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大企業は指数関数的に成長する飛躍型企業になれるのでしょうか?

著者のイスマイルは「大企業はスーパータンカーのようで進路変更には時間がかかる。だが不可能ではない」と述べ3つの処方箋を示します。

第1にリーダー層の変革です。ポイントは、飛躍型企業が生まれた新しい環境・技術についての教育やメンバーの入れ替えを通じてリーダー層が「覚醒」することです。覚醒とは、情報という隕石(いんせき)が地球に衝突し新世界が始まった以上、ただちに適応に向け自己変革せねば生き残れないという危機感をもつことに他なりません。

デロイト トーマツ コンサルティング キャメル・ヤマモト氏

デロイト トーマツ コンサルティング キャメル・ヤマモト氏

第2に、自社に合った変革の在り方をデザインすることです。例えば既存の中核事業を維持しつつ、激しい環境に進出する飛躍型子会社・事業をつくるといった工夫です。自社の中に「外」を作るのがコツですが、その際、飛躍型企業との提携、投資、買収といった手段を有効に使います。

第3に、中核事業も次のような視点で根本的に見直しをかけます。

・関心が外ではなく内に向かっていないか

・得意な技術を重視するあまり、隣接する技術や全体を統合する技術を無視していないか。その結果ブレークスルーを起こせていないのではないか

・内部のイノベーションに依存しすぎていないか

いわば飛躍型企業的な目線で全社をレビューします。その上で、飛躍型企業の11の特徴の中から適切なものを取り入れ、自社の既存の強みと組み合わせて、自社流の簡易版飛躍型企業経営スタイルを創り出します。

もとより、大企業には現在の飛躍型企業からの学習に匹敵する学習を積み重ねて形成した、知的資本の厚みがあるはずです。過去に比べ、新しいことを学習する必要性が増大した現代において、自分と比べはるかに小さくて若い飛躍型企業から謙虚に、しかし貪欲に学び、自分たちで飛躍に向けて実験する。これが飛躍型大企業像です。

ケーススタディー 挑戦的な目標をかかげて達成していくコカ・コーラ

世界規模で大規模な資産を有しているコカ・コーラは、資産をなるべくもたないようにする飛躍型企業( Exponential Organizations )の時代には脆弱性を呈することが危惧される会社として挙げられています。しかし、同社が現在の地位を100年以上維持しているのは、挑戦的な目標をかかげて達成していく伝統があるからです。現在も、2010年から20年までにビジネスを倍増するという野心的な目標を追求しています。この目標達成のために、同社は飛躍型企業に近い取り組みを始めています。

まず、野心的な目標として「世界中の人々のからだと心、そして精神をリフレッシュします」を打ち出しました。

あわせて、「スタートアップを大企業になりやすくし、大企業をスタートアップになりやすくする」というビジョンの下に、それを実現すべく、社内全体でさまざまな「実験(IDEASのE)」を始めました。その一環で、社内全体にリーンスタートアップの手法を根付かせつつ、多くの小規模プロジェクトを立ち上げ、各プロジェクトでMVP( Minimum viable product = 最小限の機能を備えた検証用製品・プロトタイプ)をつくっては検証をしています。さらに、一連の情報に社内の誰でもアクセスできるように「オープン・アントレプレナーシップ」プログラムも始めています。こうした取り組みを通じて、飛躍型企業の専売特許ともいうべき実験する文化をつくろうとしています。

また、「ダッシュボード」を活用しながら社内に「自律的組織」をつくる動きもとっています(IDEASのDとA)。たとえば、コカ・コーラは新しいアイデアが進化できるように、従来型の思考回路から離れた場所で新会社を立ち上げて、既存の中核事業からは独立させています。新会社はコカ・コーラ本体の税制、法務、財務、人事といった既存システムからは完全に切り離されています。また、同社はシンギュラリティ大学研究所の設立メンバーでもあるのですが、同研究所を通じてスタートアップの他社と協業し、破壊的な変化を起こそうとしています(SCALEのL:外部資産の活用)。

既存の本体組織が強い文化を持つ場合、破壊的イノベーションは、本体組織の免疫系を回避できるように、本体組織から離れたところで秘密裏に始めてしまうというのは、飛躍型企業的なアプローチをとるセオリーの一つです。

しかしながら、他方でコカ・コーラは本体の文化を変革することも公の目標としています。そこで破壊的イノベーションの透明性も重視しています。つまり長期的な視点で破壊的イノベーションを起こすチームを本社内にもつくり、破壊的イノベーションを中核事業にも結び付けることが戦略的なスタンスなのだと宣言しています。

ケーススタディー 伝統的ビジネスモデルの革新をめざすザ・ガーディアン

従来型企業でありながら飛躍型企業的な取り組みをしているもう一つの事例として、英国の新聞社ザ・ガーディアンを紹介します。

メディア業界はデジタル化による破壊的影響(ディスラプション)を最も強く受けている業界の一つです。中でも新聞社はその中心に位置します。デジタル革命を背景とするイノベーションのジレンマに陥っている企業がむしろ大勢を占めます。その中で、ザ・ガーディアンはエドワード・スノーデン氏の暴露を世界に伝えたことでも有名ですが、伝統的な新聞社のビジネスモデルにイノベーションを起こそうとしています。

その取り組みをいくつか挙げてみましょう。

・07年、オピニオンリーダー向けの無料ブログプラットフォームを立ち上げ、オンラインフォーラムやディスカッショングループを開設(SCALEのCのコミュニティーとクラウドに相当)。

・開発者向けにオープンAPI( Application Programming Interface )を公開。同紙ウェブサイトに関するAPIで、それを通じてウェブサイト上のコンテンツを活用できるようになりました(SCALEのAのアルゴリズム)。

・ウィキリークスから提供された大量の外交公電を調査するために、クラウドソーシングを活用(コミュニティーとクラウド)。

同紙は調査報道( investigative reporting )で、クラウドソーシングを構造的に活用していることでも知られています。09年に英国政府が世論の圧力を受け、200万ページに及ぶ英国国会議員の経費報告書を公開した際には、この資料をウェブサイトに掲載し、読者に対して報告書の中に気になる情報がないか探すように呼びかけました。その結果、たった3日で全資料の20%がチェックされました。

ネットワーク型組織

コカ・コーラのケーススタディーで述べた内容は、従来型組織が飛躍型企業組織の特徴をうまくとりいれることによって、従来型組織本体を変革していくという筋立てです。飛躍型企業は組織論でいえば、ネットワーク組織の一種であり、コカ・コーラはその意味でネットワーク組織を活用した変革モデルです。以下では、同じくネットワーク組織を活用する新しい組織デザインを紹介します。それは、デロイトが提唱している新しい組織デザインで、チーム型ネットワーク組織( network of teams )と名付けています。

そのイメージは、図Xの通りです。

図X

図X

図に解説を加えると、一方で従来型組織そのものは変えようとせずにそのままキープしつつ、他方で新規事業や新製品・サービスの開発や新規市場の開拓等、成長にかかわる何か新しい取り組みはすべてチームを形成して行います。ここでいうチームはいわゆるプロジェクトチームで、構成メンバーは世界中の既存組織から最適の人材を集めます。個々のチームには、本書で紹介した飛躍型組織の要素(SCALEやIDEAS)も適宜盛り込みます。

個々のチームが自律性をもつ結果、全社でみると分権・分散傾向が強まりますので、それに拮抗するような求心力の仕掛けを創り出す必要が出てきます。そのような求心力の主要要素は3つあります。

(1)まずは、全社の理念・ビジョンといった憲法にあたるものを明文化し、浸透をはかります。

(2)次に、個別のチームを越えて全社をリードするシニアリーダー(経営リーダー)の役割を明確化します

(3)分権化による非効率を防ぐインフラとしてのオペレーションセンターと、各チームで形成されたベストプラクティス等を集積するインテリジェンスセンターを設けます。

このアプローチがうまくいけば、「既存組織( Ancien regime )」から「チームと新たな仕掛け( exponential network of teams )」の方へ、という人材と時代の流れを生み出すことになるでしょう。

なお、新しい組織デザインについてはデロイトのリポート『グローバル・ヒューマンキャピタル・トレンド2016』もご覧ください。

キャメル・ヤマモト
デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

本名、山本成一。東京大学法学部卒、青山大学大学院国際政経学科修士、オックスフォード大学セントアントニーカレッジ・シニアアソシエイトメンバー。外務省、外資系コンサルティング2社を経て現職。現在は主に日本企業のグローバル化を組織・人材面で支援。主な著書に『グローバルリーダー開発シナリオ』(共著・日本経済新聞社)、『世界標準の仕事術』(日本実業出版社)、『稼ぐ人、安い人、余る人』(幻冬舎文庫)など。
=この項おわり

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

シンギュラリティ大学が教える飛躍する方法

著者 : サリム・イスマイル, マイケル・S・マローン, ユーリ・ファン・ギースト
出版 : 日経BP社
価格 : 1,944円 (税込み)

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