「助けて~!!」ももクロ、職人技に挑戦(動画あり)ももクロVS伝統工芸/玉井詩織、「万祝」に挑戦(2)

ももいろクローバーZの玉井詩織さんが千葉県鴨川市で「万祝」に挑戦しています
ももいろクローバーZの玉井詩織さんが千葉県鴨川市で「万祝」に挑戦しています
空中に張られた動く生地に、1本の線をまっすぐに引けるのか――。「怖い怖い、絶対に曲がっちゃう」と手を震わせながらの時間との勝負。ももクロの玉井詩織さん挑む伝統工芸「万祝」(まいわい)作りは「ぼかし」の作業工程へ。絵の具が乾かないうちに色を混ぜなければいけない、まさに職人技の領域です。「乾いてきましたね」「ホントだあ! 助けて~(絶叫)」。高い難易度に、編集部も固唾をのんで見守りました。【前回はコチラ】

玉井詩織、「ぼかし」で亀に挑戦!

8月13、14日の2日間、日産スタジアムに11万人を超える観客を集めライブを行ったももいろクローバーZ(ももクロ)。そのメンバーが日本全国にある伝統工芸の現場を訪ね、そこでがんばっている同世代の若者たちから伝統工芸の魅力を学ぶ連載「ももいろトラディショナル」。今回は玉井詩織さんが千葉県鴨川市の「鈴染」を訪ね、江戸時代から続く染色「万祝」に挑戦しています(「万祝」については前回参照)。

平成生まれの四代目、鈴木理規さんにアドバイスを受け、まずは「大漁」という文字を黄色に塗った玉井さんですが、実はこれはまだ本番前の練習でした。今回は万祝の特徴ともいえる「ぼかし」に挑戦します。実はここで一気に難易度があがるのです。

この波の部分がぼかし。「どうやって描くんだろう?」(玉井さん)

玉井 ぼかしって何ですか?

鈴木 2つの色を使ってグラデーションを作ることです。まず基本となる色を塗って、その絵の具が乾かないうちに2つめの色を塗ります。そしてはけを使って2つの色を混ぜていくのです。

玉井 え~、難しそう。でも、楽しいかも。

鈴木 今回は亀の甲羅にぼかしを入れていただきます。

玉井 よっしゃー、いざ亀と対決だ!

左下にある亀の甲羅の地の部分を黄色に塗り、さらにぼかしを入れるのが、今回の挑戦

動く生地に色を塗るって難しい

これから玉井さんが体験するぼかしは、次のような作業になります。

1 甲羅の地の部分を黄色の絵の具で塗る。
2 甲羅の模様を茶色の絵の具で描く。
3 茶色と黄色の境界線をはけでこすりグラデーションを作る。

鈴木 まず亀の甲羅をベースとなる黄色に塗っていきます。前回、勉強した色差しですね。

さっそく黄色の絵の具を塗り始める玉井さん。生地が動いて難しそうですが。

玉井 安定しない。ただでさえ手が震えるのに、塗るもの(生地)も震えるから、難しい。しかも(テーブルに置いた)紙と違って肘とかも置けないから、難しいです。

鈴木 でも初めてなのに安定しているのはすごいです。はけを持つ手が乱れるか、絵の具を持つ手が乱れるか、普通はどちらかが乱れるんですが、両方とも安定しています。

「ぼかしって引っかけ問題みたい」

最初の作業は、前回体験した「大漁」の字を塗るのと同じ。はけさばきも慣れてきた玉井さんは、5分ほどで甲羅を黄色に塗る作業を終えました。

鈴木 さあ、ここからが時間との勝負です。今塗った黄色が乾かないうちに茶色を塗っていきましょう。

布に描かれた甲羅には模様を描くための線が引かれています。それに合わせて茶色の線を塗っていくのです。

鈴木 では、「ぼかし」です。はけを新しいものにして、はけの半分だけが茶色に当たるようになぞってください。ちょっとこすっていくような感じで。

こするようにはけを動かしていくうちに、塗ったばかりの茶色とまだ乾いていない黄色が混ざって、中間色が現れます。この作業がぼかしです。同じ作業を線の外側の両サイドで行います。

「怖い怖い、絶対に曲がっちゃう」と言いながら、慎重に1本の線を引く玉井さん

鈴木 気をつけなくてはいけないのは、線の反対側をぼかす時は、はけの向きを反対にすることです。

玉井 そうか、同じ向きのままではけを使うと、茶色の部分が黄色に当たっちゃうのか。引っかけ問題みたいだ(笑)。

途中ではけの向きを変えて、茶色い線のぼかしを終えた玉井さん。ここから、さらに模様を加えていくため、ジグザグの線を引いていきます。単純な直線と違い、動く生地に向かって、小刻みに曲がる線を引くのは簡単ではありません。さらに、その線をぼかしていくのはかなりハードルの高い作業です。それでも一生懸命、はけを動かしていく玉井さん。そこで新たな問題に直面します。

ぼかしは時間との勝負

玉井 ジグザグの線の両側をぼかすのって難しい。ジグザグいやだよお(笑)。あれ、ちょっと絵の具が固くなったような……。

鈴木 だんだん黄色と(茶色が)混ざらなくなってくるんですよ。(黄色が)乾いちゃって。

玉井 ホントだあ!(絶叫) 助けて~。

「最初に比べると、はけのひっかかりも固くなっているでしょう」(鈴木さん)「ホントだあ! 助けて~」(玉井さん)

これが最初に鈴木さんが「ぼかしは時間との勝負」と言った理由でした。ぼかしは最初に塗った色が乾く前に終わらせないといけないのです。

鈴木 でもまだ大丈夫です。黄色をたっぷり塗ったので。

そこから作業のペースをあげる玉井さん。鈴木さんの言葉通り、ぎりぎり間に合いました。

亀の甲羅の部分の「色差し」と「ぼかし」が完成

しかし、玉井さんは納得できない様子で、なかなかはけを手放そうとしません。

玉井 うーん、なんか違う。(鈴木さんが塗った見本と比べて)全然違うじゃん。

鈴木 でもよくできていますよ。初めてにしてはすごくよくできています。

これで色差し体験は終了。他の部分は鈴木さんが仕上げます。どのような万祝が出来上がるのか。完成した万祝は最終回に紹介します。

「難しかった~。面白かったけど、難しかった(笑)」(玉井さん)

万祝を着ているとスカウトされた?

万祝の色差し体験を終えた玉井さんが向かったのは、古い工房です。こちらは昭和50年代から作業を続けてきた場所。現在も新しい工房と手分けをして作業をしているそうです。

古い工房で玉井さんを出迎えてくれたのは鈴木理規さんの父親である鈴木幸祐さん

鈴木父 今は使っていない道具も残してあるんです。絵の具も昔のものがありますし。

そう言うと幸祐さんは、粉状の絵の具が入った容器を手に取りました。

鈴木父 これが万祝に使う顔料という絵の具です。

玉井 顔料ってどんな絵の具なんですか?

鈴木父 岩石や土から作った絵の具です。今は科学的に合成した絵の具を使っていますが、昔は色に合わせて岩石や貝殻を砕いたりして作っていたんです。

玉井 そうか、色によって原料が違うんですね。

鈴木父 一般的な絵の具である染料と違って、顔料は水に溶けないんです。

玉井 じゃあ、さっき使った絵の具はどうやって作ったんですか。

鈴木父 水の代わりに大豆で作った豆汁(ごじる)で溶くんです。

水ではなく、豆汁で顔料を溶くことで、大豆の中にあるたんぱく質と顔料が混ざり、絵の具として使えるようになるそうです。

鈴木父 万祝の派手な色合いは顔料を使っているから生まれたものです。また水にぬれても流れないのも、水に溶けない顔料ならではの特徴。日光にも強く、屋外で長時間着ていても退色もしません。日光にも水にも強いから、腕のいい漁師の中には万祝を漁で着ていた人もいたようです。万祝を着ているのは腕がいい漁師の証明だから、他の漁船からスカウトされることもあったそうですよ。

玉井 へえ、万祝を着ているとスカウトされることがあるのか。

鈴木さんが手に持っているのが、万祝に使う絵の具である顔料

あす死ぬかもしれない仕事だったから

次に万祝の歴史を教えてもらいます。万祝はいつ頃から始まったのでしょうか。

鈴木父 万祝が生まれた経緯は正確にはわかっていないのですが、江戸時代に房総地方で生まれたと言われています。安永年間(1772~1780年)に、私の祖父が修行していた山田染工場が創業したことは記録に残っています。

玉井 いつ頃が盛んだったんですか。

鈴木父 明治から戦前までがいちばん盛んだったようです。うちで最後に網元から万祝の注文を受けたのは昭和28年。1953年だから63年前ですね。

玉井 万祝が配られるのは、すごい大漁の時なんですよね。年にどのくらいあったんですか。

鈴木父 古い資料を読むと、1つの漁船で年に1、2回だったようですね。明治時代で1万円の売り上げがあると万祝を作ったそうです。今のお金にして1000万円くらいですかね。

玉井 昔の漁師さんってお金持ちだったんですね。

鈴木父 いや、確かに大漁の時は大金が入るけど、不漁になるとまったくお金が入らない、不安定な職業だったんです。それに海に出る漁は、時化(しけ)になったら命を落とすかもしれない危険な仕事ですから。

玉井 そうか、先のことはわからない、明日、死んじゃうかもしれない命がけの仕事だったのか。

鈴木父 だから将来に備えて貯金をするのではなく、お金のあるときにはパッと遊ぶ、そんな生活をしていたそうです。それが戦後になって、安全性が高くなっていくと、大漁のお祝いは、万祝のような形ではなく、将来のことを考えてお金でほしいと考えるようになった。そうして万祝はなくなっていったんです。

「そうか、漁師って命がけの仕事だったんですね」

時代に合った万祝を作ってほしい

幸祐さんが家業を継いだのは大学を卒業した1977年のこと。そのころになると漁師たちが大漁を祝うために万祝を作ることはなくなっていました。

玉井 家を継いだ時は万祝は作っていなかったんですか?

鈴木父 踊りのための万祝は作っていましたが、漁師のための万祝はもう作っていませんでした。私は大学で有機化学という染色に関わる分野を勉強していたし、万祝の美しさにも魅せられたので、万祝を復活させたいと家業を継いだんです。最初に作ったのはお祭り用のはんてん。これは自分が着たかったからですが(笑)、お祭りは地元の新聞に写真が載るので、いい宣伝になりました。最近、注文が多いのは額装。お祝い用に額に入った万祝を作るんです。

玉井 そういうプレゼントってうれしいですよね、一点ものだから。

仕事として万祝を作り始めてから約40年。かつての自分と同じように息子が家業を継ぐと聞いたときはどんな気持ちだったのでしょうか。最後に聞いてみました。

鈴木父 うれしかったけど、やっぱり心配もあります。続けていく苦労は自分でもよくわかっているので。大変だけど、時代に合った新しいものを作ってほしいですよね。

そこで玉井さんに質問です。平成生まれの鈴木さんはどんな万祝を作ればいいと思いますか?

玉井 うーん、何がいいだろう。難しいなあ。無責任なことは言えないし。ちょっと待ってくださいね。取材が終わるまでに考えるから(笑)。

次回は、万祝体験を終えた玉井さんが、少し年上の鈴木理規さんと仕事について語り合います。大学では外国語を学んでいたという鈴木さんがあえて伝統工芸を仕事に選んだ理由とは? 平成生まれの2人が仕事をしていて楽しいと思うとき、将来の夢は? そして「どんな万祝を作るか」という質問に対する玉井さんの回答も聞かせてもらいました。【玉井さんの万祝ファッションショーが見られる第3回はコチラ】

玉井さんと鈴木理規さん、そしてご両親。次回はお互いの仕事に対する考え方や不安、目標を同世代で語り合います。「プチ万祝ファッションショー」も
ももいろクローバーZ
百田夏菜子、玉井詩織、高城れに、有安杏果、佐々木彩夏で構成されるアイドルグループ。2008年5月に結成(当時のグループ名は「ももいろクローバー」)。観客数十人の路上ライブからスタートし、国立競技場ライブや五大ドームツアーを実現した今も、大会場でのコンサートと並行して、小さな会場でのライブやユニークなイベントなども積極的に企画、ファンを驚かせ、楽しませている。
玉井詩織
1995年6月4日生まれ。神奈川県出身。2005年、小学生のときにスカウトされ、スターダストプロモーション入り。08年5月、ももいろクローバーの結成に参加。キャッチフレーズは「ももクロの若大将」。イメージカラーはイエロー。愛称は「しおりん」。
ももいろトラディショナル
デビュー当時のコンセプトが実は「和をモチーフにしたアイドル」だった彼女たちが、日本の伝統工芸を学ぶ連載。メンバーが伝統工芸の仕事現場を訪れ、作る過程を勉強し、実際にもの作りを体験。さらにその道で頑張っている同世代の若者と夢や目標を語り合うという詰め込みすぎな企画です。第1シリーズは「ももクロVS伝統工芸/佐々木彩夏、漆器作りに挑戦」。

(写真 勝山弘一、ヘアメイク チエ、編集協力 佐々木健二=ジェイクランプ、文 大谷真幸)

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