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未来を正確に予測することはできない。では、特定分野の専門家による英知を結集すれば、確からしい予測ができるのだろうか。2025年までに起きる劇的な変化と未来像をまとめた未来予測リポート『メガトレンド2016-2025[全産業編]』(日経BP社)の筆者で、盛之助社長の川口盛之助氏は、それを否定する。同リポートは、人・社会・技術のライフサイクルの視点で分析した「50 のメガトレンド」を提示し、それらが全産業分野に何をもたらすかをまとめている。なぜ、専門家の未来予測には危うさが伴うのだろうか。

◇   ◇   ◇

タイムマシンで未来を垣間見ることができたら、どんなにかいいだろう。まず、間違いなく億万長者になれる。勝ち馬を知って馬券を買う、値上がりするものを格安なうちに買う、急成長を遂げる企業の創業に参画するなど、方法はいくらでもありそうだ。企業でいえば「打つ手打つ手がことごとく当たる完璧な経営計画」がいとも簡単につくれるようになるはず。

川口盛之助氏

川口盛之助氏

だが残念なことに、未来を正確に知ることはできない。そこで必要になるのが「未来予測」である。問題は、それは当たるのかということ。もっともらしい予測は誰にだってできるのである。

では、ある分野における豊富な知見と深い洞察がなければ「質の高い」未来予測はできないのか。各分野それぞれの専門家を結集すれば、それを根拠に新事業を立ち上げ、新分野に投資してもいいほどの予測ができるのか。それも否だろう。なぜか。その理由は、急速に深まる「分野間の相互作用」にある。

「その分野」を凝視しても未来は見えない

未来を語る書籍はあまたある。その多くは、分野ごとに専門家が分担して執筆する方法でまとめられており、著名人などが全体の「監修者」として冠される場合もある(図1)。このやり方は現実的かつ効率的だが、弱点もある。著者が増えるほどそれぞれの主張の羅列になりがちで、全体像が不鮮明になるということだ。

図1:未来予測本の分類 (出所:「メガトレンド2016-2025[全産業編]」)

図1:未来予測本の分類 (出所:「メガトレンド2016-2025[全産業編]」)

短期予測の場合には、さほど大きな問題にはなりにくい。しかし長期予測では、他分野からの影響が各分野の未来に大きく関わってくるようになるのでやっかいだ。専門家が担当分野のみを見て予測を立てた結果、「個々の予測には説得力があるが、それらが同時に実現することは論理的にあり得ない」といった自己矛盾をはらむ結論が示されることになりかねない。

それでも、多くのリポートが専門家グループの分業によって作成されているのは、未来を予測するためには各分野の専門知識が必要になるからである。しかし長い目で見れば、分野を超えた相互作用こそが未来を決める大きな要因になっていく。つまり、分野という領域は、遠い未来になればなるほど不明瞭になっていくのである。

現実としては、未来を予測する場合には分野ごとの最新トレンドを分析することに比重が置かれがちで、その比重が増せば増すほど「当たらない未来予測」になる可能性は大きくなっていく。技術分野に限って見ても、分野内で技術はさらに細分化されている。その細かな分野にはそれぞれに学会が存在し、ときにテクノロジー・ロードマップを描き、新技術が拓(ひら)く未来像を提示したりもする。

しかし、それは本当の未来像ではないだろう。各分野の技術は単独で勝手に進化するわけではなく、他分野で発生した技術の影響を強く受け、ときに融合しながら新技術を生み出していくわけだから。

さらにいえば技術の進化は、それをビジネスに落とし込んだ場合の市場性や収益性と密接な関係にある。要するに、その分野だけ、技術だけを見ていても、未来を予測することはできないということだ。

「分野を超えた影響」で未来は動く

分野をまたぐ影響ということについて、もう少し詳しく見ていきたい。この現象において現時点で極めて重要な役割を担っているのはICT(情報通信技術)であろう。

図2:分野という領域は、遠い未来になればなるほど不明瞭になっていく (出所:「メガトレンド2016~2025 [全産業編]」)

図2:分野という領域は、遠い未来になればなるほど不明瞭になっていく (出所:「メガトレンド2016~2025 [全産業編]」)

例えば自動車分野では、ICTが飛び火したことで目玉技術は駆動関連から自動運転へと移行しつつある。ICTの影響力はそこにとどまらない。自動車単体だけでなく、道路などのインフラ分野でも既存技術と融合しながら新技術を生み出し、都市のスマート化を進めていく。最近では、医療・健康、身体、さらには金融・流通といった領域でも強い影響力を及ぼすようになってきた。

「分野外」と思っていた技術があまねくICTの影響を強く受け、それぞれの垣根を壊しながら一つの巨大システムに統合される方向へと進んでいる。これによって人の価値観も大きく変化し、働き方からリーダーシップの在り方にまで大きな影響を与えている。組織のフラット化や組織運営の可視化といった動きは、その一端といえる。

このように領域を超えた体系の再構築が進む過程においては、各領域をバラバラに分析していても、そこから出てくる予測は無意味とは言わないまでも、極めて精度の低いものにならざるを得ない。長期的な予測をしようとするなら、広い視野が必須ということだ。 そのうえで、境界領域での現象、さらには領域をまたいで発生する動きのメカニズムを見抜かなくてはならない。しかし、その作業には極めて大きな困難を伴う。専門家による精緻な予測結果は、その分野における常識や定説を網羅していて隙がなく、論破が難しいからだ。結局は「専門家が言っているのだからそうなのだろう」と信じるしかないのだ。これは企業の経営会議や企画会議などで日々繰り広げられている光景でもある。

決してそうはならない未来を信じ、それを基に企業戦略を立てることほど滑稽なことはない。そうなりたくないのであれば、「専門家だけを集めて未来を予測する」ことをやめるべきだろう。

もちろん、専門分野の知識、技術に対する理解が不要だと言っているわけではない。だが、それだけでは足りない。専門家としての視点に加え、さまざまな領域を視野に収め、そこで起こりつつあるさまざまな変化の「意味」を理解し、何がどのようなメカニズムでどの領域に影響を与えていくか、その結果として何が生まれるかを見通す目を持つことである。こうしたジェネラリスト的視点とスペシャリスト的視点の両方を備えることこそが、未来を予測する大前提になるのだと思う。 (後編に続く)

川口盛之助氏(かわぐち・もりのすけ)
1984年慶應義塾大工学部卒、イリノイ大学修士課程修了(化学専攻)。 技術とイノベーションの育成に関するエキスパート。著作「オタクで女の子な国のモノづくり」は、技術と経営を結ぶ良書に与えられる「日経BizTech図書賞」を受賞し、英語、韓国語、中国語、タイ語にも翻訳される。

[日経テクノロジーオンライン 2016年3月9日掲載]

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