ゲリラ豪雨 「防衛隊」の雲画像で予測
この季節、頻繁に発生するゲリラ豪雨。現在の技術では予報不可能といわれるが、気象の最前線では、その発生をいち早くとらえ、雨が降るタイミングを広く伝えるための試みが行われている。ゲリラ豪雨はなぜ予報できないのか。予報できないゲリラ豪雨をどのようにとらえるのか。ユーザーから集めた情報も利用してゲリラ豪雨を予測する民間気象情報会社のウェザーニューズに話を聞いた。
「やっぱり雨って嫌ですよね」――今回の取材は編集者とのこんな話から始まった。日本列島の梅雨明けとともに増えてくるのがゲリラ豪雨だ。7月から9月にかけて降る猛烈な雨。これに直撃されたらたまったものではない。傘はほとんど意味をなさないし、ひどい時には水難事故や土砂災害まで引き起こすこともある。
通常の雨なら、前日に天気予報を見て傘と心の準備ができるが、このゲリラ豪雨がやっかいなのは、事前の予報が困難なことだ。とはいえ、人工知能で小説まで書けてしまう時代である。本当にゲリラ豪雨は予報できないのだろうか。予報できないとするとなぜできないのだろうか。ゲリラ豪雨に対処する方法はないのだろうか。
まずは、民間気象情報会社のウェザーニューズに話を聞きに行くことにした。ウェザーニューズは毎年7月中旬になると「ゲリラ雷雨Ch.」というサービスを立ち上げる。これは、地図上でゲリラ豪雨の危険エリアやゲリラ豪雨の雨雲レーダーが見られるサービス。ゲリラ豪雨が発生する約30分前までにアプリなどで通知する「スマートアラーム ゲリラ雷雨」も提供している。
なぜゲリラ豪雨は予報できないのか
千葉市・幕張にあるウェザーニューズの本社の会議室に着くなり、まずは一番気になることから聞いてみた。
「ゲリラ豪雨って、本当に予報できないのですか?」
すると、ウェザーニューズ予報センターのセクションリーダーで気象予報士の芳野達郎さんはこう答えた。「『明日の夕方、関東が危ない』という程度のざっくりとした予報はできるのですが、『夕方5時に新宿が危ない』というような、時間と場所を特定した予報ができないのです」
そもそもゲリラ豪雨とは何か。「ゲリラ豪雨」や「ゲリラ雷雨」という言葉が登場したのは2008年ごろだが、明確な定義があるわけではない。現象自体は「夕立」と呼ばれてきたものと同じだが、地球温暖化やヒートアイランド現象の影響で、近年、都心部を中心に発生回数が増え、雨の強さも増すにつれ、特別にこう呼ばれるようになってきた。
夕立と同じ現象なので、原因となるのは積乱雲(別名は入道雲)だ。ゲリラ豪雨を予報するには、この積乱雲が、どこにあるのか、どれくらいの大きさか、どれくらいの厚みなのかを把握し、その動きや発達速度を予測する必要がある。
これがかなり難しい。ゲリラ豪雨は、発生エリアが狭く、時間も短い。1駅違うだけで、被害に遭う人と遭わない人に分かれるほどだ。芳野さんによると、「ゲリラ豪雨とは網目の大きな網にはひっかからない小魚みたいなもの」。台風や通常の雨雲は予報の網に引っかかっても、ゲリラ豪雨の雨雲は局所的かつ生まれてから消えるまでが早すぎてキャッチできないのだ。
この課題を補うために、ウェザーニューズが取り組んでいるのが2010年に始めた「ゲリラ雷雨防衛隊」だ。ゲリラ豪雨が発生する7~9月、ウェザーニューズに雨雲の観測レポートを送ってくれるユーザーを"隊員"として集め、隊員からのレポートを利用してゲリラ豪雨の発生を予測。ゲリラ雷雨Ch.やスマートアラームで情報を発信する。ゲリラ雷雨防衛隊の隊員は徐々に増えていき、2015年には12万人、レポートの数は44万通にものぼった。
予報できないゲリラ豪雨をユーザーのレポートで予測する
ゲリラ雷雨防衛隊でゲリラ豪雨を予測する、大まかな流れはこうだ。ウェザーニューズは日々、気象庁の気象観測システム「アメダス」や自社の気象観測器「ソラテナ」などのデータを基に、翌日の天気を予報する。これは私たちが普段、テレビや新聞で目にする通常の天気予報。この時点で、明日どの地域にゲリラ豪雨の危険があるかは分かる。
時間の経過とともにゲリラ豪雨が発生しそうな地域が絞られてきたら、そのエリアの隊員に、雨雲の観測レポート送信を呼びかける「監視体制強化司令」メールを送信。メールを受け取った隊員は、メールに記載された雨雲観測のポイントを参考に、雨雲の状態を観察、写真を撮影してコメントとともに送る。
ユーザーがレポートを送るために使うのが、独自アプリ「ウェザーニュースタッチ」だ。このアプリには、画像解析技術を組み込んだリポート送信機能がある。この機能を起動して、雲にスマートフォンのカメラを向けると、雲の形や色などから雲の種類や発達レベルを分析してくれる。雲の写真を撮影して「OK」をタップすれば、レポートを送信できる。
隊員からレポートが送られてくると、ウェザーニューズのシステムがその画像を解析する。基本的な仕組みは隊員が使うアプリと同じだが、ウェザーニューズのシステムのほうが雲の形や色、濃淡などをより詳しく分析し、ゲリラ豪雨になりそうな雲か判断できるそうだ。「2014年に画像解析を導入するまで1枚ずつ目で見ていたのに比べると、危険度が高いものだけチェックできるので、ずいぶんと楽になった」と芳野さんはいう。
また、画像を解析する際は、隊員が雲の写真を撮影した場所やカメラを向けた方向なども参考にするという。「スマートフォンにGPSが組み込まれて、カメラを向けた方向まで分かるようになった。これで、雲がどっちから来ているかまで分かる」(芳野さん)
天気予報士の"感覚"をシステム化
ゲリラ雷雨防衛隊のリポートとともに、ウェザーニューズのゲリラ雷雨予測を下支えしているのが、2012年に導入した独自の予報システムだ。これはウェザーニューズの中でも特に"すご腕"といわれる気象予報士の判断基準をシステム化したものだという。
気象予報士は、アメダスやソラテナ、独自に設置したレーダーなどから得られるさまざまな観測データから気象を予報する。それはほとんど職人技といっていい。だが、同社ではそのすご腕予報士がデータのどこに注目し、どんな情報をどう判断しているのかのプロセスを細かく聞き出し、実際の天気との関連性を逐次検証して、アルゴリズムに落とし込んだ。システム稼働までは、2年も費やしたという。「気象予報に当たっては、本人も感覚的に判断していた部分があると思います。それもしつこく聞き出した。日常業務の中ではどうしても業務に意識を取られるので、米国に連れ出してヒアリングしたそうです」(芳野さん)
最後の最後は人間が判断
このように、ゲリラ雷雨防衛隊のレポート分析には画像解析システムを、観測データの分析には独自の予報システムを導入しているが、最後の最後、ゲリラ豪雨発生を知らせるスマートアラームを配信するタイミングは、人間が目視で判断しているという。
「ゲリラ雷雨防衛隊のレポートと予報システムで分かるのは、ゲリラ豪雨が発生する条件が整ったというところまで。実際に雨が降るかどうかは分からないんです。だから、隊員から送られてきた写真のうち主だったものを実際に見て判断します」 (芳野さん)
気象予報士は「空読み」という言葉を使うそうだ。雨が降るかどうかの判断は、人の目で雲の形や色を見て行う――これは昔から変わっていない。ただ、スマートフォンのカメラや通信機能を使い、全国に散らばる隊員たちから空の情報を集められるようになったことで、専門家自身がその場にいなくても空を見られるようになった。このことが大きい。気象予報においては、今どこの空にどんな雲があるか把握するのが大事で、システムはその武器でしかないのだ。
「それにしても」と、今更ながら筆者は疑問を持った。ゲリラ雷雨防衛隊の隊員たちは、仕事や家事などで忙しいなか、まめにレポートを送ってくるのはなぜなのか? ポイントがたまるなどのメリットもあるが、たまるポイントは小さなもので、これが大きなモチベーションになるとも思えない。
芳野さんは「隊員になってくれるユーザーは、予測できないゲリラ豪雨に立ち向かい、死亡者を0にすることを目指すというウェザーニューズの考えに共感したり、自分も誰かの役に立ちたいという思いがあるようです。アプリで空を観察するのが楽しいというのもあると思います」という。
筆者もゲリラ雷雨防衛隊に"入隊"してみた。この記事を書きながら窓の外にスマホを向けたら、雲の発達レベルは90。通勤の途中や休憩時間で「なんか雲の様子がおかしいな」と思ったときにリポートをしてみようという気になりそうだ。
(ライター 淡路勇介)
[日経トレンディネット 2016年8月10日付の記事を再構成]
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