変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

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指数関数的に成長する飛躍型企業は、その設計図を理解すればつくることができる人工的な組織です。設計図は「野心的な目標」と「外部の5要素」「内部の5要素」から構成されます。

「野心的な目標」は、世界中の人々の野心的な想像力をかきたてて、世界に放たれる飛躍ののろしです。例えば「世界中の情報を整理する(グーグル)」「10億人の人々によい影響を与える(シンギュラリティ大学)」「価値のあるアイデアを広める(TED)」などが代表例です。

デロイト トーマツ コンサルティング キャメル・ヤマモト氏

デロイト トーマツ コンサルティング キャメル・ヤマモト氏

野心的な目標を達成するために飛躍型企業はS-C-A-L-Eの5文字で要約される「外部の5要素」を活用します。

Sはスタッフ・オン・デマンド。必要に応じて契約される契約社員などの外部人材です。

Cはコミュニティーとクラウド。前者はユーザー、顧客、元社員や仕入れ先、協力先、ファンなどで、後者は群衆です。飛躍型企業内部の従業員をコアとみれば、それを取り巻くようにコミュニティー、スタッフ・オン・デマンド、クラウドの層が位置しています。

スキルの賞味期限が短くなった時代にあって社内人材のみに頼るのはリスキーです。旬のスキルを調達すべく外部人材の活用を人材マネジメントのど真ん中に据え、外部人材も含めて人々の協調的な行動を引き出す方法としてエンゲージメント(E、愛着を持たせる)の趣向をこらすのが飛躍型企業の流儀です。

Aはアルゴリズム。AI(人工知能)やロボティックスを含めた自動化機能を象徴し、人材を代替・補完する存在と位置づけます。Lは外部資産(レバレッジアセット)で、資産の所有は最小限にとどめ、外部資産の借用で機動性を保ちます。

まとめると、最小限の正社員をコアにしつつ、外部人材(S、C)やアルゴリズム(A)、外部資産(L)など「外部」に触手を伸ばし、エンゲージして(E)、伸縮自在のSCALEを実現するのが飛躍型企業です。

ケーススタディー 見ず知らずの人同士が分業し、知見やデータを活用

SCALEを体現する企業の事例として、本書が取り上げているギットハブの話を紹介します。

ギットハブは、オープンソースのプログラマー向け情報共有サービスを提供する企業です。複数人でプログラミングをする場合、プログラムの基となる「ソースコード」をギットハブで共有し、「誰がどの部分を修正したのか」といったことを管理することができます。

このように書くとかなり特殊な「業界」の話にきこえるかもしれません。私もこのケースを読み始めたとき、はじめはそう思いました。しかし今後、この本が述べるような飛躍型企業( Exponential Organizations )が増える場合、この事例でとりあげるプロジェクト型の仕事も増えると予想されます。つまり、「ネット上で、見ず知らずの人同士が、仕事を分業」し、しかも仕事が一度きりではなく、「仕事を通じて得られた知見やデータを、後続の見ず知らずの人々が、活用して、その上にのった仕事を遂行できる」といった事例が増えるという予想です。この予想が正しければ、ギットハブが示す例は、決して特殊な業界の特殊な人々の間での仕事ではなくなると考えます。

さて、ギットハブのサービスの中核は、プログラマー間のコラボレーションを支援することです。技術的にいえば、ギットハブとは諸プロジェクトのためにリポジトリ(ファイルをまとめて保存する保存庫)を管理するサービスです。その際に、他人が作成したリポジトリの複製をつくる機能や、複製したファイルでコードを書き、その結果を複製元の作成者に通知するといった機能が備わっていて、オリジナルのソースコードを改善していくコーディング(プログラムを書く作業)のプロセスがうまく管理できるようになっています。

こうした機能が使いやすい形でそろっていることもあり、ギットハブのコミュニティーには開始から6年間で600万人以上の開発者が集まるようになりました。彼らは1500万件以上のオープンソースプロジェクトに参加し、協力しています。ちなみに、シリコンバレーではソフトウエア開発者の採用や給与がギットハブ上の評価に大きく左右されるようにさえなっています。そのため開発者は自分の評価を上げようとして、定期的にギットハブ上に自分が書いたコードをアップロードするのです。

本書はギットハブを野心的目標( Massive Transformational Purpose = MTP)とSCALEを用いて次のように解剖しています。

○MTP(野心的目標)

まさに、「ソーシャル・コーディング」がギットハブのMTPです。コーディングを個人ではなく、また会社内でもなく、広く社会の力を活用して行うというのは野心的でしょう。

○S(オンデマンド型人材)

ギットハブのようなケースでは、内部と外部の境界は非常に低くなります。オープンソース・コミュニティー全体の力を活用して、必要に応じてギットハブの内部作業を支援するスタッフを調達できます。この後に掲載した、同心円の「オープン型人材モデル」の図でいえば、より外側の輪に属する人たちが、どんどん中に入ってくることができるようになっています。

○C(コミュニティーとクラウド)

コーディングを学べるレッスンとコラボレーション環境を用意しているので、新しいプログラマーがすぐにユーザーとして活動できます。クラウド的な部外者だったプログラマーが、すぐにユーザーというコミュニティーメンバーになれるということです。つまり、クラウドとコミュニティーの間の壁が低くなっています。

○A(アルゴリズム)

ギットハブは開発者を支援するインスタントメッセージ機能、評価管理システム、コーディングのレッスンなど様々な機能をプラットフォーム上に組み込んでいます。そうした機能の中核にあるのが、「バージョン管理など高度に自動化されたコントロールメカニズム」と「ワークフロー管理機能」です。この中核機能がギットハブのアルゴリズムです。ギットハブが活用する外部要素(コミュニティー・クラウド)が生み出すアウトプットや、外部要素を社内の仕事に引き込みエンゲージ(熱中)させる仕組みを統合する役割を果たしています。

○L(外部資産)

ギットハブ上で展開されるプロジェクトは、ギットハブが保有しているわけではなく、すべてクラウド上に置いてあり、その意味でクラウドという外部資産を活用しています。また、ギットハブ上の様々なプロジェクトで開発されたソフトウエアを、ギットハブのプラットフォーム自体を改善するためにも活用しています。ユーザーは自分が利用する開発環境の改善にも貢献できます。

○E(エンゲージメント)

ギットハブはユーザーに参加を強いるのではなくて、ギットハブ上での活動にエンゲージされるようさまざまな工夫を行っています。工夫の中心は、ゲーム的な要素を取り入れること(ゲーミフィケーション)です。一例を挙げれば、ギットハブのリーダーボードや評価システム上にデータの可視化やポイント付与、順位づけや上達レベルの明示などゲーム的な要素が実装されています。こうした仕掛けで、ユーザー等のエンゲージメントを高めるというのが基本姿勢です。

外部人材とアルゴリズムに触発された新しい人材論

今回取り上げたSCALEのうち最初の3文字、すなわち、S(オンデマンド型人材)とC(コミュニティーとクラウド)とA(アルゴリズム)は、従来型企業にとっても今後、十分な注意を払うべき外部要素になっています。

たとえば、従来型企業もタレントマネジメント(人材の採用や育成、活用)について考える際に、内部要素とあわせて外部要素についても考えることが必要です。タレントマネジメントでは、「事業からみた人材へのニーズ・需要」と、その「ニーズを満たす人材の供給」という人材の需給バランスが主要テーマです。その際、最近は、一方でデジタル化やソーシャル化、グローバル化ゆえに既存の人材では満たせない事業ニーズが頻繁に起きています。他方で、そうした新しいニーズを満たす人材供給を考える際に、従来のように内部人材に限定せず、外部人材、さらにはロボティクスやAI(人工知能)などを含めたアルゴリズムの活用を考えることが必要になってきています。

飛躍型企業の事例を学ぶと、「人材といえば社内の人材」というこれまでの当然が、まったく当然ではなく、別の可能性があることがみえてきます。

キャメル・ヤマモト
デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

本名、山本成一。東京大学法学部卒、青山大学大学院国際政経学科修士、オックスフォード大学セントアントニーカレッジ・シニアアソシエイトメンバー。外務省、外資系コンサルティング2社を経て現職。現在は主に日本企業のグローバル化を組織・人材面で支援。主な著書に『グローバルリーダー開発シナリオ』(共著・日本経済新聞社)、『世界標準の仕事術』(日本実業出版社)、『稼ぐ人、安い人、余る人』(幻冬舎文庫)など。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

シンギュラリティ大学が教える飛躍する方法

著者 : サリム・イスマイル, マイケル・S・マローン, ユーリ・ファン・ギースト
出版 : 日経BP社
価格 : 1,944円 (税込み)

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