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長崎のある女子校の奇跡 無名の吹奏楽部を全国に導く

2016/9/16

サウナのような体育館で今日も練習する活水高校・中学の吹奏楽部

 カリスマ指導者とメンバーとの間に強烈な信頼関係が生まれると、その組織はとんでもない力を発揮する。例えば井村雅代コーチのもと、リオ五輪で3大会ぶりにメダルを獲得した女子シンクロナイズドスイミングのチームのように。長崎のある女子高校の吹奏楽部でも、そんな奇跡が起きた。部員数も足りない素人集団が、わずか7カ月で全国大会出場という快挙をなし遂げたのだ。カリスマ指導者はいかにして短期間でチームを強くしたのか。そこには企業経営にも通じる組織論や人事論の哲学があった。

 長崎でも指折りの観光名所、オランダ坂。石畳の坂道を登り切った先にたたずむ荘厳な建物が、活水(かっすい)女子大学だ。その付属の活水高校吹奏楽部に1年半前、一人の指導者がやってきた。藤重佳久氏(62)だ。2015年3月まで、福岡市の精華女子高校吹奏楽部を35年間、指導してきた。

加納学長(左)は藤重氏を活水大教授に招き、中高の吹奏楽部指導も任せた

 精華の吹奏楽部は全国大会の常連で、何度も日本一になっている。あまりの上手さに目を付けたソニー・ミュージックエンタテインメントがCD「熱血!ブラバン少女」を出したところ、クラシック部門でヒットチャート1位となり、2014年のゴールドディスク大賞を獲得したほどだ。

 そんな藤重氏が精華女子高校を定年退職し、新たな挑戦の舞台に選んだのが、長崎の活水高校だった。活水女子大は137年前の創立時から音楽学部があるほど音楽教育に力を入れている。加納孝代学長は「人間教育の面でもぜひ藤重先生に指導してほしかった」と招いた理由を語る。

 当時の活水の吹奏学部は部員が20人程度。コンクール参加に必要な55人に大幅に足りず、コントラバスなど奏者がいない楽器も少なくなかった。過去4年間はコンクール出場すらできなかったのに、藤重氏の顧問就任からわずか7カ月で長崎大会、九州大会を勝ち抜き、全国大会出場を決めた。高校野球で地区予選すら出場できなかったチームが、いきなり甲子園に出たようなもので、関係者に与えた衝撃は計り知れないほど大きかった。

練習前の声掛けは重要な日課

 なぜ藤重氏は短期間でここまでチームを強くできたのか。もちろん根底には激しい練習があるが、ちょっと前まで「毎日練習するものだとは思わなかった」部員が大半のチームだ。平日は午後8時まで、週末は朝8時から12時間の練習を続けるために、意識改革だけでも大変だし、学校や保護者の理解を得るのも容易ではなかった。

 藤重氏が重視するのは、部員との間に強い信頼関係を築くこと。熱血指導だけでは生徒はついてこない。チャンスを与え、ほめ、成功体験を実感させる。音楽の楽しさやチームでの達成感を知ることで初めて、厳しい練習に取り組むことができる。

 部活動が始まる前、藤重氏は練習場の入り口に立ち、生徒たちを出迎える。今では100人以上に増えた部員全員の顔と名前を覚え、1人ずつ声をかける。ありきたりのあいさつではない。全員に書かせている日誌にすべて目を通し、それに基づく話題を話しかける。「おう、風邪は治ったか?」「今日は居残り勉強なしで済んだな」。生徒はみな笑顔で、足を止めて一言二言、コミュニケーションを交わしてから練習にのぞむ。

マーチングは音楽だけでなく歩く姿勢や隊列の美しさも重視される

 楽器によっては奏者が余っていたり、足りないものがあったりするから、クラリネットからホルンへといったように、野球の守備位置変更のようなコンバートをすることも多い。生徒によっては長年親しんできた楽器から離れることになるのだが、藤重氏は生徒にそれをチャンスと認識させる。前向きに取り組ませ、少しでも上達すれば、とにかくほめる。部員全員の前でもほめる。生徒はますますやる気になるという好循環が生まれていく。

 全国大会など夢のまた夢だった生徒たちを動かすための目標設定もした。4月にスタートした新チームにまず与えた目標が6月に開催したサマーコンサートだった。お客さんの前で20曲、きちんと演奏できることを当面のゴールにした。「35年間の指導ノウハウをすべてつぎ込んだ」(藤重氏)結果、ほめられ、乗せられた生徒たちはサマーコンサートで成功体験を実感し、7月の県大会にのぞんだ。

 長崎県大会の参加60数校のうち,上位4校が九州大会に進める。さらに全国大会に行くには九州大会で3位以内に入る必要がある。活水高校の部員だけでは人数が足りないので活水中学の部員も動員したオール活水チームは、カリスマ指導者との強い信頼関係を武器に勝ち進み、九州大会3位となって10月の全国大会への出場を決めた。

 結果を出したことで、同僚教員からの「吹奏楽部だけ長い練習時間を認めるなど特例扱いはいかがなものか」といった声や、保護者からの「学業と両立できるのか」といった心配を一気に封じ込めた。藤重氏の元で吹奏楽をやりたいと希望する新入生が、中には奈良県や沖縄県からもやってきて、16年4月の新入部員は52人になった。

部長の草野さんは藤重氏を追うように福岡から長崎へ

 活水で藤重氏の指導を受けたいと、転校してくる生徒もいる。部長の草野花恋さんもそんな一人。福岡・精華高校のブラスバンドに憧れて同校の門をくぐったが、藤重氏が活水に移ると、後を追うように活水高校に転校した。部長は練習中の怒られ役だ。「なんでここまで厳しいのかと思うこともあるが、後でこっそりフォローしてくれる。一人ひとりをちゃんと見てくれている」(草野さん)と、カリスマ指導者への信頼感は強い。

 そんな活水吹奏楽部の活躍を、ソニー・ミュージックが「奇跡(ミラクル)! ブラバン少女」というタイトルでCD化し、8月下旬から販売を始めた。

 順風満帆の中で迎えた今年のコンクール、長崎県大会を勝ち抜いた活水高校吹奏楽部は、8月21日の九州大会で4位となり、全国への切符を逃した。3位との点差はわずか1点だった。「執念が足りなかった」と藤重氏は振り返る。最後だからと、技術が足りない3年生をレギュラーメンバーに加えたことも悔いが残った。就任1年目があまりに順調で、「これでいいのかな」という思いも頭の片隅にはあったのだが、その対応策を講じないままだった。

 だがカリスマとそのチームの立ち直りは早い。次の目標をマーチングコンテストでの全国出場に定め、激しい練習を続けている。マーチングとは行進しながら演奏するもので、音楽はもちろんだが、隊列の美しさなども求められる。活水は9月10日の長崎大会を勝ち上がり、10月10日の九州大会に挑む。「音楽の楽しさ、チームで戦うことのすばらしさを、1人でも多くの生徒に体験してほしい」と願う藤重氏の挑戦はまだまだ続く。

(編集委員 鈴木亮)

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