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ハイジのチーズ、薩摩鴨 健康にいい秘密はエサにあり 日経BPヒット総合研究所 西沢 邦浩

2016/8/11

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エンターテインメント、トレンド、健康・美容、消費、女性と働き方をテーマに、ヒット案内人が世相を斬るコラム「ヒットのひみつ」。今回は、「乳製品や卵といった動物性食品の健康性は、その産みの親のエサまで見ないとわからない」という話。「おいしくて健康的」が食品の基本条件になりそうな今後は、これまで以上に、含有成分をきちんと分析し正しく記しているかどうかが、食品購入の決め手になってきそうです。

アニメ「アルプスの少女ハイジ」の食事シーンといえば、火であぶってとかしたチーズ(おそらくラクレットチーズ)をのせたパンと山羊のミルク、たまにそこに干し肉があるだけという光景が強く印象に残る。

日本の田舎に暮らす少年にとって本格的なチーズは憧れの的だったが、一方で「こんなに偏った食事で病気にならないのだろうか? 特にクララは、病気まで抱えているのに」と心配になったものだ。

2004年、その疑問を解くきっかけになる研究が循環器分野で最も定評のある学術論文誌「Circulation」(米国心臓協会発行)に発表された。

スイスのアルプス地方では、世界でも最も多いくらいのチーズが食され、総脂肪摂取量も多いのに、リスクが上がっても不思議ではない心血管病による死亡率が低いという、いわゆる「スイス・パラドックス」の理由が部分的にわかった、とする内容だった。

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■ハイジが食べていたチーズには牧草の成分が入っていた

研究班は、アルプス地方の牧草には、心血管を守る健康にいい油として人気が急上昇しているアマニ油などに多いn-3系脂肪酸の一つα-リノレン酸が多く含まれており、新鮮な牧草を食べて育った放牧牛のチーズにもこの脂肪酸が多いことを突き止めたのだ。

ヒトが体内で作れない必須脂肪酸であるn-3系脂肪酸の代表は、魚油で知られるDHAとEPA、α-リノレン酸だが、後者は一部が体内でDHA、EPAに変換されて使われる。

このα-リノレン酸含有量を、山岳リゾートとして知られるスイスのグシュタードの放牧牛から搾乳した牛乳で作ったチーズと、世界で最も生産量が多いチェダーチーズ(英国産)で比較すると、放牧牛チーズの含有量は4倍以上で100g中に500mg超含まれていた。

2004年当時の欧州におけるチーズ摂取量は1日平均55g。これをアルプス放牧牛チーズでとるとα-リノレン酸摂取量は270mgを超える。α-リノレン酸摂取量を1日210mg以上増やすと心筋梗塞による死亡率が15%から20%下がるとする米国の研究もあるので、好影響があるのでは、と考察する。

加えて、研究班は、このチーズには魚油成分のEPAもチェダーチーズの倍以上含まれ、体脂肪減少や糖尿病予防作用がある共役リノ―ル酸量も2.5倍に達していること、逆に大量摂取を避けたい飽和脂肪酸のパルミチン酸は2割低いことなども指摘している。[注]

[注] 出典:Circulation. 2004 Jan 6;109(1):103-7.

ハイジやクララが食べていたチーズにも、新鮮な牧草由来の健康的な脂肪酸が含まれていたのだろう。この研究では脂肪以外の成分を見ていないが、もしかしたら、ほかにも牧草から移行したポリフェノールなどの機能性成分が含まれているかもしれない。

また、ハイジの食卓のパンは「黒パン」だったので、ライ麦が使われていたと考えると、ミネラルやある種のビタミン、腸内細菌のエサになる水溶性食物繊維がパンからとれていたと思われる。

ハイジたちの食事はきっと、見た目のシンプルさだけでは判断し切れない多様な成分を含んでいたのだ。

この事例から言えるのは、食品に含まれる栄養素を推察するのに、食品成分表(日本食品標準成分表)は役立つが、本当の含有成分は、その作物や動物がどのような環境で育ったか、どんな栄養素や飼料を与えられて育ったのかで大きく変わる場合があるということ。

そう考えると、食品企業には、今以上に細かな含有成分の分析とその結果の表示をお願いしたいし、消費者は可能な限り、エサや成分表をチェックして購入商品を選ぶようにしたいものだ。

■エサから商品の差別化を図る

同じジャンルの食品でも、ほかの商品にはない機能性成分が入っているといった独自の特徴があれば、それは商品の差別化戦略にも直結する。

エサをかえて、食べにくい臭いの解消を図る例もある。そのような研究で注目を集めているのが、マグロの養殖で一躍知名度を高めた近畿大学が支援する水産会社「食縁」のブリだ。エサにお茶の粉末を大量に入れるなどして、魚臭さを抑えたブリを開発、「におわない 食縁のブリ」というシールを貼った切り身の販売を始めている。

含有成分での差別化が進む生鮮食品の代表は鶏卵だろう。

日本農産工業の「ヨード卵・光」、妊娠前の女性が十分にとりたい葉酸やビタミンEが豊富なホクリヨウの「PG卵モーニング」、ごまの含有成分であるセサミンやビタミンEを含む中部飼料の「ごまたまご」など枚挙にいとまがない。

エサでカモが産む卵とカモ肉の脂肪の健康性を高め、カモという食材への関心を高めようとしているのが鹿児島県の日本有機だ。

同社は鹿児島大学農学部と育種した「薩摩鴨」と大型の「薩摩黒鴨」を、産卵から精肉・加工・販売まで一貫して行っている。「カモはクラシックが流れる農場で放し飼いにしており、さらに魚のアラとα-リノレン酸が豊富なアマニ入りのエサを与えている」と野口愛子社長。

写真手前にいる黒いカモが薩摩黒鴨、羽毛の色の薄いのが薩摩鴨。常時、計5000~6000羽ほどを飼育。カモたちが走り回る土には米ぬかと乳酸菌を入れ、カモに抗生物質は使用していないという

その結果、α-リノレン酸、DHA、EPAの3種のn-3系脂肪酸含有量を調べると、薩摩鴨の脂肪には100gあたり約2000mg(α-リノレン酸が1950mg、DHAが67mg)が、薩摩黒鴨の脂肪には同約2700mg(α-リノレン酸が2450mg、DHAが216mg、EPA14mg)が含まれることが、鹿児島県薬剤師会の検査により判明した。

また薩摩鴨の卵の卵黄100gにもほぼ1000mg(α-リノレン酸436mg、DHA 551mg、EPA15mg)、薩摩黒鴨の卵黄には1345mg(α-リノレン酸501mg、DHA818mg、EPA26mg)が含まれていた。

2015年版の「日本人の食事摂取基準」では、α-リノレン酸、DHA 、EPAを合わせたn-3系脂肪酸の摂取目安量が、30~49歳の男性で1日2.1g(2100mg)、女性で1.6g(1600mg)となっているので、かなり充足率が高い食材であることがわかる。

■薩摩鴨の卵黄で伝説の「月餅」が復活

この卵に目を付けたのが、ウェスティンホテル東京(東京都目黒区)の広東料理「龍天門」の総料理長、陳啓明さんだ。

陳さんは、同店を「セレブが集う有名店」に昇華させた人だが、2012年に一度同ホテルを去っていた。しかし、他に替わりうる人がなく、15年夏に復帰。

再び、使用食材の一つひとつを仕入れ前に自分の目と舌で点検するところから練り上げるオリジナルメニュー作りの陣頭指揮をとっている。

中国で古くから中秋節に月を愛でつつ食べられ、現在ではこの時期の贈答品になる月餅は日本でもよく知られるお菓子だ。本格的な月餅は、アヒルの卵黄の塩漬けをあんの中に入れて作るが、2012年まで、陳さんが限られた顧客のために作っていた月餅も、このスタイルだった。

今回、「放し飼いでのびのびと飼育され、黄身の味がしっかりしている日本有機のカモの卵に出合い、復活させることにした」と陳さん。

そもそもアヒルとカモは仲間なので、卵の質も変わらないという。

2個入りで3300円(税抜き)と少々値は張るが、それぞれの月餅の中に2個ずつ日本有機の薩摩鴨もしくは薩摩黒鴨の大ぶりの卵黄が入っている。しかも、この塩漬け卵は、水、塩・砂糖、焼酎などで作る液に2カ月漬け込まねばならない。納得のいく塩漬け卵の完成までに、何回も試作を繰り返したそうだ。

日本有機のカモ卵の供給能力が高かったため、かつてより月餅の生産量もかなり増やしたが、復活第1期の2016年は300セットの限定にし、7月20日から9月15日の中秋節までの間だけ予約販売する。「食べる季節も大切なので、中秋節を過ぎたらどんなに顧客から希望があっても作らない」と陳さん。

「龍天門オリジナル月餅」(問い合わせ先:ウェスティンホテル東京 広東料理「龍天門」03-5423-7787)。ハスの実のあんと黒ゴマあんの2個入り

そして、陳さんが手塩にかけた月餅には、それぞれに薩摩鴨もしくは薩摩黒鴨の塩漬け卵の卵黄が2個ずつ入っているので、卵黄1個当たり25~30gという重さから計算すると、月餅一つで卵黄から500m~800mg近いn-3系脂肪酸がとれることになる。

なにも、楽しみで食べるお菓子でまで健康を気にしなくても、と思うかもしれない。

実際に陳さんも、日本有機の卵を選んだ理由は、産むカモたちの飼育法と卵の味や質感だったという。

しかし、おそらくこれからの時代は「おいしくて、かつ健康にいい」のが食品の基本条件になってくるだろう。ことに、限定品や贈答品に味の喜び以外に思わぬ健康のプラスアルファが隠れていたら、購入したり、口にしたりするときの満足感もひとしおではないか。

事実、私も、数量・販売期間ともに限定された陳さんの月餅が復活しただけでなく、新しい月餅は「健康的な油を豊富に含む滋味豊かな卵を使っている」ということを、食通の知人たちに伝えたくてしかたがなくなった。

今や健康価値は、食に関するストーリーに厚みを持たせる要素にもなってくれる。

西沢邦浩(にしざわ・くにひろ)
日経BPヒット総合研究所 上席研究員・日経BP社ビズライフ局プロデューサー。小学館を経て、91年日経BP社入社。開発部次長として新媒体などの事業開発に携わった後、98年「日経ヘルス」創刊と同時に副編集長に着任。05年1月より同誌編集長。08年3月に「日経ヘルス プルミエ」を創刊し、10年まで同誌編集長を務める。
日経BPヒット総合研究所

日経BPヒット総合研究所(http://hitsouken.nikkeibp.co.jp)では、雑誌『日経トレンディ』『日経ウーマン』『日経ヘルス』、オンラインメディア『日経トレンディネット』『日経ウーマンオンライン』を持つ日経BP社が、生活情報関連分野の取材執筆活動から得た知見を基に、企業や自治体の事業活動をサポート。コンサルティングや受託調査、セミナーの開催、ウェブや紙媒体の発行などを手掛けている。

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