび、お弁当などのファストフードやおでんで独自商品を開発し、他チェーンと差別化した品ぞろえを実現していきました。

こうしたセブンイレブンの展開に、ローソンやファミリーマートといった競合チェーンは類似の商品やサービスを開発し追随しました。しかしセブンイレブンの店舗業績に追いつくことはなかなかできませんでした。例えば1日1店舗当たり販売額(日販)でいえば、今もってセブンイレブンと競合チェーンとの間には10万円程度の差があると言われています。見た目のポジショニングの取り方に大きな差がないにもかかわらず、セブンイレブンとその他チェーンの業績との間には埋まらない差が今でもあるのです。

セブンイレブンと他チェーンの収益の差を生み出している第3の要素は組織能力だと著者は言います。組織能力とは他者が簡単にまねできず(まねをしようと思っても大きなコストがかかる)、市場で容易に買えない経営資源のことを指します。ポジショニングがトレードオフを強調するのに対して組織能力の鍵は模倣の難しさにあります。

セブンイレブンの強みは売り逃しが少ないところにあります。他チェーンとの日販の差は、お客が店に買おうと思って来た時にその商品があるかどうかの差だと言うことができます。セブンイレブンは消費者の望むものを店に品切れなく並べる単品管理の能力に磨きをかけてきました。

小川進氏(おがわ・すすむ)
神戸大学教授 マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院 研究員

1987年神戸大学経営学部卒、89年神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了。98年米マサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号(経営学)取得。神戸大学経営学部助教授などを経て、2003年から神戸大学大学院経営学研究科教授。16年からMITスローン経営大学院研究員。専攻はマーケティング、イノベーション管理。主な著書に『ユーザーイノベーション: 消費者から始まるものづくりの未来』(東洋経済新報社)など。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)

著者 : 楠木 建
出版 : 東洋経済新報社
価格 : 3,024円 (税込み)

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