ナショジオ

睡眠

眠気の正体

日経ナショナル ジオグラフィック社

2016/10/4

ナショナルジオグラフィック日本版

眠気は毎日必ずやってくる。

夜更かしが得意でも、明け方になれば睡魔に勝てなくなる。

眠気の強さには日によって変動もある。

早起きをした日、疲労がたまった日は眠気が強い。

眠気は24時間周期で現れるが、これは主に体内時計(生体リズム)の指令による。しかし、それで全てを説明できるわけではない。体内時計の指令だけであれば、徹夜をしていても朝になれば眠気が吹っ飛ぶはずだが実際にはそうではない。

24時間リズムとは別に、眠気は覚醒時間(起き続けた時間)に比例して徐々に強まるという特徴がある。体内時計が腕時計型だとすれば、対比的に「砂時計」型システムが働いていると表現されることもある。ひっくり返すと着実に眠気の砂がたまり、ある量を超えたらバタンキューというわけである。このように睡眠は二つの時計の影響を受けている。

(イラスト:三島由美子)

徹夜明けの早朝は体内時計と砂時計がせめぎ合う時間帯である。砂時計のために深夜から明け方に向けて強まった眠気が、朝食の時間帯あたりでいったん弱くなる。これは体内時計の指令で脳温が上昇したり、覚醒作用のある副腎皮質ホルモンが分泌されたりするからである。

しかし、そのような目覚め感も長続きせず、砂時計が下に溜まってしまえば力尽きて眠り込んでしまうのだ。砂時計型システムは、別名、睡眠恒常性(すいみんこうじょうせい)とも呼ばれる。

■「眠気」と「蓄積した疲労」はほぼ同じ

恒常性とは体の状態を一定の(正常な)状態に保つ力である。例えば、血圧が高すぎれば血管を拡張して下げる、血糖値が高くなればインスリンを分泌して下げる、体温が低すぎれば筋肉を収縮させて(震えて)熱を産生して上げる、などありとあらゆる体の機能に恒常性が働く。

当然ながら睡眠も例外ではない。睡眠の大きな役割の一つが休息である。長時間にわたって覚醒(活動)し疲労が蓄積するほど睡眠のニーズは高まる。動物界全体で眺めれば、体重当たりのエネルギー消費量が大きい、すなわち活動性が高い動物ほど睡眠時間が長い傾向が認められる。(参考記事:『ゾウとネズミ、よく寝るのは…睡眠時間は「燃費」次第』)

体重あたりの酸素消費量と睡眠時間の関係。ZepelinとRechrschaffenらのデータから筆者が作成。(イラスト:三島由美子)(『ゾウとネズミ、よく寝るのは…睡眠時間は「燃費」次第』より)

厳密には疲労と眠気は異なるのだが、ここではざっくりと「蓄積した疲労を解消しようとする恒常性の圧力が眠気(睡眠欲求)」であると理解していただいて良い。

では、この「蓄積した疲労」「睡眠欲求」の正体はいったい何か?

睡眠欲求を高める物質(睡眠物質)が存在するのではないかと古くから研究が行われてきた。

世界記録に挑戦、人はどれくらい眠らずにいられるか」の回でも触れたが、今から100年以上も前に、日本の睡眠研究の泰斗である石森国臣博士は長期間断眠した犬の脳脊髄液を別の犬の脳内に注入すると睡眠が誘発されることを発見するなど、日本は睡眠物質探しの分野を牽引してきた。

覚醒中に蓄積する(もしくは減少する)何らかのホルモンや神経伝達物質か、タンパク質や酵素もしくはその代謝産物か、活性酸素(フリーラジカル)のような有害物質か。これまでに様々な物質が候補に挙がった。

そのような中、大阪バイオサイエンス研究所所長などを務められた早石修先生の研究グループがプロスタグランジンD2と呼ばれる脳内物質が睡眠物質らしいと発表して大いに注目された。ラットの脳内にプロスタグランジンD2を微量注入してやると(夜行性動物のため)本来活発になる暗所でも強力に睡眠が誘発されることを鮮やかに示したのである。

早石修先生は惜しくも2015年に亡くなられたが、それまでの酵素の概念を覆すオキシゲナーゼ(酸化添加酵素)などの発見で日本学士院賞やウルフ賞医学部門など数々の受賞歴に輝き、なぜノーベル賞が取れないのか皆不思議に思っていたほどの生化学界の大御所である。それがなんと60歳を超えてから全く畑違いの睡眠科学分野に新たにチャレンジされたのだから驚きである。

■砂時計の砂にあたる睡眠物質が判明

その後、お弟子さん達によってプロスタグランジンD2は前脳基底部(脳の底の部分)にあるクモ膜という脳を包む膜に作用してアデノシンという物質を増加させることが明らかになった。さらにアデノシンは覚醒中に徐々に前脳基底部付近に蓄積し、徹夜をするとさらに増え、眠ると減ることも分かった。

アデノシンを外部から前脳基底部に微量注入してやると、プロスタグランジンD2と同様に睡眠が誘発される。これらの結果から、どうやらプロスタグランジンD2ではなくアデノシンこそが真の睡眠物質らしいということになった。

アデノシンは私たちの体のエネルギー源であるアデノシン三リン酸(ATP)という物質の代謝産物である。体の燃料の燃えがらが溜まると睡眠が引き起こされるというのは、睡眠の主要な目的が疲労回復であることを考えると実に合理的である。まきが炭に変われば宴も終了というわけなのだ。

さて、アデノシンはどのようにして睡眠を引き起こすのだろうか。その後の研究により、アデノシンは脳を最も強力に覚醒させる神経伝達物質の一つであるヒスタミンの放出を抑えることが分かった。アレルギー鼻炎などの治療薬である抗ヒスタミン薬を服用すると眠くなるのは脳内のヒスタミンの作用が抑えられるからである。

脳を最も強力に覚醒させる神経伝達物質の一つであるヒスタミンは「結節乳頭核」から大脳に投射されている。「腹側外側視索前野」はその結節乳頭核の活動を抑え込むことで眠気(睡眠)を誘発する。アデノシンは自身が産生されたクモ膜下腔のすぐ近くにある腹側外側視索前野を活性化し、結果的に眠気をもたらす。なお、腹側外側視索前野は体内時計(視交叉上核)の影響も受けている。(画像提供:三島和夫)

この一連の研究から意外な副産物も出た。眠気覚ましにコーヒーを飲む人も多いと思う。ごく最近までカフェインが眠気を払うメカニズムは分かっていなかったのだが、研究の過程でカフェインはアデノシンが覚醒物質であるヒスタミンの作用を抑える最初のステップをブロックしている(腹側外側視索前野におけるアデノシン受容体の拮抗薬である:図参照)ことが明らかになったのだ。

現在ではアデノシンが私たちの脳内で睡眠物質として働いていることはほぼ間違いないと考えられている。いわば砂時計の砂である。ただし、砂がアデノシンだけかというと決してそうではない。プロスタグランジンD2やアデノシン受容体を遺伝子操作で欠失させた動物(ノックアウト)でも睡眠はある程度保たれるからである。

おそらく睡眠という重要な生理機能が、たった一つの物質や神経でダメージを受けないように二重、三重、いやもっと多数のバックアップ機構で維持されているのだろうと考えられている。砂時計の砂は色とりどり、かなり多数の生体物質が混じり込んでいるのだろう。

そのうちに砂時計の砂を補充したり、中央のくびれ部分の大きさを調節することが出来るようになれば、まさに理想の睡眠薬、過眠症治療薬になるだろう。その意味ではカフェインだって立派な薬品と言える。

三島和夫(みしま・かずお)
1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2016年9月2日付の記事を再構成]

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