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住民投票 政治にさざ波 身近なテーマに「警報」

2016/8/21

主婦の川上久美子さんは「肝っ玉母ちゃんたちの会」を立ち上げ、住民投票への情報などをネットで発信した(大阪府阪南市)

住民投票で政治に直接関わろうという機運が高まっている。公共施設建設などに民意が反映されていないとの不信感が背景だ。住民が自らの手で政治にさざ波を起こし始めた。

「いがっぺ、いがっぺって議論なく決まっていく……」。茨城県鉾田市に住む井川澄江さんが、市の文化施設建設に疑問を持ち始めたのは数年前のことだ。もともと推進派として10年前から計画づくりに関わってきた。しかし具体化するにつれ、建設地や事業者の選び方に不透明さを感じるようになった。「どんどん疑問が膨らんで、将来世代に責任がとれないと思った」

■ハコモノ是非問う

議員にも訴えたが取り合ってもらえない。そこで今春、持ち上がったのが住民投票だった。有権者の3割にあたる約1万4000人の署名を集め、計画の是非を問う住民投票の条例案の提出にこぎつけた。しかし議会はすぐ否決した。「議員は市民より市長を見ている」と感じた井川さんは今月19日、2度目の住民投票署名の提出に踏み切った。

自治体の住民投票のテーマとしては、かつては市町村合併の意思を問うものや原子力発電所など迷惑施設への反対運動が中心だった。それが2000年代後半から市庁舎建設といった「ハコモノ」整備の是非など生活に身近なテーマが増えてきている。

住民投票に詳しい仏教大学の上田道明教授によると、最近は市民からの請求を中心に毎年10~20件程度、住民投票実施を求める条例案が議会に提案されている。多くは否決され、投票が実現したのは愛知県小牧市の「TSUTAYA図書館」(15年)計画の是非などわずかだが、「自治に直接関わろう」という機運は高まっている。

背景には政治不信がある。財政難の中、自治体に向ける市民の目は厳しくなっている。しかし行政の決定を市民が覆せる余地は少ない。市民感覚と議会の意見が一致するとも限らない。ハコモノが地域を潤した時代の余韻も残る。上田教授は「せっかく国から補助金が出る事業なのに、なぜ反対なのかと悩む年配議員は多い」と明かす。その上で「住民投票は議会が民意を反映できていない警報と受け取るべきだ」と指摘する。

■高まる参加意欲

住民投票で政策を変えることは現実的にはハードルが高い。多くの場合、条例案が議会で否決されれば投票に至らないし、投票しても結果に法的な拘束力はない。自分たちが選挙で選んだとはいえ、結局は首長らが決めることになる。ただ、住民投票をめぐる動きが住民の政治参加への意欲を高める可能性はある。

「これまで市長選すら興味がなかった」。大阪府の阪南市に住む川上久美子さんは自らを省みる。川上さんは今春、市のこども園計画の是非を問う住民投票をめざす運動に参加した。約600人を収容する巨大さや、車の交通量が多い国道沿いの立地が子どものためになると思えなかった。

市の計画発表から決定までがわずか3カ月だったことも波紋を呼び、約1万2600人の署名が集まった。議員提案の形で住民投票案を出したが結果は否決。「市政には不信感しかない」と川上さんは憤る。でもその一方で「本当に何かを変えようと思ったら選挙が大事」と分かってきた。

自治体側はどうか。埼玉県所沢市は15年に中学校のエアコン設置を巡り住民投票をした。投票率は規定に達しなかったが、設置賛成票が過半数を占めた結果を受け、藤本正人市長は一部で設置を決めた。市民から疑問を突きつけられた形だったが、藤本市長は「住民投票をやってよかった」と振り返る。「選挙の時は名前の連呼になってしまう。住民投票で財政状況などをしっかり説明し、市民に考えてもらえた」からだ。

住民投票の広がりは、代表者を通じ政治参加する代表制民主主義のきしみを映す。しかしそこには、より良い民主主義をめざす変化の胎動も含まれている。

◇   ◇

■条例根拠に実施、先駆けは 原発設置巡り、新潟で

住民投票には、憲法や法律に基づくものもあるが、最近の身近なテーマは条例に基づいて行われている。1996年の新潟県巻町(現新潟市)の原発設置を巡るものが条例を使った住民投票の先駆けだった。

上田教授によると、条例に基づく住民投票は2016年4月までに全国で416件行われているが、そのうち381件は市町村合併に関するものだ。投票は首長、議員、市民がそれぞれ提案できる。首長の乱用は独裁につながるリスクもある。

住民が直接意思表明する直接民主主義に対し、代表制民主主義には民意に単純に左右されず議論を通じ多様な意見を集約する機能がある。政治家がその期待に応えるのはもちろん、国民もその理解が大切だ。

◇   ◇

■関連インタビュー■「国政でも直接民主主義?」疑問の声も

国政でも政治を直接変えようという動きがでてきた。先の参議院選挙ではインターネットで政策の是非を聞き、その結果に議員が従うという疑似的な直接民主主義を掲げる「支持政党なし」という団体が登場し、比例区で64万票を集めた。代表制民主主義の理念に反するともいえるこうした動きを、どう考えたらよいのだろうか。似た取り組みをしている「日本を元気にする会」の関係者や、識者に聞いた。

■「日本を元気にする会」前代表の松田公太氏

「日本を元気にする会」前代表 松田公太氏

――国政に直接民主主義を取り込もうとされているようですね。

「きっかけは2011年の東日本大震災です。原発推進に国民から疑問の声があがっていたのに永田町の空気は全く違いました。メリットとデメリットを議論して最終的に国民投票で決めた方がいいと思いました。そのため原発についての国民投票法案をつくりましたが、どの政党にも賛成してもらえませんでした。その後、日本を元気にする会を立ち上げることになり、直接民主主義に取り組むことにしました。ドイツにも似たことをしている党があります。我々は会としての基本理念はあるけども、国民を二分するようなテーマについてはみんなで議論して決めようということです。政策をすべて丸投げする『支持政党なし』とは異なります。それは今はまだ難しいのではないでしょうか」

――具体的にはどのようにやるのですか。

「インターネットで党員が投票します。賛成の人は反対の意見を読み、反対の人は賛成の意見を読まないと、投票はできない仕組みです。そうして意見のキャッチボールを経てから投票してもらいます。これまで3回実施しました。1回目は党名を変更するかどうか。2回目は労働者派遣法の改正。賛成51%と反対49%に割れて、当時5人いた参院議員が賛成3人、反対2人に分かれて国会で投票しました。3回目は安保法制の歯止めについてで、歯止めをかけるべきという意見が多かったので与党と修正協議をしました。身分証明などを厳格にしているので、実際に投票に参加したのは600人くらいです」

――議員が複合的な観点から判断をするという代表制民主主義の良さを損ないませんか。議員が判断して選挙で責任を取るべきであり、国民に責任の押しつけることになりませんか。

「すべての法案を丸投げにするわけではなく、あくまでも国民を二分するような法案についてだけです。それに今の国会では代表制民主主義がきちんと機能していると思えません。党議拘束に縛られ自分の意見とは異なる投票行動をしていますよね。議員として自分で考えるという仕事を放棄しているのではないですか。だったら国民に直接任せた方がいい。特に参院は良識の府ですから、党議拘束は外しもっと議論を深めた方がいいと思っています。責任については、現実的に議員は何本もの法案を判断しますが、それについての責任を選挙で取っている状況ではないと思います」

■立正大学教授 早川誠氏(政治学)

――「支持政党なし」という団体が出てきたことについてどう思われますか。

「書き間違えについての批判ばかりに議論が集まっていますが、例えば『新党民意の鏡』など名前を変えれば、この点に関する問題は生じません。議会が民意を直接反映すべきだ、という議論自体は500年くらい前からあります。宗教や階級ごとに分かれた民意をきちんと反映するにはどうしたらいいか、というのが中心にある問題意識です。比例代表の考え方も、ここから派生したものです」

――比例代表制は代表制民主主義であり、議員が国会で議論を通じて考えます。ネットに政策を丸投げするのとは違うと思いますが。

「そこが一番の問題です。確かに比例代表制は国会での議論の過程を含んでいます。伝統的な議論でも、議員はただ賛否を述べるのではなく『支持者たちならばきっとこんな風に議論するだろう』と考えながら議論するものだと考えられてきました。しかし仮に『支持政党なし』が99%の議席を取った場合はどうでしょうか。ネットの投票結果が反映されるだけで、議論は抜け落ちてしまいます。価値観が多様化している今の時代、国民の意見が割れるのは当然です。だから本当は話し合いが必要なのに、ネットで多数決を取るだけでは、国民間のひび割れはそのままで、常に多数派が勝つことになります。一見、政治家の勝手な行動を許さず民意を反映しているように見えても、実際にはただ多数派が勝つだけ、という非常に荒っぽい民主主義にたどり着いてしまうのです」

(福山絵里子)

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