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「日本一若い街」 愛知県長久手市を歩く 1000人が一斉下校 家族向けの店続々

2016/8/20

愛知県長久手市は住民の平均年齢が全国の自治体で最も低い「日本一若い街」だ。人口増も著しく、出生数から死亡数を差し引いた「自然増加率」でも今年、全国の市区でトップとなった。1千人超のマンモス小学校、進む大型商業施設や宅地開発……。戦国時代の「小牧・長久手の戦い」の舞台となった名古屋市近郊のベッドタウンを歩けば、少子高齢化や人口減に直面する地方都市とは異なる風景が広がる。

集団下校する市が洞小学校の児童(7月19日、愛知県長久手市)

「さようなら」。7月中旬の午後1時45分すぎ。長久手市立市が洞小学校の校庭には、児童代表の元気なあいさつが響き渡る。それを合図に、1000人以上の児童が並んで集団下校を開始。最後尾が門を出るまで約8分の大行列だ。少子化が進む日本ではなかなか目にすることができない光景だ。

2008年開校の同小は児童数約1100人で市内6校で最多。文部科学省の15年度調査によると、全国に2万強ある小学校で、児童数が1000人を超えるのは180ほどだ。980ある愛知県内の小学校の児童数がこの1年で約1800人減った一方で、同校はこの1年で逆に約50人増えた。

■進む宅地開発

小学生が増えた背景には、宅地開発が進んだことに伴う若い世帯の人口流入がある。市が洞小のある地区は1998年からの土地区画整理で人口が急増。現在では約1900戸、5000人弱が居住しているとみられる。平日に街の中を歩くと、家の前にはミニバンや、ベンツなどの外車も目立つ。関係者に聞くと、「トヨタ車は通勤に使い、休日に別の車に乗る人が多い」と教えてくれた。

愛・地球博記念公園(モリコロパーク)南西の地区は「パークサイドヒルズ長久手」。この数年で数百戸規模の開発があった、緑に囲まれた高台の閑静な住宅地だ。戸建てで5000万~6000万円という家も珍しくない。

3年前に引っ越してきた会社員の男性(39)は妻と長女(4)、次女(1)の4人暮らし。「静かで緑が多く、子育てする場所に合っている」と笑顔。妻と2人暮らしで、大手自動車メーカーに勤める男性(26)は「勤務先の豊田市と名古屋市の中間で良い場所にある」と話す。一方、市役所がある地区の女性(87)は「昔はここが一番栄えていた。周りはほとんど山で、小学校も一つしかなかった」と戸惑いを隠さなかった。

15年の国勢調査(速報)によると、長久手市の人口は10年に比べ、10.7%(5571人)増。名古屋市と接する同地区は自動車産業が盛んな豊田市にも近い。名古屋市中心部にも行きやすく、渋滞がなければ豊田まで一般道で約40分という交通アクセスの良さや、まだ緑が多く残っていることに街としての魅力を感じているようだ。

■増える商業施設

長久手市の市が洞地区にあるスーパー「ピアゴ ラ フーズコア 長久手南店」では遠足需要などを見込み、値段の安い菓子を幅広くそろえている(7月中旬)

高齢者に対応した店づくりを進める商業施設が多い中、同市内のスーパーの品ぞろえは若い世代にも向く。市が洞小近くのスーパー「ピアゴ ラ フーズコア 長久手南店」は、子供が多い地域特性を踏まえ、菓子売り場を広げた。8歳と5歳の子供を持つ女性(37)は「友達の所へ持って行ける商品が増えた」と喜ぶ。学校の遠足などで需要が見込まれる100円以下の菓子も「品ぞろえはピアゴの中でも最大級」(浜島宏店長)という。

同店は若い世帯が増えていることを踏まえ、今年3月に菓子売り場の拡充、総菜コーナーの充実などを目的に改装した。半径2~3キロメートルの商圏で35~39歳人口は約10%、0~9歳人口も約12%いるという。「お盆や正月は実家に帰るのか、あまり買い物客がいない」(浜島店長)

12月にオープンを予定する「イオンモール長久手」の工事現場(7月13日、愛知県長久手市)

来年オープン予定のスウェーデンの家具大手「イケア」、今年12月に開業を控えた「イオンモール」……。市内では大型商業施設の開発のつち音があちこちで響きわたる。近くの自営業女性(54)は「映画館ができるのが楽しみ。これまでは、市外に出ないと見られなかった」と話す。

長久手市は05年の「愛知万博」の舞台となり、一躍、知名度がアップ。人口増が続く“長久手の勢い”はいつまで続くのか。人口減と高齢化に悩む自治体からも長久手の存在は注目を集めそうだ。

■「煩わしい街づくり」キーワード

人口が増えつつある長久手市も、日本全体と同様、長期的には人口減少や高齢化は避けられない。吉田一平市長(70)はこうした長期的課題を見据えて、「煩わしい街づくり」をキーワードにした市政運営を進めている。

吉田市長は人口増について「うれしいし、ありがたいことだ」と語った上で、「区画整理による開発が段階的に進んだ結果、切れ目なく若い世代が来るようになっている」と数十年にわたる街づくりの成果であることを強調する。

吉田一平長久手市長は高齢社会を乗り越えるには「市民自らが地域の課題を見つけ、解決していくことが必要」と語った(7月27日、愛知県長久手市)

長久手市の2016年6月1日時点の人口は約5万6000人。国立社会保障・人口問題研究所の13年の推計では、40年には6万3553人まで増える。ただ、吉田市長は「働き手が増えた後は高齢者も増える。すでにある公共施設のメンテナンスも今後500億~600億円かかる。それに備え、今の事業の中から年間20億円ずつ減らす必要がある」と、現時点で、問題意識を強く持つ。

将来課題に備え、進めようとしているのが行政だけに頼らない街づくりだ。「私はわずらわしい街を作るといっている。なんでも行政が解決するのではなく、時間がかかってもいいから、市民が交流するなかで地域の課題を見つけ、解決していくべきだ」と語る。

もっとも日本全体を見れば、町内会の加入率の低下など、住民に地域への関心を持ってもらうのは簡単ではない。ただ、吉田市長は「団塊の世代は煩わしさが嫌だった。しかし、若い世代は煩わしいことが幸せだと感じると思う」と、次世代の街づくりの担い手に期待を寄せる。

実際、「長久手市には、地区ごとにみんながほぼ同じタイミングで移り住んでいる。旧来からある街と異なり、夏祭りを開くなど、みな街へのよりどころを求めている」とみる。

取材に応じた際、吉田市長が着ていたベストには「まちづくり、まずは笑顔でこんにちは」と書かれていた。「あきらめず、知らない人に挨拶し続ける」と語る吉田市長。住民が地域とつながりをもってもらう取り組みに、持続可能な街づくりの糸口を見いだそうとしている。

■高齢・空洞化、今から備え

住民の平均年齢が37.7歳(2010年国勢調査)と日本一若い長久手市も、将来的には高齢化や空洞化に伴う活力低下という課題をはらんでいる。

多摩(東京)、千里(大阪)や高蔵寺(愛知)など各地のニュータウンでは街の高齢化が深刻化。例えば、高蔵寺では約4万5000人の人口に対し、65歳以上は31.6%。この1年だけで1.6ポイント上昇した。全国平均を大幅に上回る。市域の西側から段階的に開発した長久手市といえども、これらニュータウン同様、各地区ごとにみれば高齢化問題に直面することになる。

長久手市は現在、小学校区を基本単位とした市政運営を進めようとしている。校区ごとに宅地が開発された年代が違うため、年齢構成比も異なる。住民の若い地区、高齢者が多い地区と、地域の実情に合わせた施策をかんがえようというわけだ。市民などの交流の場も、順次校区ごとに設けようとしている。

また、若手市民と市の若手職員で構成して、地域の問題解決などについて話し合う団体「なでラボ」のなどを設立し、若いうちから自分の街への関与を深めてもらう取り組みも進めている。すでに市民によるパトロールなどの実績も出始めている。

地方行政に詳しい名古屋市立大学の三浦哲司准教授は、長久手市は「名古屋市中心部への住民の移転が進み、空洞化が起きる可能性もある」と指摘する。空洞化が起きてしまえば、人口増に対応した水道管の増設など現在の行政コストが将来につながらなくなってしまう。

三浦准教授は解決策として、「郷土愛や郷土への関心を子供のうちから育むことが大切」と語る。大学進学などで一時的に長久手を離れても、再び、就職時に戻ってくる可能性が出てくるという。

14年に民間団体が公表した「消滅可能性都市」は約900に上る。人口増の間に将来の消滅の可能性をいかに解消し、地域のにぎわいを持続できるのか。多くの自治体が失敗した難題に、長久手市は挑む。

(名古屋支社 文、小林宏行、高橋耕平、写真 今井拓也)

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