指揮者パンチャスさん アジアの才能を育む
米国出身の指揮者リチャード・パンチャスさん(72)が1987年に香港で設立したアジアユースオーケストラ(AYO)。アジアの音楽家を育成し、音楽を通じて地域の結びつきを強めることを目的としている。今年も日本を含む各地でひと夏のツアー公演を繰り広げる。パンチャスさんの熟達した指導ぶりを香港の練習会場で追った。
AYOでは毎年17~27歳の千人近くのアジアの音楽家を対象にオーディションを行い、約100人を選抜。「ひと夏限りのオーケストラ」としてコンサートツアーを行っている。90年の初回から数えて世界各地でこれまでに開いた公演は400回にのぼる。
その長年の活動が認められ、2015年には第20回日経アジア賞文化・社会部門を受賞している。卒業生たちが欧米の名だたるオーケストラに加入するなど、AYOは世界で活躍する足がかりになっている。
今年のオーディションは東京、大阪、北京、上海、香港、台北、クアラルンプール、マニラ、シンガポール、バンコク、ハノイの計11の都市で開催された。パンチャスさん自らが各地で面接と実技試験を受け持っている。
選考の基準についてパンチャスさんは「26年もやっていると、演奏を聴いただけで誰がオーケストラで成功するかわかる。9割がた演奏で判断しているが、30秒でも話をすればその人が他のオーケストラメンバーと仲良くできそうか判断できる。重要なのは新しいアイデアや感性を受け入れることができるかどうかだ」という。
オーディションはパンチャスさんの目の前で楽器を演奏して行われるが、近年では1割ほどの応募者がユーチューブなどを通じたデジタルを使った方法で応募してくるという。実際に今年の合格者のうちの7人はユーチューブの映像をもとに選ばれている。
26年間にわたってアジアのクラシック音楽の動向を見てきたパンチャスさんは「アジアの音楽がめざましい発展を遂げたことは間違いない」と断言する。一方で欧米とは違う一面もあるという。「例えば中国でコンサートをすると、若い夫婦が小さい子どもを連れてくる。静かな曲になると子どもたちが騒ぎ出して、これは演奏する側にとっては悪い面。しかし、見方を変えると、子どもたちに西洋の音楽に触れさせたいと考えることはとても素晴らしいことだ」と多少のマナーの違いには目をつぶっている。AYOのメンバーの構成も最近は中華圏出身が増えていて、今年の中国、香港、台湾の合計は72人となっている。
今年、約800人の音楽家の中から選ばれた110人は7月に香港に集まり、およそ3週間の合宿で練習を重ねた。合宿期間中、著名な指揮者やソリストたちの指導を受けることができるのも、多数の応募者が集まる理由になっている。パンチャスさんは「ここで一流の指導者たちから吸収したものを自国に持ち帰り広めてほしい」とひと夏限りのまな弟子に期待する。
映像は、今年の演目の一つ、英国の作曲家グスターヴ・ホルスト(1874~1934年)の組曲「惑星」を練習する様子を捉えている。その1曲目「火星、戦争をもたらす者」では、パンチャスさんが5拍子の変則的で異様な行進曲を激烈かつ精密に指揮し、アジアの演奏家たちが若い感性で懸命に応える様子が映し出されている。アジアの新たな息吹を伝えるような、スペクタクルでSF的、みずみずしくもシャープな演奏だ。
ともに寮生活をしながら言葉や文化の違いを乗り越え、ようやくひとつにまとまったアジアの若いオーケストラ。彼らは5日からコンサートツアーに出発した。日本での公演は8月26日の名古屋、同28日の神奈川県綾瀬市、同29、30日の東京を予定している。
(映像報道部 斎藤一美)
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