「小池百合子新知事の五輪選手村」跡地開発に壁高し住居5650戸 建設費2倍/需給インパクト懸念

元防衛相の小池百合子氏(64)が東京都知事に選ばれた。3代連続で東京都知事が任期途中で辞職する異例の事態を経ての登板だ。最大の案件は2020年の東京五輪・パラリンピック。小池氏と対立関係にある有力都議の裏には不動産業界が控える。その不動産業界と共同で小池氏が越えなければならないのが選手村跡地開発問題だ。

1万7000ベッドを用意して欲しい――。東京都都市整備局が提示した選手村の建設要件だ。日本は五輪開催に合わせ、約200カ国から集まってくる選手やコーチなどのために選手村を用意する必要がある。そのマネジメントを担うのは東京都だ。

都は三井不動産など民間主導で選手村を立ち上げる計画だが問題は跡地開発だ。構想では選手村を建設した民間デベロッパーに再開発させ、新築マンションとして分譲(一部は賃貸)することを認める方針で「かなりの人気物件になる可能性が高い」(みずほ証券の石沢卓志・上級研究員)。

東京・晴海の超一等地にドーム3個分

確かに選手村の建設予定地は中央区晴海と超一等地。広さにして13万3900平方メートル。東京ドーム約3個分の広大な敷地を東京都が整備、129億6千万円でデベロッパーに譲り渡す。近隣の地価を考えれば、通常の「取引なら1平方メートルあたり60万円以上」(同)の土地を6分の1以下で売却するわけだから破格の安値だ。

こうなれば「どんなデベロッパーでも手を出したくなる」と考えるのは早計だ。なぜか。

理由は建設費だ。都が提示した1万7000ベッドを収容するには、21棟、住宅の戸数にして約4000戸強を建設する必要がある。その建設費はデベロッパーが負担しなければならない。

選手村は五輪開催の半年前までに完成させて都に引き渡し、五輪後に戻してもらう約束。これをそのまま新築として分譲するのは難しい。アスリートたちの宿泊施設として1カ月程度、使っただけでも中古物件になる。「最低でも新築物件の7~8割の価格にまで値崩れする」(マンション調査会社のトータルブレインの久光龍彦社長)

しかも、パラリンピックでも使用するため「4台の車いすが入る大型エレベーターを設置する計画」(清水建設の宮本洋一会長)。日常生活で使うには管理が大変でコストがかかり過ぎる。スケルトン(構造)を残し建て替えざるを得ない。

東京都は余った敷地に2棟の超高層ビルを建設することを認めている。これにより選手村の4000戸強のほかに1500戸強のマンションを確保できる。約5650戸(推計69万平方メートル)を分譲することが可能になる。ただ、少なくても選手村として使用する4000戸強の部分については建て替え分を含め約2倍の建築費が必要になる。

都の計画では1000戸程度は賃貸に回すことになっているが、仮にすべて分譲したとしてもデベロッパーの採算は怪しい。大手総合建設会社(ゼネコン)によると、高層マンションの建設費は現在、1坪(3.3平方メートル)あたり100万円。4000戸分に2倍の建築費がかかるとすると3570億円だ。

マンション1戸あたり7000万円ですべて分譲できたとしても、売上高は3955億円にしかならず、土地代や販売費・一般管理費、支払利息を加味すると利益はほとんど出ない。

もちろんこれは机上の計算。マンション市況が今よりも回復すれば分譲価格を引き上げることもできる。現段階で赤字プロジェクトと断定することはできない。

ただ、五輪開催に向けて建設が活発になることが予想される。「建築費はさらに上昇する」(前田建設工業の岐部一誠常務執行役員)との見方が支配的だ。採算悪化がはっきりした段階で、デベロッパーがプロジェクトから降りるか、都が赤字を補填するのか、こじれる可能性もある。

水素ステーション建設・維持コストも足かせに

問題はこれにとどまらない。都は舛添要一前知事時代に選手村跡地を水素を燃料の中心に置くモデルタウンにすることを約束している。選手村跡地のすぐそばに水素ステーションを建設し、そこから得られる熱や電気を5650戸のマンションで有効活用する方法も検討せざるを得ない。

住民の「足」にも水素を使う。晴海にある選手村は最寄りの地下鉄の駅まで徒歩15分程度。都は利便性の悪さを補うため京成バス(千葉県市川市)などと新会社を設立、燃料電池車(FCV)のバスを運行する。都心と臨海部を結ぶバス高速輸送システム(BRT)も整備する予定。水素ステーションの整備やパイプラインの敷設などにもお金がかかり費用負担をどうするかなどの問題も今後、浮上してくる。

さらに決定的なのは、選手村跡地に建設する5650戸がマンションの需給を大きく緩和させてしまうことだ。東京都のプロジェクトが「民業」を大きく圧迫してしまう懸念がある。

不動産経済研究所(東京・新宿)によれば、15年に供給されたマンション戸数は東京23区で約1万9000戸。その約30%に相当するマンションが東京・晴海の選手村跡地から放出される。

顧客の中心部志向は高まる一方で郊外のマンションは振るわない。銀座からタクシーで15分の場所でマンションが出てくるなら需要は落ち込む。五輪開催前に選手村の跡地利用にどう道筋を付けるか。東京都がさじ加減を間違えると、デベロッパーは壊滅的な打撃を受けかねない。(前野雅弥、山根昭)

[日経産業新聞2016年8月2日付]