日英コンビで東北発信 ユーチューバーを事業化コメディー調が好評

カメラの前で弁が立つブロード氏。背景の選定にも余念がない
カメラの前で弁が立つブロード氏。背景の選定にも余念がない

「甘酒の味ってどう表現したらよいかな?」「アルコールが入っていないことは言った方がいいと思うけど」。「いや、もっとこう、見てる人に味のイメージがわくような感じで……」

夏の日差しがまぶしい7月、秋田県角館の武家屋敷に隣接する小さな甘味処の屋根の下、ひとりの英国人と日本人が真剣な顔で話し合う。いくらか口に含んで味見をしながら考えた末、ある言葉がひらめいた。「米でできたプリンみたいな味ってのは?」「その表現、ぴったりだね」

甘酒の味を言葉にするべく頭をひねるブロード氏

2人はインターネットで東北の観光地を動画で配信するクリス・ブロード氏(26)と、宿泊施設や飲食店向けの外国人集客コンサルティング業、ライフブリッジ(仙台市)の桜井亮太郎社長(42)。この日は角館の武家屋敷や岩手県一関市の厳美渓などを浴衣を着て巡るJTB東北の外国人向けツアーの販売促進に使う映像を撮影する仕事だ。外国人観光客の足音がまだ遠い東北の地。趣味にすぎなかった映像撮影を事業に仕立て上げた2人のコンビが、いま日本マニアの外国人のあいだでちょっとしたブームになっているのをご存じだろうか。

英国に在住経験のある桜井氏(左)は英語も堪能だ

動画投稿サイトのユーチューブで自身のチャンネルを持つ人は「ユーチューバー」と呼ばれる。ブロード氏も「Abroad in Japan」というチャンネルを運営し、日本文化を紹介する動画を80本ほどつくってきた。チャンネル登録者数は27万人だ。

日本を海外に紹介する外国人ユーチューバーは既に何人か有名な人たちがいる。一番はカナダ人のシャーラさん。運営する「Sharla in Japan」の登録者数は46万人を数える。同じくカナダ人のミカエラさんも福岡を拠点に九州地方の食や観光地を紹介するチャンネル「Micaela ミカエラ」で27万人の視聴者を抱えている。ミカエラさんは2007年ごろから、シャーラさんは11年ごろから動画の投稿を始め、すでに本数は2人とも優に200本を超える。

わずかな広告料が収入源のユーチューバーはそれ自体が職業として成り立つことはまれだ。遠く離れた家族や友人に見せるため、12年ごろから細々と動画の投稿を始めたブロード氏はシャーラさんやミカエラさんに比べると新参者だが、めざすのは東北の観光地を映像にして海外に発信する職業としてのユーチューバー。単なる趣味だった映像撮影に事業の可能性を持ち込んだのが桜井氏だった。

盛岡市材木町の市場で着付師(左)と談笑するブロード氏(右)

桜井氏の手法はこうだ。ブロード氏とともに外国人客に受けそうな観光資源を見つけ、ブロード氏を使った販促動画の作成を飲食店や宿泊施設に提案する。受注金額は1件約70万円。外国人客を呼び込みたい飲食店や宿泊施設向けのコンサルティング業で桜井氏が東北一円で地道に築いてきた人脈と、「外国人ウケするコンテンツ」の目利き力が最大限に役に立っている。

2人で最初につくったのは米沢の牛や温泉を紹介する動画。桜井氏が米沢市の温泉旅館「河鹿荘」のオーナーに提案を持ちかけた。霜降りの米沢牛ステーキをカットする調理場にもカメラが入り「タオルは浴槽につけない」など温泉に入る作法も紹介。10万~20万回再生が多いブロード氏の動画のなかで、44万回再生を記録した。ユーチューブで「Onsen Japan」と検索すると4番目に出てくる。桜井氏は「正直、こんなにバズる(=ネット上で爆発的に広まる)とは思っていなかった」と語る。

皮肉を込めたコメントもブロード氏の持ち味。動画には日本語の字幕が表示される

快進撃は止まらない。2本目の作品は福島県裏磐梯のスキーリゾート。「Ski Japan」で検索すると一番上に出てくる。3本目につくった船岡城址公園(宮城県柴田町)の桜も「Cherry Blossom Japan」と入力すればトップに現れるヒット作だ。内容の面白さから英国の日刊紙「デーリー・ミラー」で紹介された動画もある。JTB東北の浴衣ツアーをプロモーションする5作目の映像も11日に投稿され、既に再生回数は9万回を超えている。

日本旅行を計画している外国人が何気なく桜やスキー、温泉などのキーワードで検索すると東北の風景が一番上に出てくる効果は絶大だ。動画へのコメントでは「たった今、日本旅行の行き先を決めたよ。この温泉にする!」など具体的な行動につながるようなものも見受けられる。

実はブロード氏と桜井氏の出会いはごく最近だ。小中高校などで英語授業を補助するALT(外国語指導助手)として山形県酒田市で働いていたブロード氏を、起業家支援の一般社団法人MAKOTOの竹井智宏代表理事が「面白い英国人がいるから」と桜井氏に引き合わせたのは昨年の10月のことだ。2人はその場で意気投合した。

「東北は原発や津波のことばかり有名だが、日本で一番美しい隠れスポットが山ほどある」と話すブロード氏。東北一番のお薦めスポットは田沢湖とその湖畔にたたずむ温泉郷だという。「同じ目的を共有している」と悟った桜井氏、なんと16年1月には自身の住む仙台市にブロード氏を引っ越させて一緒に映像事業に取り組む態勢を整えた。

ヒット作の秘密は2人の相性の良さにもある。「亮太郎、こんな重いよろいだと侍は動けないだろ? 刀と鉄砲だけでじゅうぶんだ」「クリス、じゃあ裸に刀と鉄砲を持てっていうのかい? そんなバカな格好があるかよ」。映像でも共演する2人の軽妙な掛け合いを「コメディーショーを見ているみたい」と面白がる視聴者のコメントも多い。

ポケモンGOで遊ぶ桜井氏(左)をたしなめるブロード氏。2人の掛け合いも魅力だ

ネット界での影響力のあるブロード氏と営業・提案力が武器の桜井氏。「将来は自分のチャンネルをブランドにして、日本マニアだけでなく世界中の人々に日本へ来てもらうことが夢」。ブロード氏はそう語る。5本の映像は再生回数が計120万回を超える。

ブロード氏は外国人観光客を呼び込むため、東北に住む外国人の活用を提唱する。「東北を一番よくプロモーションした外国人に賞を与えるようなコンペを毎月開くのがいい。ALTをしている何百人もの外国人が暇な時間を活用して東北を発信すれば、あっという間に世界中で情報がシェアされるよ」。趣味から始めた彼の動画も、これまでの延べ視聴者数は2000万人以上にのぼる。

ユーチューブではチャンネル運営者が登録者の性別や年齢、出身地などのデータを見られる。そうしたデータを分析して外国人ウケする東北の魅力をさらに発掘することや、台湾人視聴者には仙台―台北便の飛行機の広告を表示するなどして、実際に外国人を東北に呼び込めるかが勝負どころだ。

(仙台支局 宮崎真)