大日本、若き王者の「ゼニの取れる」バックドロップ
プロレスの技が決まる瞬間というのは時間にするとコンマ数秒のできごとですが、その数秒を見るためにチケットを買うことだってあります。7月24日に開かれた大日本プロレス両国国技館大会、セミファイナルの勝負を決めた神谷英慶(かみたにひでよし)選手のバックドロップはまさに「見られてよかった」「チケット買ってよかった」と思わせてくれるフィニッシュ技でした。
大日本プロレスは全日本プロレスなどで活躍したグレート小鹿選手が1994年に立ち上げた、老舗の部類に属する独立系プロレス団体で、有刺鉄線、画びょうなどを用いた過激なデスマッチでファンを獲得してきました。近年はその「デスマッチBJ」と、もう一つ「ストロングBJ」と呼ばれるゴツゴツした肉弾ファイトを展開。二本柱で着実にファンを増やして、2年連続となる両国大会を実現させました。
「ストロングBJ」の象徴といえば関本大介(せきもとだいすけ)選手と岡林裕二(おかばやしゆうじ)選手です。この2選手はどこのリングでどんな相手と当たってもとんでもないド迫力ファイトでファンを熱狂させる実力者です。昨年11月に開かれた天龍源一郎選手の引退興行では諏訪魔選手と藤田和之選手の初対決という難しい試合に、双方のタッグパートナーとして参戦。注目の2選手がかすむような存在感を見せつけ「大日本」コールを引き出したほどです。
両国大会でそんな岡林選手が持つストロングヘビー級のベルトに挑んだのが神谷選手です。分厚い筋肉の塊にスキンヘッドの鬼瓦のようないかつい顔が乗っかり、誰が見ても強そうな岡林選手。対する神谷選手はキャリア4年で24歳。表情にどこかあどけなさも残る若手レスラーです。
数年前までの神谷選手は大日本の若手のなかでもいちばん苦戦している印象で、茶髪に派手な色のコスチュームがどこかアンバランスさを感じさせました。それがこの1年SNSなどで「神谷のバックドロップがすごい!」と噂が広がり始め、実際に映像で見てみるとこれが想像以上のエグイ決まり具合。自分の芯になる武器、必殺技を得たことで余分な飾りが必要なくなったからか、コスチュームも髪もシンプルな黒に変わりました。神谷選手を変身させたバックドロップを見たい。その思いで両国に向かったのです。
バックドロップへの布石としてヘッドロックで攻め込む神谷選手を、強烈なラリアット一発でふっ飛ばし一瞬で自分のペースに持っていく岡林選手。それからは10の攻撃にどうにか2を返せば「倍返し」で20の攻撃が待っているという展開に。鬼のような形相で後輩をたたきつぶそうとする王者。それでもねばる挑戦者。岡林選手必殺のゴーレムスプラッシュ。コーナーポストから鋼の肉塊が降ってくる。会場の「ああ、これで終わりかな。でもよくがんばったな神谷選手」という空気。それでも返す。どよめく客席。でも王者にはとどめのパワーボムがあることを観客はみんな知っている。岡林選手が抱え上げようとする。さすがにこれで終わりか。それでもこらえる挑戦者……。
耐えに耐えた末ついに神谷選手がバックドロップを繰り出す! 返された! でも諦めない。2発目の執念のバックドロップが見事な角度で決まり、とうとうスリーカウント。リングになだれ込むセコンドの仲間たち……新王者の誕生です。一人の若手選手が、一つの「技」と鮮やかに結びつき一体となって成長していく。美しい瞬間に立ち会えたと思いました。
今回のイラストは神谷選手のバックドロップを描かせていただきました。胸の高い位置で両手をクラッチしブリッジを利かせて急角度で相手を後方に突き刺します。古く広く使われている技ですが、観客をうならせる必殺技に磨き上げられています。
21日には名古屋大会で先輩の河上隆一選手との防衛戦が控えています。1つ必殺技を得てベルトを取った以上、これから挑戦してくる対戦相手には容赦なく研究され、対策を練られ、切り返されることは避けられません。それらを耐えしのいで「ゼニの取れるバックドロップ」で神谷選手が名を残すようなプロレスラーになるのを楽しみに、これからも応援していきたいです。
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