「出世」の定義なんて、人それぞれでいいんじゃない?東京糸井重里事務所 取締役CFO 篠田真貴子氏(下)

当時のロサンゼルスは全日制の日本語学校がなく、補習校しかありませんでした。月曜から金曜までは現地の小学校に通い、土曜日だけ日本語の補習を受けていました。

言葉もできないし、最初はなかなか苦労しました。教室に入ったら机と椅子がなくて、じゅうたんが敷いてある床に、みんなであぐらをかいて座りながら授業を受けていたんです。日本風に正座をしようとしたら、「違う」と注意されたりして。日本語を忘れないように、両親は家では日本語しか話しませんでしたから、家と学校でぜんぜん違う文化の間を行き来していたようなものでした。

そのころの出来事で、今でも強く印象に残っているのは、「カタツムリ事件」です。登校途中にカタツムリを見つけて、「あっ、でんでんむしだ!」とうれしくなり、捕まえて女の先生に見せたんです。そしたら、先生が「ギャーッ!」と驚いて、ペシッって手を振り払われちゃった。

ショックでしたけれども、後から聞いたら、なるほどと思いました。米国人におけるカタツムリはゴキブリみたいに嫌われ者だったんです(笑)。

文化の違いを感じる出来事はいくつもありました。たとえば、YMCAか何かの行事で、半日くらいかけてキャンプに行くことがあったんですね。ちょっと郊外に出かけるので、お弁当持参なんです。その時、うちの母もまだよくわかっていなくて、日本流にごはんの上に卵とそぼろをのせた三色弁当を作って持たせてくれたんです。

そしたら、「ウゲーッ」って。

蓋を開けたとたん、周りの子が言うんですよ。それを見ていた先生まで「食べ物なんだから、そんな風に言うものじゃありません!」とたしなめている。

周りの子のお弁当をみたら、食パンにピーナツバターを塗っただけとか、ハムを挟んだだけのそっけないサンドイッチを茶色い紙袋に入れて持ってきていた。

そうか、米国人ってこうなんだと思いました。

「What are you?(ルーツは?)」の質問で、日本人を意識した

米国には小学校4年生までいましたが、途中で一度、転校しています。最初の家が父のオフィスから遠くなってしまい、近くに引っ越したんです。

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