義肢装具士がリオで支える「走る楽しみを再び」鉄道弘済会義肢装具サポートセンターの臼井二美男さん

足の部分にあたる「板ばね」にも様々な形状がある。臼井さんは選手の足の状態をみて調整を続ける(東京・南千住の鉄道弘済会義肢装具サポートセンター)
足の部分にあたる「板ばね」にも様々な形状がある。臼井さんは選手の足の状態をみて調整を続ける(東京・南千住の鉄道弘済会義肢装具サポートセンター)

事故や病気で足を失った人が義足で歩けるようになるには、転倒の恐怖を克服する勇気と努力を必要とする。その人たちがアスリートとして走ることができるようになるには、さらに何倍もの苦難の積み重ねが求められる。義肢装具士の臼井二美男さん(61)はアスリート向けの義足調整の第一人者として多くのパラリンピック選手の競技を支えてきた。「再び走れる楽しみを知ってもらいたい」。今回のリオデジャネイロ大会でも選手をサポートするため、8月下旬にブラジルへ向かった。

「どう? むくみはとれた?」。7月下旬、東京・南千住にある鉄道弘済会義肢装具サポートセンターで、臼井氏は車いすの女性に話しかける。「痛みはありませんね」。女性は病気で膝上から切断した左足を見せて説明する。切断直後は足がむくむため、まだ義足をつける段階ではないという。

義足はまず、足の切断面を石こうでかたどりし、義足にはめ込む「ソケット」と呼ばれる接続部を作る。切断の状況に応じて骨の突起がソケットの内部にあたらないように、筋肉部分で体重を支える微調整をする。種目によっては五輪選手と変わらない記録が出るパラリンピック陸上競技。「走ると体重の4倍の200キロが義足にかかる」。体重の増減やむくみで変わる装着感を競技者とともに探り、炭素繊維複合材料(CFRP)でできたソケット内部の曲面を微妙に変えて痛みを和らげる。

義足作りに30年以上携わってきた臼井さんが競技用の製作を始めてから約25年。海外の雑誌で義足で走る選手を見てから、試行錯誤で国内の選手育成をサポートしてきた。通学や家事など日常を取り戻した人が、さらなる楽しみを求めてトラック競技をめざす。「縫った傷が開いたりすることがあるので、普通はあまり勧めない」。「ある意味危険な挑戦」とまでいうアスリートへの道を支援するのは、そこに再び走れる喜びを求めている人がいるからだ。

カラフルな義足もリハビリを続ける障害者の心の支えになることもある(東京・南千住の鉄道弘済会義肢装具サポートセンター)

月1回、平日の夕方に都内の陸上競技場で臼井さんがつくった障害者の陸上チーム「ヘルスエンジェルス」の練習がある。多い日は数十人が集まって義足を調整しながらトレーニングを続ける。「日本中で義足を使っている人は6万~7万人。しかし、障害者の大会に出ている人はわずか20人前後。この人たちがパラリンピックで走るのを見てもらい『走る楽しみ』を知ってもらいたい」。4年に1度の大会は大きなチャンスと映る。

センター内にある臼井さんの義肢装具研究室には、最先端のカーボン製の競技用義足など数え切れないほどの試作品が置かれている。「速く走りたい」のほかに「おしゃれな義足が欲しい」「ミニスカートをはきたい」という要望もある。研究室に置かれたハイヒールや鮮やかな義足用の布からは、足を失った人が取り戻したい多様な「日常」がうかがえる。

2020年の東京五輪・パラリンピックの開催が決まってから、パラリンピアンに吹く風向きも大きく変わってきた。今仙技術研究所(岐阜県各務原市)やミズノなどこれまで国産の義足開発に力を入れる企業のほかに、大手企業が相次いで各種競技のサポートに名乗りを上げた。接地部分に使うバネの部品は海外製が主流で、体格の小さい日本人にはまだ合わないという。「アジア向けの小さめの部品が開発されれば、アジア各国にも競技の輪が広がる」と期待をこめる。

それだけではない。競技で求められる「軽くて丈夫で機能性があってコンパクトなデザイン」は、高齢者向けの補助具にも求められる性能だ。記録やメダルを求めるパラリンピック東京大会の先に、より充実したバリアフリー社会の到来を見据える。

センターでリハビリを終え帰り支度をする中年女性に「たまには義足だと職場でアピールした方がいいよ。松葉づえをついて出かけたりして」と声をかける。「そうかしら」と返す女性を「周りの人にも勉強だからね」と笑顔で送り出した。普通に歩けるようになるまでを支えてきた立場だけに、障害を負った人の努力と苦悩を多くの人と共有したいと願っている。

(オリパラ編集長 和佐徹哉)

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