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公的年金運用に学ぶ 低リスク高リターンのコツ

2016/8/14

 2015年度末で約135兆円の公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)。今年7月末に発表した15年度決算は5.3兆円の損失だったが、長期では大きく資産を増やしてきたのも事実だ。運用状況を振り返るとともに、個人が老後資金作りに学べるヒントを探った。

 「公的年金は運用成績の悪いときに批判され運用が下手なイメージがあるが、長期では資産を増やしている」(野村証券の西川昌宏チーフ財政アナリスト)

■平均収益率2.7%

 GPIFが自主的な運用を始めた01年度以降の収益率は年平均で2.7%(グラフA)。同期間の東証株価指数(TOPIX、配当込み)の年平均(2.0%)を上回る。一方でリーマン・ショックがあった08年度にTOPIXは35%下落したが、GPIFは8%の損失ですんだ。低いリスク(収益のブレ)で高いリターンを達成したわけだ。

 長期で国際分散投資をすることで世界全体の成長を取り込み、株式だけではなく値動きの小さな債券も組み合わせて下落時の損失を抑える。この手法は企業年金も共通だ。企業年金連合会の浜口大輔理事は「長期の国際分散投資は、老後資金をつくるための個人の資産運用でも重要」と話す。

 GPIFは基本とする資産配分比率を14年10月末に変えた(図B)。従来は国内債券が60%、国内外の株式が計24%。それを国内外の株式を計50%に大きく引き上げた。年金財政上の必要性から賃金上昇率を平均1.7%上回る運用が求められ、極端に利回りが低下した国内債券中心の運用は難しくなった。賃金上昇率は長期では物価上昇率を上回るとされる。個人も物価上昇に勝てる資産配分として新・配分比率を参考にする手はある。

 一方、株式の比率を高めたことが15年度の損失を大きくしたとの批判がある。どう考えるべきか。GPIFが運用の目安とする指数の算出が出そろった1987年末から、新旧それぞれの配分比率で運用していたと仮定し、資産の増え方をさかのぼって試算してみた(グラフC)。

 新・配分比率の方が最終的に資産は大きく増えている。株式の比率が高いからだ。株式は債券より値動きが激しい半面、世界全体に投資する場合、長期的には価値が高まりやすい。SMBC日興証券の末沢豪謙・金融財政アナリストは「日本は個人の株式保有比率が米国に比べ極端に低い。年金も個人の老後資産の一部と考えると、GPIFが株の比率を上げたことは一定の意義がある」という。

 価格変動で資産の構成比率が大きく変化した場合、元の比率に戻す「リバランス」を実施するのも年金運用の特徴だ。例えば株価が上がり株の構成比率が高まれば株の一部を売却する。

 値動きの大きさを当初の想定に戻すのが狙いだが、値上がりした資産を売り、値下がりした資産を買うことになるため、リターンも高まりやすい。ラッセル・インベストメントの喜多幸之助コンサルティング部長は「個人も年に1回程度はリバランスをすることを心がけたい」と話す。

 GPIFの日本株の保有比率は15年度末で約22%。野村証券の西川氏は、日本株の新・配分比率である25%へリバランスする場合、4兆円程度の買い増し余力があると指摘。株式市場の下支えになりそうだ。

 資産全体の8割を、株価指数などへの連動を目指す低コストのインデックス型で運用している点も特徴だ。運用者が銘柄や時機を選んで市場平均を上回る成績を目指すアクティブ運用の比率は2割にすぎない。

 GPIFでは過去14年、アクティブ運用はインデックス運用に対して日本株で6勝8敗、外国株で4勝10敗と負け越している。プロ同士が競争する市場で勝ち続けるのは容易でない。

■暴落に慌てず

 GPIFは優良なアクティブ運用会社を選ぶ情報が豊富だが、それでもアクティブ運用が勝ちづらかった事実は知っておきたい。個人が買える良いアクティブ投信も多いが、選ぶ自信がない場合はインデックス型を中心にするのも手だ。

 配分比率は下げたとはいえGPIFは巨額の国内債券を持つ。将来、金利が上昇して債券価格が下落すれば巨額の評価損が出る。金利が仮に1%上がれば評価損は5兆円弱、2%なら10兆円弱になる計算だ。

 個人の場合、金利上昇時に収益が上がる10年変動金利型の個人向け国債を買うことができる。ラッセルの喜多氏は「個人が国内債券に投資する場合、投資信託でなく個人向け国債でいいのでは」と指摘する。

 懸念は株価が急落した場合の対応だ。新・配分比率を基に試算すると、リーマン・ショックが起きた08年度に資産の損失率は21%、07年6月~09年2月の期間では35%となる。巨額の評価損に対する批判を受け、そこで株の配分比率を引き下げることになって株を売ればリバランスの狙いと逆行する。

 グラフCでわかるように、リーマン後、新・配分比率を維持していれば資産はほぼ6年間で回復していた。一時的に巨額の評価損が生じても長期的には報われやすい点を、政府やGPIFがきちんと周知しておかないと、安値圏で株を売ることになり、年金資産の毀損につながりかねない。

 個人の場合、余裕資金が少なくて一時的な損失にも耐えられないという人は株式の割合を低めにしておくのが得策だろう。

(編集委員 田村正之)

[日本経済新聞朝刊2016年8月10日付]

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