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「世の中を見回すと、やる気を失った社員、不満を抱く部下、悩める中間管理職があまりに多く、その一方で、過ちを犯し、職を失うリーダーも後を絶たない」。スタンフォード大学ビジネススクールの名物教授で、経営学修士(MBA)のコースで組織と権力について教えているジェフリー・フェファー氏はこのように指摘する。同氏の最新刊『悪いヤツほど出世する』から、世の中に出回るリーダー論の「ウソ」を小気味よく指摘する序章を7回に分けて紹介しよう。

リーダー教育産業の失敗

本書は現状の観察から始めて結論を下し、提言をするという構成になっている。まずは現状観察の結果をかいつまんで言うと、こうだ。

一方には、リーダーシップ教育やリーダー育成に携わる産業が存在する。商売繁盛のこの産業は、なお拡大中だ。書籍、雑誌、講演、ブログからワークショップ、会議、セミナー、企業内研修にいたるまで、リーダーシップに関するありとあらゆる活動が数十年にわたって展開されてきた。そしてリーダーシップを通じて集団や組織のパフォーマンスを向上させるためのさまざまな処方箋が提案されている。なかには調査研究に基づいたものもあるが、そうでないものも少なくない。その内容は、数十年間ほとんど変わっていない。主なものを挙げると、リーダーは信頼を得よ、最後に頼れる人であれ、真実を語れ、人に(とくに顧客や部下に)尽くせ、控えめであれ、思いやりと理解と共感を示せ、等々である。どれもたいへん結構だが、効果のほどは疑わしい。

その一方には、職場の現状がある。やる気がなく、不平不満だらけで、上司は信頼されず、多くの社員が早く辞めたいとか上司を追い出したいと考えている。その結果、どんよりして活気のない職場が蔓延(まんえん)する。こうなると、リーダー自身もいつクビか降格になってキャリアを台無しにするかわかったものではない。これではますますパフォーマンスは上がらなくなる。

この二つの事実から結論を引き出すことができる。それは、リーダーシップ教育産業は失敗した、ということだ。彼らの情熱は認めるとしても、効果があったという証拠はあまりにも乏しい。それどころか数々のプログラムは、世間が思う以上に無益であり、むしろ有害である。その結果、職場にもリーダー自身にも悪影響をおよぼしている。残念ながら、事態がよくなる兆しは見当たらない。

こんなことを言うのは、けっして私一人ではない。リーダーシップをめぐる状況を調査した二人の心理学者によるれっきとした学術論文では、リーダーシップ教育への「こうした支出が……よりよいリーダーを生み出しているという証拠はほとんどない」と結論づけられている。また、ハーバード大学ケネディ・スクールでリーダーシップを教え、公共リーダーシップ・センターを創設したバーバラ・ケラーマンも同意見だ。ケラーマンは近著の中で、リーダーシップ教育産業は「およそ40年にわたる歴史があるが、人材の向上に関して測定可能な有意の成果を上げることに失敗した」と述べ、「リーダーシップというものが人々の憧れの対象になった時期は、アメリカ社会においてリーダーシップの評価が下がった時期とぴたりと一致する」と指摘している。

長いこと私は、この惨憺(さんたん)たる状況はリーダーシップ教育とは無関係なのだと考えていた。一方にいい気分にさせてくれるリーダーシップ教育産業があり、一方に悲惨な職場があるのは、たまたまなのだろうと。だが観察と調査の末に、リーダーシップ教育産業は長年の努力にもかかわらずよりよいリーダーの育成に失敗しただけでなく、意図せざる結果とはいえ、事態を悪化させているのだと結論せざるを得なくなった。この状況を改善する方法はあるが、後段であきらかにする理由から、その実行は容易ではない。

圧制的な上司やストレスの多い職場に起因する心理的被害、さらには身体の健康被害を憂慮するなら、また、過ちを犯したり燃え尽きたりして退任を迫られるリーダーの人的コストに苦慮するなら、リーダーシップ教育産業の失敗の原因を究明し、是正する必要がある。こうした心配をするのは私一人だけではないと信じる。このテーマに取り組んだ成果を本書で示したい。

本書の構成は、次のとおりである。序論となる本章では、次の4点を検証する。

1 リーダーシップ教育産業は巨大であり、多くの時間と資金が投入されている。
2 アメリカでも世界でも、職場に不満を抱き、やる気をなくし、上司を信頼しない社員はいっこうに減らない(「働きがいのある会社」ランキングに載る企業は例外中の例外である)。
3 マネジャーから経営者にいたるあらゆるレベルで、リーダーが更迭・解雇されるペースは加速している(一つの理由は、彼らが組織の現実に向き合う準備ができていないからだ)。
4 悪いリーダーが多すぎ、よいリーダーが少なすぎる。よって、リーダーシップ教育産業はリーダーシップの開発にも、次世代のリーダーの育成にも失敗していると言わざるを得ない。

本章では、その原因も探る。大きな問題点として一つ考えられるのは、今日のリーダーシップ開発や研修で、英雄的なリーダーや卓越した企業の輝かしいサクセスストーリーがひんぱんに受講者に語られることだ。その手の物語は、一時的に気分を高揚させ士気を高める効果はあっても、現実の職場には活かせないことが多い。第1章では、精神的高揚や意気込みや闘志といったものは当てにならないこと、よく耳にするリーダーシップ神話の類いは信憑性に欠け、弊害がきわめて大きいことを指摘する。

続く章では、リーダーに求められる資質としてよく挙げられるものを検討する。第2章では謙虚さ、第3章では自分らしさ、第4章では誠実、第5章では信頼、第6章では思いやりである。どれもすばらしい資質だ。リーダーがこれらを身につけ、つねに示すことができるなら、部下はきっと幸福になることだろう。だがどれほど優秀なリーダーであっても、これらをちゃんと実践している人はめったにいない。むしろ正反対(、、、)のことをしている例が多い。

すくなくとも、自分自身の出世をめざすリーダーはそうだと言える。となれば、リーダーが備えるべきものとして選ばれたこれらの資質は、果たして適切なのか、疑問が湧いてくる。

以上の点を踏まえて、第7章では重要な教訓を引き出す。まずは自分の身を自分で守ること、自分を大切にすることだ。リーダーのよき資質がよい結果につながらない一方で、逆の行動が出世や成功につながっていることは、たしかに嘆かわしい。だが結局のところ、嘆いたところで組織における意思決定が変わるわけではないし、リーダー自身のキャリア形成にもほとんど貢献しない。さらに言えば、自己利益の追求が当人のためだけでなく広く社会に資することは、アダム・スミスの時代から現代にいたるまで、あらゆる経済理論が主張するところである。それ以外の経済制度、たとえば利他的で慈愛あふれる父親のような人物に生産や分配や雇用を委ねるといったやり方は、控えめに言っても危険が大きい。

最終章である第8章では、ごくシンプルで重要なアドバイスをしたい。よりよいリーダーになり、よりよい職場を作りたいなら、ひんぱんに語られる都合のいいリーダーシップ神話を信じるのはやめなさい―それだけである。じつは本書では、各章に具体的な提言や助言を掲げてある。だが私はリアリストであり、そうした提言がかんたんに実行できるものなら、もうとっくに実行されていたはずだとわきまえている。

以上のように、本書の目的は単純明快である。役に立たない神話や教訓を満載した本をもう一冊読者に読ませるつもりはない。それでは、読者がキャリアを危うくするのを後押しすることになってしまう。リーダーやリーダーシップ教育の実態をあきらかにし、その原因を突き止めるべき時期が来ていると確信する。私の主張に賛同できない人も、本書を読んだあとではすくなくとも職場の日々の現実を理解するための準備ができ、したがってより効率よく対処できるようになると期待している。それでは、始めよう。

(村井章子訳)

ジェフリー・フェファー(Jeffrey Pfeffer)
スタンフォード大学ビジネススクール教授。
専門は組織行動学。『「権力」を握る人の法則』『なぜ、わかっていても実行できないのか』など、これまで14冊の著作があり、とくに権力やリーダーシップなどのテーマで高い人気を誇る。経営学の第一人者として知られ、ロンドン・ビジネス・スクール、ハーバード大学ビジネススクール、シンガポール・マネジメント大学、IESEなどでも客員教授として教鞭をとるかたわら、複数のソフトウェア企業や上場企業、非営利組織の社外取締役も務める。

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