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福本茉莉さん世界4冠 オルガン演奏を刷新

2016/9/10

 若手パイプオルガン奏者の筆頭格として福本茉莉さんに注目が集まっている。この数年間、日独伊の4つの国際オルガンコンクールで優勝。レパートリーはバッハの宗教曲から19世紀ロマン派、現代音楽まで幅広い。ドイツから一時帰国した福本さんに現代のオルガニストのあり方を聞いた。

 8月、福本さんは初等部から高等部まで通った青山学院(東京都渋谷区)を訪れた。セミが鳴くキャンパスの並木道を歩く姿はごく普通の学生にしか見えない。これが異例の世界4冠のオルガニストなのか。だがこの日、青山学院大学ガウチャー記念礼拝堂のパイプオルガンにひとたび向かうと、人が変わったように演奏に集中し、オルガンよりも大きな音楽の建築物を響かせた。

 「初等部でパイプオルガンに出合い、中等部ではオルガン部に入った」。J.S.バッハの「コラール BWV731〈最愛のイエスよ、我らここに集いて〉」を弾いた後、福本さんはこう語り始めた。「キリスト教主義の学校なので毎日礼拝があり、オルガンを聴いた」と振り返る。だがパイプオルガンに魅力を感じた理由を尋ねると「見た目です」との意外な答え。「何これ、大きいじゃんって。女性の先生がエレガントに弾くのに、ものすごい音が出てくる。朝日に金属のパイプが反射してかっこいいじゃんて思った」。運動が大好きで球技が得意。じっと座って弾くピアノよりも「鍵盤が3段もあって、両手両足を使って動き回るオルガンの方が自分に合っていた」。

パイプオルガンの魅力を語る福本茉莉さん(8月16日、東京都渋谷区の青山学院大学ガウチャー記念礼拝堂)=撮影 片山和雄

 高等部を卒業後、オルガン音楽の世界に引き込まれるように東京芸術大学に進学した。同大学院を修了後、2011年には独ハンブルク音楽演劇大学に留学し、世界的奏者ウォルフガング・ツェラー教授に師事した。在学中の12年、まず武蔵野市国際オルガンコンクールで日本人初の優勝を果たした。13年には独ニュルンベルク国際オルガンコンクールでも優勝。さらに14年には伊ブリクセンと伊ピストイアの2つの国際コンクールでも優勝した。14年にはナクソスレーベルからCDも出した。ハンブルクに在住し、ザルツブルクやバーゼルなど欧州各地の大聖堂や教会で演奏活動を続けている。

 ケータイ時代にも絶対に携帯できない楽器がパイプオルガンだ。「教会の建物や残響も含めて一つの楽器。響きや機能は場所ごと、一台ごとに異なる。いろんな国を旅して弾くことになる」。欧州では100カ所以上で弾いてきた。「最も弾いて良かったのは、バッハが鑑定したという独ナウムブルクの教会のオルガン」と言う。作曲家が生きた時代の、作曲当時の古楽器(時代楽器、ピリオド楽器)による演奏は、現代のクラシック音楽の一つの流れだ。歴史が染み込んだ教会建築の一部を構成するパイプオルガンは、すべてがピリオド楽器ともいえる。

パイプオルガンのリハーサル演奏をする福本茉莉さん(8月16日、川崎市のミューザ川崎シンフォニーホール)=撮影 片山和雄

 「バッハなど大作曲家がどう弾いたかという演奏記録が残っている。考古学的な楽しみもある」。実際に現地に行って、弾いてみて初めて分かる事柄が多い。例えば「独北部シュヴェリーンの大聖堂は残響が7秒もある。1.5倍の遅い速度でその大聖堂のオルガンを弾いてもまだ速いと言われた」。各地のオルガンの歴史や特徴を知り、その性能や癖に精通し、「知識や経験を増やして初めて、自分の音を出せる」。欧州各地の歴史のあるパイプオルガンを弾き続けるために「これからもドイツを拠点に活動を続ける」と話す。

 4回も世界一に輝いたが、パイプオルガンの演奏界には難しさもある。「いろんな流派がある。バッハなど18世紀のバロック時代までの作品しか弾かない流派もあれば、19世紀以降のロマン派だけの人たちもいる。専門が決まっている人が多い。特にバッハの作品はただ弾けばいいわけではない。どう解釈し演奏するかが問われる」。バッハに対する学術的な視点や姿勢がこれまで求められてきたわけだ。

福本茉莉さんがリハーサル演奏するパイプオルガンの全景(8月16日、川崎市のミューザ川崎シンフォニーホール)=撮影 大須賀亮

 「日本ではあまりバロック時代の作品を弾いてこなかった」と話す福本さんは、時代を下ったロマン派にむしろ関心があったようだ。「メンデルスゾーン、シューマン、ブラームス、そしてリスト。19世紀末のロマン派としてはマックス・レーガー(1873~1916年)にも興味がある」。いずれも鍵盤楽器ならばピアノ曲の印象の方が強い作曲家だ。「ロマン派の作曲家にもオルガンの素晴らしい曲があることを多くの人々に知ってもらいたい」と思っている。

 もっとも、福本さんは自らをロマン派の専門家とも考えていないようだ。ルネサンス期の宗教曲からバッハ、ロマン派、それに現代音楽まで何でも弾けるタイプだ。それでも「ロマン派の作品や現代の作品を弾くために、バロック以前の古い作品を勉強する。そのために古いオルガンが点在するドイツに留学し、暮らしている。遠回りかもしれないが、あえて古い時代の環境に身を置きながら、新しい作品を弾いていく」。こうした姿勢が新しい個性と魅力を生み出す源泉なのかもしれない。

 8月19日、ミューザ川崎シンフォニーホール(川崎市)でのコンサート「モーツァルトからドイツ・ロマン派へ」で福本さんは、初期ロマン派と目されるJ.C.H.リンク(1770~1846年)の「フルート協奏曲ヘ長調(オルガン版)」を演奏した。きらびやかで華々しく、生き生きとした音楽が大ホールに鳴り響いた。キリスト教会の荘厳な宗教曲のイメージが強いオルガンだが、歌の翼が羽ばたくようなロマンチックな曲もある。再び一時帰国して9月15日にはサントリーホール(東京都港区)でレーガーの珍しい作品を含むコンサートを開く。温故知新の姿勢がかつてないオルガンの響きを生み出しそうだ。

(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)

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