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カリスマの直言

日銀緩和、ETF増額の功罪(渋沢健) コモンズ投信会長

2016/8/15

「日銀のETF買い入れ増額はいくつか問題がある。まず金融緩和としてはかなり控えめな点だ」

 日銀は7月29日の金融政策決定会合で上場投資信託(ETF)の買い入れを年間3.3兆円から6兆円にほぼ倍増することを決めた。これを受け、株式相場は一時回復基調となるなど市場の反応はまずまずだった。市場参加者には「とにかく株が上がればいい」という声もあるだろう。確かに株価浮揚の効果は一定程度あるのかもしれない。しかしながら、今回の政策について筆者はいくつかの点で大きな問題があると考える。

 まず、今回のETFの買い入れ増額は「金融緩和」の措置として評価できない。3.3兆円から6兆円まで、すなわち2.7兆円の増額を年間80兆円相当の長期国債の買い入れと比べてみよう。かなり控えめな金融緩和といわざるを得ない。

 また、当然ながらETFは国内投資家だけではなく、海外投資家も保有している。日銀がETFを海外投資家から買い入れた場合、対価として支払われるマネーは国内へ供給されるのではなく、海外に漏れていることになる。増額の2.7兆円は、国内の金融緩和の「真水」には必ずしもならないということだ。

 したがって、今回のETF買い入れ増額は、マネーを国内経済に供給する「金融緩和」の措置としてはほとんど意味がない。一方、「株価上昇」を促す対策としては影響が大きい。

 1兆円分の1万円札を1枚ずつ重ねれば、どれくらい高く積み上がるか想像してみよう。100万円分の1万円新札はおよそ1センチメートルだ。ということは、1000万円分は10センチメートル、1億円分は1メートル、100億円は100メートル、1000億円は1000メートル(1キロメートル)になる。したがって、1兆円分の1万円札を積み上げれば10キロメートルに達し、世界一高いエベレスト山を見下ろすタワーになる。金融緩和の措置としてはたかが2.7兆円だが、リアルに考えるととてつもない金額である。我々はバーチャルな異次元緩和によって感覚がまひしているのだ。

 この巨額な資金がETFを通じて、日本企業の大株主になっていく。これが今の株式市場のより大きな問題だ。

 日本株市場の最大級の投資家であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の2016年3月末の日本株保有残高は30.6兆円。一方、日銀の日本株保有は9兆円弱(「信託財産株式」1.37兆円と「信託財産指数連動型上場投資信託」(ETF)7.57兆円の合算値)と、GPIFのおよそ3割の規模だ。しかし、年6兆円を3~4年買い続けるだけで、日銀はGPIFと肩を並べることが明らかだ。

 将来の年金受給者の積立金を運用するGPIFの財源は「リアル・マネー」だ。しかも長期的なスタンスに立ってESG(環境、社会、ガバナンス)投資へと意識を高めている。これは、企業の持続的な価値創造を重視する長期投資家にとって歓迎すべき傾向である。

 一方、日銀の財源は「バーチャル・マネー」といえる。中央銀行は「お札を刷る」ことができるので、GPIFと異なり、原資が底をつくことはない。また、ETFは株価指数連動型のパッシブ運用であり、投資先にガバナンス(企業統治)強化を迫るという視点はなく、受託銀行に丸投げ状態。ESGへの意識も乏しい。これではアベノミクスの3本目の矢、成長戦略の柱の一つである企業ガバナンスの向上と逆のメッセージを発信していることになる。

西アフリカ、ブルキナファソのウビダ駐日大使(左)とナナ一等参事官。8月27日に都内で開催する「アフリカ起業家セミナー」の基調講演の依頼で大使館へお伺いした

 GPIFが15年度のように5兆円の運用損失を被ると、運用総額対比では3.5%ぐらいの損に過ぎないが、大々的に報道される。良い意味でGPIFへのガバナンスが効いている。一方、日銀が保有株で同じぐらいの損失を出しても大して報道されないのではなかろうか。リアルな年金財源と異なり、一般国民にはつかみどころがないバーチャルなお金だからだ。日銀の保有株の運用に対する国民的ガバナンスの意識も乏しいであろう。

 また、いずれ景気が回復した状態も考えてみよう。異次元緩和の出口を考えると、買い入れた国債は売却せずに保有し続け、いずれ償還を迎えるという戦略が描ける。しかし、株式に償還はない。いずれ、売却する必要に迫られる。

 景気回復で株式市場が「青天井」の気分なのに、日銀は積み上げた何十兆円のETFを市場に放出するかもしれない。株式市場にとっては甚だ迷惑な存在になる。中央銀行が国債だけではなく、株式への介入を強めると、市場の価格発見機能を損なう危険性が潜んでいる。

 ところで、日銀は次回9月の会合でこれまでの金融政策の効果を総括的に検証する。上記で示したような現状の懸念は既に日銀内にもあるのではなかろうか。建設的な議論が行われ、総括がなされると大いに期待している。2年間の経験値を獲得した現在、なぜ異次元緩和は想定したような効果がなかったのかという検証は極めて重要である。

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 確かに異次元緩和は思ったほどの効果はなかった。マイナス金利に踏み込んだら、逆に円高・株安へとつながった。これを見て、安倍政権は大規模な財政出動へと政策のカジを切り始めた。そして膨張し続ける財政支出を日銀の国債買い入れで帳尻を合わせる。「財政ファイナンス」の道を日本は歩み始めている。

 「全く問題ない。政府の信用は絶対だ」。このような意見もある。本当に政府の信用が絶対であれば、問題はないかもしれない。しかし、この世の中に絶対があるのか。その絶対が損なわれた場合、どうなるのか。日銀には多くの問いについて総括的に検証する姿勢を真に求めたい。

渋沢健(しぶさわ・けん) コモンズ投信会長。1961年生まれ。83年米テキサス大工学部卒。87年カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)MBA経営大学院卒。JPモルガン、ゴールドマン・サックス証券、大手米系ヘッジファンドを経て、2001年に独立し、07年コモンズ株式会社(現コモンズ投信)を創業、08年会長就任。主な著書に『渋沢栄一 愛と勇気と資本主義』 (日経ビジネス人文庫、2014年)『運用のプロが教える草食系投資』(日本経済新聞出版社、2010年)『渋沢栄一 100の訓言』(日経ビジネス人文庫、2010年)『日本再起動』(東洋経済新報社、2011年)『渋沢栄一 100の金言』(日経ビジネス人文庫、2016年)など。

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