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現在、ワークライフバランスをとろうという掛け声がどんどん強くなっています。今年8月3日の新内閣でも安倍首相が「長時間労働を是正する」と明言しています。

では長時間労働が是正されて、ワークとライフのバランスがとれるようになれば、私たちは豊かで安定していて安心できる生活を送れるようになるのでしょうか。

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変革は全ての人に対して良い結果をもたらすわけではありません。日本が世界有数の先進国であるにも関わらずワークライフバランスが十分でない背景には、歴史的な慣習と法律のしばりがあります。もし慣習が徹底して改善され、法制度も整備しなおされるとどうなるのかを考えてみましょう。ワークライフバランスの解消は決してやさしくない変革です。

プライベートを犠牲にする働き方はなぜ生まれたのか

多くの日本企業で、プライベートを失う/失わせる働き方がなぜ続いているのか。会社側の人事の仕組みを設計する立場として分析すると、正社員として終身雇用しなければいけないからプライベートを要求している、という理由にたどりつきます。

たとえば、先進国の働き方として明らかに時代遅れだと言える「残業命令」がなぜ発生するのかを考えてみましょう。

雇用契約では原則として就業時間が定められています。会社は当然その時間だけ働くことを要求し、従業員はそれに応えます。しかし一般的には定時で帰ることはないでしょう。連合総研が2009年に調査したデータでは、残業させていることを隠したいはずの企業側の回答でも「まったく残業しない(残業時間が0分)」としている会社の割合は28.6%だけです。一方、アメリカやフランス、韓国などでは過半数の会社で残業が0分です。

独立行政法人労働政策研究・研修機構による国際労働比較データブック2015をひも解いてみると、「大企業を中心に、いわゆる終身雇用慣行と称される長期慣行が形成され、アメリカと比較して解雇が困難であるため、不況時には人員削減を避け、逆に景気拡大期には雇用増ではなく、残業の増加で対応する傾向が強い」という指摘がされています。

正社員として定年まで雇わなければいけないから、仕事が忙しいときには今の人員で対応してほしい、ということが一般的に行われてきました。下手に正社員を増やすと、閑散期には人手があまることになります。ある程度忙しい時期と暇な時期が明確にわかっている会社の場合には、変形労働時間制(1週間とか1カ月とか1年とかの期間を通じて、合計して働く時間が法律の範囲に定まるように労働時間を変形させて決める仕組み)を用いてあらかじめ休日や労働時間を調整することもできます。しかし一般的には、突然忙しくなる部署も珍しくありません。となれば都度会社側は必要に応じて残業を指示できたほうが、都合がいいわけです。だからこう言ってきたのです。

「簡単に解雇できないから、人を簡単に増やすことができない。だから仕事が忙しい時には残業してほしい」

解雇が簡単にできない、という視点から見れば、「転勤命令」がなぜ発生するのか、ということもわかります。突然ある地域で人が必要になったけれど、今後も必要かどうかわからない。だから別の地域から転勤してほしい。だって、雇ったらクビにできないんだから、ということです。

安定を求める人たちがプライベートを捧げてきたのかも?

一方でこの理屈は、従業員側から見ればこう言い換えられます。

「仕事が忙しいときには残業を受け入れるし、必要なら転勤もする。だから簡単に解雇しないでほしい」

これがいわゆる「正社員」の基準ですが、この基準は企業側にとってなかなかシビアです。たとえば「仕事がまったくできないダメダメな人」をクビにしようとしたら訴えられたり、「ハラスメントをしまくる人」でもやっぱりクビにしようとしたら訴えられたりします。ある地域の支店を廃止するからそこの人たちをクビにしたい。でもそうしたら訴えられるから別の支店に働く場所をつくって転勤してください、と言ったらやっぱり訴えられた、ということもあるわけです。

そもそも「能力によって評価に差をつける」ということすら最近20年くらいのルールであって、それ以前には、覚えが悪いからといって給与の差をつけることは人格否定である、という論調すらありました。日本の労働関連の法律や裁判は、働く人(主に正社員)の権利にはとても敏感で、会社側が「経営の観点で合理的に判断」してもそれが受け入れられることはあまりありませんでした。(著者注:実態としては働く人側が弱いので、会社側が『合理的な判断』をした結果、泣き寝入りする人たちがたくさん生まれたこともあったわけですが)。

ともあれ、皮肉なことに、このような過去の経緯がワークライフバランスを妨げている要因にもなっていることは否めません。

プライベートを重視する人は安く働かないといけない?

雇用を守る代わりにプライベートを犠牲にする。そんな働き方があたりまえに何十年も続いてきた結果として、「定時に帰ると白い目で見られる社風」「転勤を断ると会社にいづらくなる社風」が醸成されてきたと考えられます。

では逆に、「簡単に解雇できるから必要に応じて人を増やすし減らす。だから残業も転勤もしなくてもいい」(企業側)⇔「仕事が忙しくても残業も転勤もしない。だから解雇も受け入れる」(従業員側)という関係が、今後成り立つのでしょうか。

政府はこの難問に、うまい中間案を出しています。

簡単に解雇しない正社員として雇用する代わりにプライベートを犠牲にしてください、という雇用を「無限定正社員」という言葉で定義しますが、今政府が考えているのはこの「無限定」の部分を「限定」にすることです。しかし正社員という、簡単に解雇せずに定年まで雇用する仕組みは残すという考え方です。

例えば、残業はしない/できないとか、転勤はしない/できない、という限定をする代わりに、給与を少し安くする。あるいは昇進できる役職に上限を定める、ということが考えられています。昇進できる役職に上限が定められるということは、生涯年収が減るということなので、本質的には給与を減らすということと同じ意味を持ちます。

身もふたもない言い方をすれば限定正社員とは、プライベートを尊重する代わりに給与を減らしますよ、という仕組みです。ただし終身雇用は維持するから正社員です、という理屈です。その一点で契約社員や派遣社員とは異なるということです。

限定正社員制度でワークライフバランスは保たれない

実はこのような仕組みは、本質的な改善になっていません。なぜなら、会社の中心的な役割を担う経営幹部達はあいかわらず無限定正社員で構成されるからです。会社の中で出世するためには、以前と変わらずプライベートを犠牲にできる働き方をしなければいけない、という仕組みを残しながら、そういう「無限定」の働き方ができない人達も正社員として雇ってあげます、という仕組みを導入するということは、本質的には派遣社員や契約社員を増やしてきた発想となんら変わりがないからです。

これを労働のフレキシビリティー問題と言いますが、かつては正社員を増やさずに派遣社員や契約社員を増やすことでフレキシビリティーを確保してきました。結果として日本では、世界でも異常なほどに派遣事業所が増えています。日本中どこに行ってもすぐに見つかるコンビニエンスストアの数は2016年3月時点で5万4018(JFAコンビニエンスストア統計調査月報より)ですが、同月の派遣関連事業所数=労働者派遣事業所+特定労働者派遣事業所数は8万5649(一般社団法人日本人材派遣協会)。コンビニよりも多い派遣事業所は、企業の雇用のフレキシビリティーを確保しながら、正社員の地位を守り続けています。その結果、正社員はプライベートを確保できないし、正社員でない人たちは正社員に比べて低い報酬で働かなければいけません。

本質的な改革をするためには、雇用によるフレキシビリティーをもっと拡大して、そもそも正社員が定年まで安定的に雇用される、という部分にメスをいれなければいけないのかもしれません。

それは言い換えるなら、「限定的な働き方」しかできない人でも経営幹部として雇用する仕組みを本気で導入することを考えられるかどうか、ということでもあります。

諸外国では、そういう動きはすでにあたりまえに起きています。そのあたりの実態を踏まえて次回はどのような解決策があるのかを考えてみましょう。

平康 慶浩(ひらやす・よしひろ)
セレクションアンドバリエーション代表取締役、人事コンサルタント。
1969年大阪生まれ。早稲田大学大学院ファイナンス研究科MBA取得。アクセンチュア、日本総合研究所をへて、2012年よりセレクションアンドバリエーション代表取締役就任。大企業から中小企業まで130社以上の人事評価制度改革に携わる。大阪市特別参与(人事)。

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