琳派の風雲児 鈴木其一の魅力に迫る
米ニューヨークのメトロポリタン美術館で人気の日本画「朝顔図屏風」の作者、鈴木其一(きいつ)の作品を集めた特別展「鈴木其一 江戸琳派の旗手」が、サントリー美術館(東京・港)で始まった。江戸後期に活躍した其一は、琳派の代表格である尾形光琳らの華麗な画風をもとにしながら、強烈な色彩や鋭い描写により、流派の中では異彩を放つ存在だ。伊藤若冲といった江戸後期の絵師に注目が集まるなか、今年は其一の生誕220年にあたる。「朝顔図屏風」をはじめ過去最多の約200点を展示した特別展を訪ねた。
「朝顔図屏風」(10月30日まで展示)は、日本で12年ぶりに公開される。金地に濃い紺色と青緑の色調は、尾形光琳の「燕子花(かきつばた)図屏風」(根津美術館収蔵)をもとにしたとみられている。ただ、モチーフは燕子花ではなく、当時流行していた朝顔。構図も全く異なり、光琳の作品は燕子花の一群が画面中央を起点に上下ジグザグに重なるような配置。これに対し、其一の作品は、つるに連なった約150もの朝顔の花を画面全体に縦横無尽に描いている。光琳の重厚感漂う作品に比べ、其一の作品は躍動感にあふれている。
ポップアートのような色彩感
色彩はポップアートのように鮮やかだ。「江戸時代によくこれほど思い切った色を使ったなあと感心してしまう」。こう話すのは琳派ややまと絵の研究を専門とする早稲田大学の村重寧名誉教授。「尾形光琳も同じ群青(濃い青色)を用いたが、其一の方がより強い群青を使っている。それまでの日本画ではこれほど強い色は使わなかった」と指摘する。
其一の鮮烈な色彩感覚がより顕著に表れるのは、「夏秋渓流図屏風」(10月5日~同30日展示、根津美術館所蔵)だ。太いヒノキの木立の間をぬうように流れる渓流の風景を夏と秋それぞれの季節に即して描く。モチーフ自体は琳派伝統のものだが、目が覚めるほど鮮やかな濃い青色や緑を用いている。さらに、谷川は金色のシャープな線を入れることで流れの速さをうかがわせる。琳派の優美な画風から逸脱した其一の強烈な個性を感じさせる。
鋭い描写で写実性追求
従来の琳派に見られないもう一つの特徴は、造形を緻密に描くことによる高い写実性だ。「水辺家鴨(あひる)図」(10月3日まで展示、細見美術館所蔵)や「群鶴図屏風」(米ファインバーグ・コレクション所蔵)は、アヒルやツルの羽根の一筋一筋を細い筆で丁寧に描き、写実性を追求している。その一方で、アヒルたちの背後を流れる川は琳派特有のデフォルメされた流水文様で表現。写実性と人工美が同居し、不思議な印象を与えている。
其一は1796年に江戸で生まれた。琳派の代表格である尾形光琳の没後80年、奇想天外の絵師・伊藤若冲が没する4年前にあたる。1858年まで江戸を中心に活躍した。其一の師は光琳をはじめ琳派の流儀を研究し、琳派を再定義した酒井抱一だ。其一は彼の一番弟子で、抱一の下で江戸を中心に活躍したことから「江戸琳派」と呼ばれる。其一は当時から売れっ子の絵師で、没後、明治時代まで人気は続いた。
米国の収集家が先行して評価
だが、琳派らしくない強烈な個性のためか、日本では戦後20年間ほど、評価は低迷していた。そんな其一に早くから注目していたのが米国の収集家だ。このうち、若冲作品のコレクターとして知られるプライス氏は、若冲と同様に其一の作品も多く収集している。今回の展示にはプライス・コレクションからの出品はないが、別の米国人収集家が約10点を出品するなど米国から複数出品されている。若冲がかつてそうだったように其一も米国の収集家の評価が先行し、それを追いかけるように日本での評価が高まった絵師だといえる。
村重氏は、「大先輩の若冲に比べると、其一は琳派の伝統を踏まえたオーソドックスな画風が特徴。だが、鮮やかな色づかいや緻密な描写など随所に隠しきれない強い個性が表れている。非常に刺激的な感覚が現代の人の感覚にマッチするのでは」と指摘。同時に、「其一の自由な発想や個性を受け入れる江戸後期の自由な時代性も感じられる」と語る。国内外から集めた過去最多の其一の作品を味わうことで、伝統と革新性をたたえた其一の個性だけでなく、江戸後期の開放的な空気も味わうことができそうだ。
(映像報道部 鎌田倫子)
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