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首都圏の「レストラン列車」 鉄ちゃん記者が判定

日経トレンディネット

2016/8/18

「伊豆クレイル」(左)と「西武 旅するレストラン 52席の至福」(右)
日経トレンディネット

JR東日本が2016年7月16日、「伊豆クレイル」の運行を始めた。神奈川県の小田原駅と静岡県の伊豆急下田駅の間を走り、車内で特別な食事が食べられる「レストラン列車」だ。同社は東北地方でレストラン列車をいくつか走らせているが、首都圏での運行は初めてとなる。

首都圏では、すでに16年4月から西武鉄道が「西武 旅するレストラン 52席の至福」を運行し、連日満席状態が続いている。どちらも乗車時間は2時間半程度、料金は食事込みで1万~1万5000円といい勝負だ。果たしてどちらがいいのか、両列車に試乗してきた“鉄ちゃん記者”がジャッジする。

■特急列車を改造した伊豆クレイル

最初の勝負は「外観」。それなりの金額を払って乗るからには、見た目でワクワクさせてほしいし、車両を記念写真を撮って自慢できるようなインパクトあるデザインであってほしいものだ。

伊豆クレイルは大柄な流線型の先頭形状で、ひと目で特別な列車と思わせる。以前は常磐線の特急列車「スーパーひたち」に使われていた車両で、JR東日本が発足して初めての新型特急車両として1988年にデビューしたもの。旧国鉄時代のイメージを一新した斬新なデザインは、今でもインパクトがある。車体は白色が基調で、桜や海風、さざ波といった伊豆のモチーフがピンクゴールドのラインで描かれている。パンフレットなどではピンク色がかなり強く、いかにも女性向けといった印象だったが、実車を見てみるとメタリック感が強く、むしろ高級な印象を受けた。

いかにも元特急車両らしいスピード感あるデザイン
ピンクゴールドを使うなど女性に人気が出そうなデザインのロゴマーク

一方の「52席の至福」は、あの新国立競技場の設計も手掛ける有名建築家・隈研吾氏が監修したデザインが売りなのだが、実物を目にすると残念な感じだった。

先頭形状は平凡で、通勤電車のように見える。それもそのはず、もともとは1988年から西武秩父線の普通電車として使われていた車両なのだ。ドアは大人数が一度に降りられる両開き扉で、そこだけを見てしまうと日常に引きずり戻されそう。車体には秩父や武蔵野を流れる荒川の水をイメージした水色を基調に、1号車は春、2号車は夏、といったように、春夏秋冬を示すイラストが描かれているものの、よくあるラッピング列車の一つにも見えてしまう。

もともと普通電車だったので特別感はない
一部の車両は窓の部分まで全面ラッピングされている

いったんレストラン列車に改装してしまうと、再び元の車両に戻すのは難しい。そのため多くの場合、減価償却が済んだ経年車両を改造するという。西武は2018年度に新型特急を導入し、現行の「ニューレッドアロー」は廃車になる予定。そこまで待てば、もう少し特別感のある車両が造れたのではないかと思われる。タイミングが合わなかったとはいえ、ちょっと残念だ。

■「52席の至福」の客席はファミレスっぽい?

続いて内装を見てみよう。食事を楽しむことがメーンとなるだけに、どちらも車内は大幅に改装されている。

伊豆クレイルは4両編成で、3両ある客室は車両ごとに内装が異なっている。1号車は座席スタイルで、海側は窓に向かったカウンター席、山側は向かい合わせのボックス席になっている。海岸線を走る区間があるため、海を見やすいように工夫されている。ちなみに山側の席も床をかさ上げすることで海側の景色が見やすくなるような配慮がなされている。海側の座席は視界を遮らないよう背もたれは低めだが、座席の幅は「最上級クラスのグランクラスよりも2cm広い」(JR東日本)という。一方、ボックス席は背もたれが高く、座面も背もたれもフカフカで座り心地は良好だった。

海側を向くカウンター席と、山側にあるボックス席
海を眺めながら食事ができる

3号車は4~6人用のコンパートメント席。通路を山側に寄せ、全室が海側に面している。厳密には個室ではないが、高い背もたれで遮られているため、プライベート感は極めて高い。また、これは座席スタイルの1号車とも共通するが、大きな一枚窓で、視界を遮ることがないのも特徴。もともと特急車両だったからこその構造だ。

背もたれが高く個室のような雰囲気。通路は山側
各コンパートメントの入り口にはのれんがかかっている

大きく手が加えられている1、3号車に対して、4号車は前身の「スーパーひたち」時代のリクライニングシートがそのまま残る。実はこの車両は食事とセットのツアー商品としてではなく、グリーン指定席として販売。指定券は全国のみどりの窓口で購入でき、乗車券と組み合わせて乗車できる。座席は「スーパーひたち」時代には普通車として使われてきたもの。これがグリーン車になるのは理不尽な気もするが、伊豆クレイルは快速列車扱いで特急料金が不要なため、そのぶんグリーン料金を加算することで調整したものと思われる。

対する「52席の至福」は、外観と同じく内装も隈研吾氏が監修。2号車と4号車に列車名の通り52席が設けられている。2号車の天井には埼玉県産品の柿渋和紙、4号車の天井には同じく県産品の西川材を使用。吊り天井にすることで従来からの天井を隠し、イメージを大きく変えることに成功している。

2号車の柿渋和紙
4号車の西川材の吊り天井。車内の印象が大きく変わっている

一方で、首をかしげてしまったのが座席。背もたれが低くベンチのような平板な形状で、まるでファミリーレストランのよう。4月に行われた試乗会では、某テレビ局の女性アナウンサーが「これって通勤電車のシートをイメージしてるんだよね?」としきりに周囲に確認していたほど。もっともこれには隈氏なりの考えがあるようで、西武鉄道の担当者いわく「背もたれを高くする考えもあったが、それではただでさえ狭い車内がより狭く見えると隈氏からアドバイスを受けた。車内を空間として捉えるあたりが建築家ならではの視点だと思った」とのこと。たしかに背もたれが低いことで、車内の端から端までを見通せる。

見た目の特別さはないものの、実用性は高い。座面の下は空洞になっており、荷物を収納できる。またボックスは詰めて配置するのではなく、一つひとつを離して配置しており、空間の使い方はぜいたくだ。通路を挟んで反対側のボックスと互い違いの配置になっているのは、食事の配膳時に動線がぶつからないように配慮したためだという。

ベンチのような形状の座席。座面の下が空いているので荷物が置ける
背もたれが低いので車内の見通しはいい

やや残念なのは、一部に外の景色が見づらい「外れ席」があること。通常のテーブルには大きめの窓が2枚あるのだが、柱があったり、窓が妙に細長かったりして、外が見にくい席があるのだ。その理由は車両の外側から見てみるとよく分かる。実はドアがあった部分を客席にしているのだ。ドアを撤去して大きな窓をはめ込む案もあったようだが、最終的にはドアはそのままで固定するだけにとどめられた。該当するテーブルは4卓。鉄ちゃん的には興味深い座席なのだが、知らないで乗った人はがっかりするのではないだろうか。

4号車の場合、運転席の後ろの座席の窓が変則的になっている
外から見ると、もともとドアがあった場所だと気付く

■温かい料理が魅力も、“ご当地感”は希薄

レストラン列車最大の魅力である食事はどうか。

伊豆クレイルは、東京・目黒のフレンチレストラン「モルソー」の秋元さくらオーナーシェフが監修している。大手航空会社のキャビンアテンダントを経て料理修行した異色の経歴を持つ女性で、伊豆クレイルのメーンターゲットである20~40代の女性を意識した人選だろう。実際の調理は、小田原発のランチメニューは神奈川・平塚のフレンチレストラン「アッシュ×エム」、伊豆急下田発のティータイムメニューは「伊豆今井浜東急ホテル」が担当。事前に調理し、専用ボックスに盛り付けられたものが各席に配布される。駅弁よりはレストランっぽいが、温かいわけではないし、過剰な期待はしないほうがいい。

専用のボックスに詰められたランチメニューとティータイムメニュー。金目鯛、わさび、ニューサマーオレンジなど伊豆の産品をふんだんに使っている

「52席の至福」は、料理に関しては、がっかりさせられることはないだろう。3号車に設けられたオープンキッチンで温めや盛り付けが行われ、1品ずつテーブルに運ばれてくる。さすがに本格的な調理は難しかったようだが、「旅するレストラン」という名に恥じない内容になっている。

メニューの監修者と内容は3カ月ごとに変わり、運行開始当初(4~6月)は、東京・築地の有名料亭「つきぢ田村」三代目の田村隆氏を筆頭に和洋中の有名店のシェフが勢ぞろい。手の込んだ一品一品にはさすがと思わせられた半面、海産物を使ったメニューが多く、“海なし県”の埼玉県を走る列車としてはどうなのかと思う部分もあった。

7~9月は地元・秩父にあるイタリアンレストランの監修に変わったものの、10~12月は「現代の名工」を受賞しているイタリアンの有名シェフ・落合務氏が監修するなど、「地元」を取るのか「知名度」を取るのか、方向性がまだ定まっていないように思われる。

ウェルカムドリンクから食後のデザートまで、ウェイターがコース形式で料理を提供する

3号車のオープンキッチンでは、持ち込んだ食材の温めや盛り付けが行われている

■発車して約10分で絶景が広がる伊豆クレイル

おいしい料理と並んでレストラン列車に乗るもう一つの目的が、美しい車窓だ。レストランと違い、動く列車ならさまざまな景色を眺めることができる。

伊豆クレイルは間近に望める海の景色を売りにしており、始発の小田原駅を出発してすぐに見どころがやってくる。約10分ほど走った根府川駅付近から、眼下に相模湾が広がるのだ。小田原駅発の列車ではここで徐行運転になるという。その後はトンネルなどが続くが、熱海駅から伊東線に入ると、伊東駅の手前などでまた海岸線沿いを走る。試乗会は伊東駅までの乗車だったため体験できなかったのだが、実際にはこの先の伊豆急行線内でも海岸線沿いを走る区間がある。そこでは小田原駅発は徐行、伊豆急下田駅発は一旦停車し、景色を堪能できるように工夫されている。

最初の見どころは根府川駅の手前。高い位置から相模湾を見下ろせる
伊東線に入ると再び海岸線が迫る

一方、「52席の至福」が走るのは、西武鉄道の池袋線・新宿線と西武秩父線。埼玉県の飯能駅までは通勤路線で、車窓には住宅が目立つ。都内から埼玉県に入ると畑などが少し増える印象だが、あまり珍しい景色とはいえない。1時間半ほど走った飯能駅から進行方向を変え、西武秩父線に入るとようやく家は減り、山へと分け入ってくる。途中通過する駅はこぢんまりとしており、大手私鉄にもこんな駅があったのか、と驚かされる。なかでも面白いのが、武蔵横手駅。草刈りのために線路の脇で山羊を飼っており、ほほえましい光景だ。

とはいえ、特に目玉となりそうな絶景は見当たらず、食事がメーンの印象だった。特にディナーコースについてはほぼ夜間の走行になるので、車窓は期待できないだろう。

発車してしばらくはごく普通の街並みを見ながらの食事
埼玉県内に入ると少し緑が増えてきた

武蔵横手駅ではヤギが飼われている
正丸駅にはハイキングコースの大きな看板があり、大手私鉄のイメージとギャップを感じた

■専用ラウンジの魅力はあるも、やはり小田原は遠い

冒頭で紹介した通り、伊豆クレイルは小田原-伊豆急下田間の運転で、都心からは少し離れている。東京駅まで乗り入れることもできたはずなのにそうしなかったのは、「伊豆クレイルは移動手段ではなく、箱根・伊豆エリアの観光の一つと考えているため」(JR東日本)という。その考え方も一理あるが、都心から小田原までは東海道本線で1時間20分程度かかるのは気になるところ。

ただ、小田原駅に新設された専用ラウンジがそのハンディーをわずかながら補う魅力になるかもしれない。エアラインでは上級会員向けの空港ラウンジサービスは当たり前だが、鉄道では珍しい。現状では、JR九州の超豪華クルーズトレイン「ななつ星 in 九州」利用者のために博多駅に設けられたものと、JR東日本の新幹線最上級クラス「グランクラス」の利用者が東京駅で利用できる「ビューゴールドラウンジ」(ビューゴールドカード会員も利用可能)くらいだ。小田原駅のラウンジは改札内に設けられており、列車が出発する約1時間前から利用が可能。ドリンクサービスなどがあるわけではないが、限られた人しか入れないというのは優越感がある。ラウンジ内から小田原城の天守閣が一望できる点もポイントが高い。

伊豆クレイルが発車する3・4番ホームの近くに設けられたラウンジ
ソファやベンチのほか、箱根の寄木細工の展示などもある

伊豆クレイルに乗る際に最も便利なのは、伊豆クレイルと東京-小田原間の東海道本線の普通列車グリーン席、東京-伊豆急下田間の特急踊り子・スーパービュー踊り子号指定席がセットになった「日帰りプラン」。往路のランチコース利用で1万6600円、復路のティータイムコース利用で1万5600円(いずれも東京駅発着)。なお、特急踊り子号の所要時間は伊豆クレイルよりもだいぶ短く、約2時間30分で東京と伊豆急下田を移動できる。この食事付きプランはJR東日本の「びゅうプラザ」で予約可能だ。

対する「52席の至福」は、池袋か新宿発着なのでアクセスは便利だ。7~12月はすべて西武秩父駅までの運行で、往路が1万円のランチコース(乗車時間3時間)、復路が1万5000円のディナーコース(同2時間20分)。西武線の1日乗車券がセットになっており、公式サイトで予約する。池袋‐西武秩父間は特急レッドアロー号で約1時間20分なので伊豆クレイルよりはかなり近場といえる(700円の特急料金が別途必要)。

まとめると「乗って楽しむなら伊豆クレイル」「食べて楽しむなら52席の至福」ということになる。“花より団子”派なら、断然52席の至福をおすすめしたい。

(日経トレンディ 佐藤嘉彦)

[日経トレンディネット 2016年8月3日付の記事を再構成]

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