ところが、糸井さんに「予算つくりましょうか?」と聞いても、「どうかな……」と言われてしまう。だいたい、何を聞いても最初は「どうかな」なんです(笑)。これを突破するためには「そもそも予算とは何であり、何のためにあるのか」の根本からひもといて説明しないといけませんでした。

一応、ウェブサイトを運営している会社ですから、IT(情報技術)のことも少しは知らなければと思い、グーグルに勤務する知人にいろいろと教えてもらいました。「ウェブサイトでの滞在時間は長い方がいいんだ」と言われて「ほぼ日」のデータを見てみたら、どんどん短くなっていた。「いいんですか?」って聞いても、糸井さんは「ああ、それわざとだから」と。理由はさっぱりわからない。要するにロジカルな説明がないんです。でも、糸井さんなりの考え方はある。

最初のうちはとにかく、このビジネス用語にならない糸井さんの感覚と「ほぼ日」という異文化を理解するのに必死でした。だけど、途中で思ったんですね。「こんなにロジカルじゃないのに増収増益を続けているということは、そこには何か因果関係があるはずだ」と。

そもそも私が呼ばれたのは、糸井さんというカリスマがいなくても事業を続けていける会社にしたいというビジョンがあったから。そのために糸井さんが掲げたひとつの目標が「上場すること」でした。その期待に応える意味でも、常識外れの経営で利益を生み出し続けている「ほぼ日」を「仕組み化」できたらおもしろいんじゃないか、と思いました。

なにしろ、こんなにユニークな会社は、ビジネススクールでもマッキンゼーでも聞いたことがありません。だけど、その面白さを友達に伝えようと思っても、ぜんぜん伝わらないわけです。なんとかして、この非ロジカルな世界をロジカルな言葉で説明したいという欲から思いついたのが、「ポーター賞」に応募することでした。

2012年、大企業に交じりポーター賞を受賞

米ハーバード・ビジネス・スクール教授、マイケル・ポーター氏の名前を冠したこの賞は、日本企業の競争力を向上させることを目的として、一橋大学大学院国際企業戦略研究科が2001年に創設しました。ポーター氏の「競争戦略論」に基づき、製品、プロセス、経営手腕においてイノベーションを起こし、これを土台として独自性がある戦略を実行し、結果として業界において高い収益率をあげている会社が毎年、表彰されています。

応募書類をつくるため、糸井さんをはじめ社歴の古いメンバーにインタビューし、会社の歴史を探りました。個々のエピソードやその時々にどういう考えで、何をどう判断してきたのか。聞きながらロジックに落とし込んでいきました。ただ、ポーター氏の理論は競争戦略論ですから、常に他者との比較で考えないといけないわけです。

「はて、『ほぼ日』の競合ってなんだろう?」と、悩みました。

探しても、ほかに似たような会社はない。考えてみたら、それこそがまさしくイノベーティブってことじゃないですか?

がぜん、やる気がわいてきました。

審査では会社の独自性はどこにあるのか、が問われます。何が首尾一貫しているのか、を私なりに糸井さんの言葉から探っていきました。

例えば、「ほぼ日」を紹介していただく際に、「年に何回か席替えをする」「給食を一緒に食べる」などの制度がよく取り上げられます。話題にはなりやすいのですが、はたしてそれがいったい、どういう理屈で継続的な高い収益に結びついているのか、は誰もきちんと説明できていませんでした。だけど、よくよく話を聞けば、糸井さんなりの原体験はある。

かつて彼がゲーム開発に携わっていた際、ゲーム会社に常駐していたことがあったそうです。その時に、クリエーターと経理の担当者が別々のフロアにいて、たばこ部屋くらいしか接点がなかった。そのせいで、お互いがそれぞれの考え方を理解し合えなくなっているんじゃないか、と糸井さんは感じたらしいんです。

ですから、「もっと交ぜようよ」という考え方がベースにあり、経理の横にたまたまクリエーターの人が座るような環境を、糸井さんはロジカルにではなく、感覚的につくっていた。それが結果として「いいチーム」をつくり出し、ほかにはない「価値」を生み出すことへとつながっていたということが、だんだんとわかってきました。

2012年、東京糸井重里事務所は電子材料を手がける味の素ファインテクノ(川崎市)やクレディセゾン、旅行情報サイトなどを運営するリクルートライフスタイル(東京・千代田)とともにポーター賞を受賞しました。独自のビジネスモデルに基づき運営していることに加え、2007年から2011年までの投下資本利益率(ROIC)が平均で28.3ポイント、同期間の営業利益率が平均で9.5ポイントと、業界平均を大幅に上回る高い収益率をあげていることが評価されました。

入社してからここに至るまで約3年半かかりましたが、振り返ると、この3年半は私にとってとても貴重な“異文化”との遭遇でした。

篠田真貴子氏(しのだ・まきこ)
1968年生まれ、東京都出身。小学1年から4年までを米国で過ごす。91年慶応義塾大学経済学部卒、日本長期信用銀行(現新生銀行)に入行。96年から99年にかけて、ペンシルベニア大学ウォートン校で経営学修士(MBA)、米ジョンズ・ホプキンス大学で国際関係論の修士学位を取得。98年米コンサルティング大手、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社、2002年スイス製薬大手のノバルティスファーマに転職。2003年第1子出産。07年、所属事業部が食品世界最大手のネスレ(スイス)に買収されたことにより、ネスレニュートリションに移籍、第2子出産。08年東京糸井重里事務所に入社、09年取締役最高財務責任者(CFO)に。

(ライター 曲沼美恵)

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