放送局が作るラジオ ハード作りで自己主張西田宗千佳のデジタル未来図

Hint。LEDを内蔵しており、ラジオの放送内容に合わせて光ったり、URLをスマホに伝える機能もある。ただし、その機能を使った放送はまだ行われておらず、今後に向けて検討されている段階
Hint。LEDを内蔵しており、ラジオの放送内容に合わせて光ったり、URLをスマホに伝える機能もある。ただし、その機能を使った放送はまだ行われておらず、今後に向けて検討されている段階

ニッポン放送が「ラジオ」を作っている。いや、番組の話ではない。ハードウエア、家電製品としての「ラジオ」だ。放送局はコンテンツを作るところであり、ハードウエアには関わらないのが基本だ。なぜ彼らはラジオという「モノ」を作るのだろうか?

ラジオ局が主張する「今のラジオ」とは

2016年7月20日、ニッポン放送とグッドスマイルカンパニー、Cerevoは共同で「Hint」という製品を発表した。現在、購入希望者を募るクラウドファンディングの募集が行われており、9月23日までに500台分の購入希望者が集まった場合、実際に製品として発売されることになっている。価格は2万1500円から。決して安いものではない。

クラウドファンディング中の「Hint」。カッコよくていい音のする「ラジオ」を目指した製品化だが、実はBluetoothスピーカーとしての機能もある。 https://camp-fire.jp/projects/view/8696

そもそも、「ラジオ」というハードウエアについて、みなさんはどんなイメージを持っているだろうか。「最近ラジオを聴いたことがない」だったり、ラジオを聴く人であっても「スマホのアプリなどで聴けるので、わざわざハードウエアを買おうとは思わない」だったり、どちらかといえば後ろ向きなイメージを持っているのではないだろうか。だから「2万円を超えるラジオ」にはピンとこない、という人も多そうだ。

しかし、彼らは「だからこそラジオをつくろうと考えた」のである。この計画の発案者である、ニッポン放送の吉田尚記アナウンサーは発表会にて、「ラジオをGoogleで検索してみてほしい。ほぼ同じような形しかでてこない」と語った。確かに、私たちの頭の中にあるのは、四角くてスピーカーがついていて、上の方にメーターがあってアンテナが飛び出している、そんな「ラジオ」ではないだろうか。

もう何十年も形が変わっていないところが、ラジオというハードウエアの特質である。何十年も変わらないということは、「定着して使われている」ということである。一方で、空気のようになってしまって「買うまでもない」と思う人がいることが、ラジオの限界でもある。

吉田アナウンサーはラジオを愛しており、もっと可能性があるメディアだと信じている。もっとラジオを聴いてほしいし、注目してほしいと思っている。だからこそ、「とにかくカッコいいラジオを作りたい」と思ったわけだ。

Hintは縦型で、大きなタンブラーかワインボトルのようなデザインである。一見してラジオには見えない。理由は、スピーカーが上を向いた「無指向性」になっていること。指向性がないため、部屋中どこでも同じように良い音で、ラジオと音楽が聴ける。音はラジオから流れる「人の声」に合わせてチューニングされており、一般的なラジオと比較してはもちろん、オーディオ機器よりもさらに聴き心地が良いようになっている。部屋に入ると誰か友達がいるような「空気感」「雰囲気」を重視した作りだ。

こうした特徴は、「日本のラジオ」というメディアの特質を分析した上でのデザインのたまものだ。デザインを担当したのは、フィギュアのメーカーであるグッドスマイルカンパニー傘下のデザインスタジオで活躍するデザイナーのメチクロ氏。「ラジオとはこんなもの」というイメージを打ち破るものだ。

モノを作ることには意味がある。サービスや理念は、意外と人に響かない。見れる・触れる「モノ」として作られて、実際に手にすることができる「商品」になると、人の注目度は一気に高まる。それこそがデザインの力だ。

生産の形が変えた「ハードビジネス」のあり方

一方、モノを作って売ることには、リスクが伴う。開発や製造には必ず一定のノウハウが必要だ。テクノロジーの進化に伴い、パーツメーカーから供給を受けた部品を組み合わせてなにかを作ることは、10年前と比較しても格段にやりやすくなった。だが、「デザイン通りに仕上げる」「故障しないように品質を保つ」「製造コストを抑える」といった部分は、実際に開発と量産の経験が豊富な企業の力が必要だ。

しかも、お金をかけて大量に作るわけにはいかない。量産するとはいえ、大手家電メーカーのように数万個単位で製造しては、部材調達でも在庫でもリスクが大きい。大きな在庫リスクを抱えずに済む程度の量を、高品質に素早く作ることができなければ、Hintのような製品は世に出せないのだ。

そこで活躍するのが、Cerevoだ。Cerevoは家電開発ベンチャーとして、ロボットからオーディオ製品まで、様々なものを作ってきた。試作についても小ロット量産についてもノウハウが豊富だ。また、グッドスマイルカンパニーの主商品であるフィギュアは「小ロット多品種生産」の典型のような商品。同社も色々なノウハウを持っている。

「クラウドファンディング」という手法を使うのも、リスクを減らすための方策といえる。クラウドファンディングは「開発費などを個人からの出資で賄って製品化を目指すもの」と説明されるが、それは正しくない。実際には、クラウドファンディングで集まったお金を原資とすることは少なく、「最初の販路」として使われるのが通常だ。どれだけの人がこの製品を求めているのか、をある程度正確に測ること、そして、製品の存在をアピールすることが主目的といえる。

Hintは3社が合弁で行うプロジェクトだが、ニッポン放送が音頭を取っていることは間違いない。ラジオ事業を活性化する新しい取り組みの一つである。吉田アナウンサーは、アニメやサブカルに詳しく、そちらの方面から価値を拡大する、ある種の旗振り役でもある。その一環であり、象徴的なプロジェクトとして「ハードウエアの販売」を手がけるわけだが、やはりリスクは問題になる。在庫リスクを軽減できる「小ロット生産」「クラウドファンディング」の組み合わせがなければ、この計画は存在しなかっただろう。

ハードウエアという製品の生かし方は色々ある。もちろん、それを売ってもうけることが最大の価値ではある。一方、「モノがあることによって示せる主張」も世の中にはある。過去には、それは「一点もののデモ機器」としてしか存在し得なかった。だが、生産のあり方が変わってきたことで、その常識を切り替える必要が出てきた。「主張としてのハードウエアビジネス」もありうる時代なのだ。Hintというラジオには、そういう側面もある、といえそうだ。

西田宗千佳(にしだ・むねちか)
フリージャーナリスト。1971年福井県生まれ。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。
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