足らぬ民生委員、苦肉のOB再任
各地で欠員 8割が60~70代
「満遍なく活動したいが、自分が暮らす地区以外はなかなか……」と話すのは、東京都多摩市で民生委員を12年間務める高野弘美さん(70)。担当地区に加え、隣接する2地区でなり手がおらず、兼任する。
高野さんの担当地区は高齢化が進む。階段しかない集合住宅で重たそうに買い物袋を持つ高齢者を見かけたら、代わりに運ぶ。一人暮らしの高齢者の様子を心配して、夜に様子を確認しにいくこともある。
3地区合わせて2400以上の世帯を見守る。厚生労働省の配置基準では多摩市のような人口10万人以上の市の場合、1人が担当する世帯数の目安は多くても360世帯まで。高野さん1人で約7人分の負担だ。「自分が住む地区だけなら、買い物やゴミの状況で高齢者の様子を把握できるが、兼任する地区では細かく目が届かない」と嘆く。
民生委員は民生委員法に基づき、厚労省から委嘱された特別職の地方公務員。1917年に岡山県で始まった「済世顧問制度」が現行制度の始まりとされ、来年は100周年。かつては地域の名誉職だったが、2000年の法改正で給与の発生しないボランティアとして位置づけられた。
高齢者や障害者の見守りに加え、児童福祉法により児童委員も兼ね、子育て世帯の相談や支援もする。全国に約23万人おり、市区町村が定めた地区ごとに1人推薦される。3年間を1期として、全国で一斉改選する。今年12月に改選を控えるが、高齢者やひとり親世帯など支援すべき対象が増える一方、民生委員の定数はほぼ横ばいだ。
多摩市では3年前の改選時に、全112地区のうち27地区で欠員が出た。満たした地区の割合は、全国平均の約97%に対して約76%。今年12月の改選では後任の見通しの立たない地区が28に上る。同市担当者は「共働き家庭が増え、地域に根ざした活動経験のあるなり手の候補は今後さらに減るだろう」と話す。
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一度でも欠員が出た地区では次の担い手探しへの働きかけが弱まり、不在状態が慢性的になりがち。隣接する地区の民生委員の負担が増え、困りごとの発見や解決のための関係機関との連携など、必要な支援の遅れが懸念される。
民生委員の全国組織、全国民生委員児童委員連合会(全民児連)の調査によると、12年時点で60~70代の割合が8割を超える。市区町村の協議会の約7割が課題として挙げたのはなり手不足だ。特に市区部で多く、世代交代が進まないという回答も多かった。
充足のため「定年」を超えた経験者の再活用も広がる。厚労省の選任要領では望ましい年齢を75歳未満とするが、地域の実情を踏まえた弾力的な運用を認めている。一方で全民児連によると、14年時点で上限年齢が76歳以上の市区町村は5.5%にとどまる。
佐賀県では10年の改選から75歳以上でも1期に限り再任を認めた。欠員の出たエリアから75歳以上でも適任なら推薦したいとの意向を受けて条件を緩和した。堺市も今年12月の改選から同様に再任を認めた。「まだまだ元気な経験者にはお願いしたい」(担当者)
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なり手不足の原因として民生委員の認知度の低さも挙げられる。このため、活動を知ってもらおうとの取り組みも始まった。
大阪府は8月から民生委員のインターンシップを開催し、3大学から24人の学生を受け入れる。学生は戸別訪問や居場所となるサロンの運営など、地域福祉の現状を学び、活動をSNSなどで発信する。
参加者の大阪府立大の杉本安里紗さん(19)は「授業では学べない、福祉の現場でしかわからないことを吸収したい」と語る。「活動内容を知る人ほど、なってもいいというデータもある」(府の担当者)。「若者ならではの発信手法で幅広い世代に認知を広げ、将来の担い手の育成につなげたい」と期待する。
個人情報を扱わない範囲で民生委員の活動を支える協力員制度を独自に導入する自治体もある。全民児連の調査では8.5%の市区町村が制度を設ける。ただ業務の線引きが曖昧になり、協力員が集まらず、高齢なOB・OGの再活用にとどまる例も多い。
兵庫県芦屋市では、社会福祉協議会の福祉推進委員が協力員としても活動する。基本的に1地区に2人がつき、民生委員と合わせて3人で見守る体制を築いている。協力員を務めた経験から、後任として推薦される人も多く、3年前の改選時には100%と高い充足率につながっている。
厚労省の「民生委員・児童委員の活動環境の整備に関する検討会」の座長を務めた同志社大の上野谷加代子教授は「現代の暮らし方に応じた仕組みが必要。専業主婦や退職者が平日の日中、平日働く勤め人が土日や夜に対応すれば負担を軽減し、円滑に世代交代できる」と話す。
(小柳優太)
[日本経済新聞夕刊2016年8月22日付]
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