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女性起業家 35歳で第一子を産むため、逆算して結婚

日経DUAL

2016/9/29

日経DUAL

会社員の夫と4歳の娘を持つ長岡美穂さん。大学を卒業後、環境系シンクタンク、政府系研究開発機関などを経て、外資系戦略コンサルティングファームのコンサルタントに転身されたという経歴の持ち主です。でも自分自身の“保活”に関しては思い通りにはいかず……。保活と再就職活動を並行して行う中で、女性が社会で活躍し続けるための社会インフラの貧弱さを実感します。「出産・育児を経て、再度社会で活躍したいと思う女性がチャレンジできない社会はおかしい」。怒りをパワーに変えて突き進む、起業家のストーリーです。

■高校時代、「公共政策を仕事にしたい」と決意

私が高校2年生のときです。テレビで、カンボジアの内戦終結後に実施される総選挙のために活動していた日本人が殺害されたニュースを見ました。「その国を良くしようとしていた人が殺されてしまう世界って何なんだろう」と衝撃を受け、「私も発展途上国の国際協力や開発援助の道に進んで、貧困や紛争の解決に貢献したい」と考え、慶應義塾大学総合政策学部に進みました。そこで学んだ数々のアプローチ方法の中から、環境の専門家として問題に関わっていこうと心に決めたのです。

就職先は、社員数人の環境系シンクタンク。所長が個性派で「この組織での経験は、他では得難いものであるはず」と思い、他に頂いた大手企業の内定を辞退しました。親にも反対されましたが、私には価値ある選択でした。長くはありませんでしたが、充実した濃い期間でした。

続いてまた別の環境系シンクタンクに勤務。この二つのシンクタンクでは、官庁や自治体の業務に従事しました。その後、宇宙開発事業団に出向し、国際研究プログラムの運営事務を担当しました。

こうした公的機関での仕事を通して感じたのは、スピード感や政策効果に対する疑問。公の仕事にやりがいは感じていましたが、「このままここで仕事をしていて、自分は一体どのくらい世の中に貢献できるのだろうか」、と思ったのです。

税金を使って行われる政策ですから、「最少の投資で最大の効用を上げる」べきです。その考え方を公共部門に導入するには、まず自分がそのスキルを身に付けなければと考えました。そして、それを日々要求されているのは企業、つまり民間で勉強するしかないと考え、多くの企業の事例や最新の経営モデルが学べる経営コンサルティング業界へ進みました。

「40歳を過ぎたら公共政策の仕事に携わりたい」という夢もあったので、武者修行として、まず日系の会計系コンサルティングファームに転職したのです。

■第一子を産むという目標から逆算し、婚期やキャリアを計画

そこでは、経営管理や会計・業務に関するプロジェクトで多くの企業を支援、仕事は充実し、会社に不満はありませんでした。ただ、かなりハードで月の労働時間が400時間を超えることも。当時30歳。永続的に働き続けるには無理があるとは感じていました。

PIXTA

また漠然と「35歳で第一子を産めたらいいな」という思いがあり、逆算すると「33歳には結婚しないといけない」。となると“死ぬほど働ける時間”はあと2~3年しかない。

今から9年前ですから、子どもを産んで社会復帰すると、有名企業で総合職として勤務していた方でも、ご自身としては不本意な、パート事務に収まっているといった話も見聞きしました。そこで先々のことを考えて、名実ともにスキルアップできる、外資系戦略コンサルティングファームの最大手にダメ元でアプローチ。自他共に冗談のようなチャレンジでしたが、奇跡的に内定が取れました。

このコンサルティングファームで働き始めて数年後、今の夫と知り合い結婚。その後すぐに夫の転勤が決まって退職。夫とともに地方へ移住することになりました。

■無事に女の子を出産。地元企業で仕事復帰

2010年7月、女の子を出産し、3人暮らしがスタート。初めて住む町で知人・友人もおらず、日本語を忘れてしまいそうなぐらい“大人と会話をしない生活”。そして、翌年の春、リハビリを兼ねて仕事をしてみようと思いました。

まず、自分が顧客として、常日ごろから関心を持っていた地元企業を訪ねました。その会社はその地域でトップのチェーンストアで、全国区の競合が近隣に参入しても全く相手にならないほどの実力の持ち主。店舗・サービス・品ぞろえ・従業員いずれも素晴らしい。「どんな秘訣があるのだろう?」。職業病的な好奇心から、内側から覗いてみたいと思ったのです。

この会社を見ているうちに「リアルな場を持ち、雇用を生みだし、価値を社会に提供して利益を得て、税金を納めるという事業に携わりたい。これが社会の公器としての会社の原点ではないか」と思うようになっていました。

再就職を控え、娘は地元の認可保育園にすんなりと入園が確定。テレビでは待機児童という言葉や保育園に入れないという情報を盛んに聞いていたので、申し込みの際、市役所で「第一希望の園に入るのは難しいですか? 抽選になるのですか?」と聞いたところ、「抽選? 皆さん、大体希望通り決まりますよ」と、むしろ驚かれてしまったぐらいです。都市部と比べるととても恵まれた子育て環境だったと思います。

■夫の転勤で東京に。平和だった地方を去ることに

(写真:鈴木愛子)

仕事では、子どもの入院や急病で周囲の方にご迷惑をおかけしながらも、理解ある上司・同僚との人間関係も良好で、本来業務以外のことも色々と頼まれることも多く、やりがいもあり、できれば長く続けたいところでした。しかし、また夫が転勤となり、職場には大変申し訳なかったのですが退職することになりました。

次の住まいは東京都心部。東京に移ったら早速転職活動をするつもりでしたので、保育園の手続きをするため、転居先の自治体ホームページから保育園入園の手引を入手しました。すると、地方とは違って保育園の種類が多種多様。資料も分かりにくくて四苦八苦しました。

また、いざ手続きをしようとすると、入園申請は住民票を移した後でなければできないと言われてしまい……。転居先が決まっていても、ダメでした。「ならば、認証保育所やその他の認可外保育所はどうだろう」と、片っ端から電話をかけていきましたが、待機児童が比較的少ない地域のはずなのに、どこも待機児童の山。さらに「待ち行列に加わるにしても、まずは見学に足を運ばなければダメ」と言われました。

幼子を抱え、仕事も引っ越しギリギリまで持っていた身では、平日に、新幹線や飛行機を使って上京し、何件も見学に行くなど無理でした。「行政も民間も融通が利かない!」と、やり場のない怒りに悶々としました。

■東京暮らしがスタート、選んだ勤務先は保育園

4月。東京に移り、改めて保活を開始。認可、認可外にはそれほどこだわっていませんでしたが、認可外でも何十人と待機児童がいる状況。復職先は決まっておらず、保活・就活の3~4カ月の遅れを取り戻すつもりでいたので、保育園が決まらない中、一時保育を利用しながら就職活動をするという状況で、落ち着かず、常に焦っていました。

そのうち、「こんなに利用したい人が多くいるのに、受け皿がいつまでも足りないのはなぜなのか」という怒りにも似た問題意識が強くなっていきました。需要と供給という市場のメカニズムが働かないシステム自体に、そもそも問題があるのではないか。ならば、「自分のこれまでの経験を生かして、何か役に立てることがあるのでは」と考えるようになりました。

思い立ったらすぐ行動! 保育士資格取得や子育てに関する知識を身に付けると同時に、保育所の経営、現場のオペレーション、職員がどのような気持ちで働いているかなどを知る必要があると考え、保育業界の仕事に就いてみようと考えました。

そんなとき、大手保育事業者の役員面接で、驚くような言葉を投げかけられたのです。

「ところで、お子さんの保育園はいつ決まりますか?」

そんなこと、こっちが聞きたい。

「事業所内保育所など、社員向けの保育所の枠などはないのでしょうか?」と戸惑いながらも聞いてみると、「ありませんよ。皆さん、自分で決めてきていますよ」と取り付く島もありませんでした。東京の保育園事情を熟知しているはずで、多くの女性社員を抱える会社の経営層が、このレベルの認識しかないのかと。であれば、一般の企業に勤めながら子育てをしている女性は、想像を絶するほどの大変な思いをしているのではないか、と思いました。

その役員からは「そんなに保育事業を手掛けたいなら自分でおやりになれば」とも言われ、それしか方法はないのか……と。こうして、起業して保育所事業を立ち上げよう、という目標が前倒しされることになりました。(後編に続く)

(ライター 飯田麻衣子、株式会社Waris)

[日経DUAL 2016年6月23日、7月1日付記事を再構成]

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