イスラム教徒(ムスリム)の社員が働きやすいよう礼拝や食事などの対応を進める企業が増えてきた。人材の多様性が広がる中、宗教上の配慮は見過ごせない課題になっている。
「礼拝室ができたおかげで本当に助かっています」。KNT―CTホールディングス傘下の近畿日本ツーリストで働くマレーシア出身のノルアリヤ・ビンティ・シュコールさん(24、通称アリヤさん)は流ちょうな日本語で喜ぶ。
アリヤさんは旅行を通じ日本の治安の良さなどに魅力を感じ、山梨大学に留学。今春、卒業して同社に入り、訪日客の誘致を担当する。「ずっと日本で働き続けたい」と意気込むが、ムスリムとして日本で暮らす上で課題も多い。
ムスリムは一日5回、聖地メッカに向かって礼拝をする。勤務中も2~3回は人目につかない場所で礼拝をしなければならない。拝む前に水で手足を清める必要もある。同社はアリヤさんの入社にあわせ、勤務先となる東京都内のビルの倉庫を礼拝室に改装し、洗い場も用意した。
近畿日本ツーリストは今春入社の社員から外国人の本格的な採用を始めた。ムスリムは初めてだったが「今後も優秀な外国人の採用を進めていく上で、ムスリムへの対応は不可欠と判断した」という。
日本に住むムスリムは外国人約10万人、日本人で約1万人という推計がある。留学生も増えている。日本学生支援機構によると、イスラム圏から日本の高等教育機関への留学生は2004年に約5500人だったが、15年に約8500人に達した。日本企業が外国人の採用を進めていることもあり、職場の同僚として働く可能性は高まってきた。
一方で「日本で働くムスリムには職場環境に不満を抱く人も少なくない」と指摘するのはムスリム対応の情報を発信するハラールメディアジャパン(東京・渋谷)の守護彰浩・代表取締役。空いている会議室を提供するだけでも礼拝室の問題は改善する。金曜日にモスクで行う集団礼拝や断食月(ラマダン)、女性の服装への配慮も大切だ。
日本に住むムスリムは食事も悩みの種となる。
「今まで週に三日は焼き魚を食べていました」と話すのはヤンマーで働くウズベキスタン出身のイブラギモブ・ショハルフベックさん(28、通称ショーンさん)。とくに魚が好きなわけではない。肉料理と比べてイスラムの戒律に触れる懸念が少ないからだ。
ムスリムは豚肉やアルコールを口にしてはいけない。牛肉や鶏肉も、と畜や調理の方法が「ハラル」というルールに沿うものでなければならない。調味料や油には、アルコールや豚由来の成分が使われている可能性もあり、外見では判断しにくい。
ショーンさんから食事の相談を受けたヤンマーは今年3月、社員食堂でムスリム向けメニューを始めた。本社には会社が把握しているだけでムスリムの社員が5人いる。また、連結ベースで海外での売上高の比率が約5割に達し、イスラム教圏からの来客も増えてきた。社食のメニュー提供にあわせて礼拝スペースも整備し、社員や来客が食事や礼拝で困らないようにした。
10年に社内の「英語公用語化」を宣言した楽天は、今では社員の約2割が外国人だ。昨年8月に本社が移転したのを機に礼拝室をつくり、登録制で社員食堂でハラルに沿ったメニューや、菜食主義者などが多いインド人向けのメニューの提供を始めた。それぞれ約65人、約100人の登録者がいる。「この食事のおかげで会社を辞めないんだ」と漏らす外国人の社員もいる。
ムスリム人口は世界で約16億人。そのうち10億人はアジア太平洋地域に居住する。グローバル化で取引上の関係が深まるアジアの国々は、優秀な外国人材の受け入れを進める上でも無視できない。ムスリムへの対応は、日本企業にとって多様な人材を確保する試金石となる。
訪日客などのムスリム需要を取込もうと、国内の飲食店などがハラル認証を取得するケースも増えてきた。ただ、帝京大学の並河良一教授は「国内にあるハラルの認証機関は基準がバラバラで、本来の水準に達していない場合も多い」と指摘する。
厳密なハラルは「調理人はムスリム」「専用の厨房を設ける」など、コスト面を含め日本では対応が難しい規定も多い。このためヤンマーや楽天は独自ルールを設け、できる範囲で対応している。早稲田大学の店田廣文教授は「滞日ムスリムには戒律にさほど厳格ではない人も多い」と指摘。企業には「戒律が厳しいからと採用を尻込みせず、よく話し合って対応が可能な落としどころを見つけてほしい」と助言する。

近畿日本ツーリストのグローバルマーケティング事業部で働くノルアリヤ・ビンティ・シュコールさん(24、アリヤさん)はマレーシアのクアラルンプール近郊の出身。日本には何度か旅行に来たことがあり、治安面など暮らしやすさに「同じアジアなのに、どうしてこんなにマレーシアと違うのか」と感銘を受けたことがきっかけで留学を決めた。
山梨大学工学部で先端材料を専攻し、今春に卒業。入社した近畿日本ツーリストは、留学生向けの就職支援サービスを通じて紹介を受けた。大学時代の専攻からはかけ離れた分野への就職だが「もともと理系に興味があったわけではなく、ただ日本に来たかった。工学部に入ったのは奨学金をもらう条件になっていたから」と打ち明ける。
現在の仕事は欧米などから訪日旅行のツアー客を誘致すること。英語で海外のエージェントとやりとりをする毎日だ。今年は6月上旬からの1カ月間、ムスリムが日中の飲食を絶つラマダン(断食月)にあたり「最初の一週間はちょっとつらかった」と振り返るが、ようやく仕事にも慣れてきたところという。

ヤンマーのマーケティング部に所属するイブラギモブ・ショハルフベックさん(28、ショーンさん)はウズベキスタンの出身。高校時代は米国留学を目指していた。当時、日本に関する知識は「ソニーのプレイステーションとマリオ、あとは東京と京都があるというくらいだった」という。しかしハリウッド映画『ラストサムライ』を見て日本への関心が高まり、大分県にある立命館アジア太平洋大学の国際経営学部への留学を決めた。
もともとのプランは日本への留学だけで、日本企業への就職までは考えていなかったという。しかし就職を考え始める大学3年生になると、日本語も上達。「せっかくだから日本企業のマネジメントを学びたい」と日本での就職を決めた。
農業機械などを手掛けるヤンマーを選んだのは「ウズベキスタンも農業国。いつかウズベキスタンに帰るにしても、何か持ち帰れるものを身につけたい」と考えたからだ。「将来はウズベキスタンにヤンマーの現地法人を立ち上げ、日本とのかけはしになりたい」と意気込んでいる。
(本田幸久)