7月22日に日本でも配信されたゲーム「ポケモンGO」のブームが続いている。ポケモンを捕まえる人が集まるスポットが全国各地に出現する中、とりわけ名古屋市中心部にある鶴舞公園はポケモンの“聖地”とも呼ばれる。多くの人でにぎわう「人気スポット」として急上昇。列島が熱狂の渦に包まれる中、週末のポケモンGO狂騒曲の“聖地”に足を運んだ。
JR名古屋駅から電車に乗ること6~8分。鶴舞駅を下車すると、すぐ目の前は鶴舞公園だ。先月29日金曜日の午後5時ごろ、公園内に足を踏み入れると、スマートフォン(スマホ)やタブレットを片手に「ポケモンGO」を夢中で遊んでいる大勢の人の姿が目に入ってきた。
高校生や大学生、仕事帰りの社会人、ベビーカーを引く家族連れ……。ざっと数えただけでもポケモントレーナー(ポケモンGOのゲームユーザー)は500人はいる。鶴舞公園近くに住む男性(80)が「70年住んでいて、こんなに人が多いのは初めて」と目を丸くするほど、普段の週末には見られない異様な光景だ。
大学の授業終わりに立ち寄った中部大学1年の男子学生(19)は「聖地と呼ばれており、一度遊びに来たかった」と明かした。
この日の名古屋市の「日の入り」は午後6時58分。日が暮れ、どんどんポケモントレーナーは増えていく。午後9時過ぎにはごった返し、スマホの画面が暗闇に光を放っていた。名古屋市港区の広告会社の男性会社員(39)は「仕事終わりに立ち寄った。同僚の間でも大ブームだ」。医療機器メーカーの男性会社員(29)は出張から名古屋へ戻ったばかり。新幹線ホームから直行したといい、「世代で共有する懐かしさと思い出がポイント」と理由を解説してくれた。
日付が変わっても
午前0時半過ぎ。JR東海や名古屋市営地下鉄の終電が過ぎても、公園内には千人近くが残っていた。ポケモンを捕まえた喜びで噴水の池に飛び込む人もいた。
「出たー」。午前3時。珍しいポケモンが捕まえられたのではないかと、大声の方向に大勢の人たちが駆け寄っていく。草木も眠る丑(うし)三つ時を迎えても、“聖地”は眠らない。公園を管理する名古屋市緑化センターの担当者は「とても驚いている。まさかこんな遅い時間までポケモンをやっているとは……」と驚きを隠せない。
午前5時過ぎ、さすがに始発が動き出すと、帰宅する人が目立ち、公園も静まりを見せた。前日午後10時から来ていた愛知県西尾市の男性会社員(19)は「さすがに疲れた」と足早に駅の方へ向かっていった。
県外からも
週末の土曜日は早朝から、公園周辺の駐車場には「岐阜」「三重」「なにわ」など県外ナンバーの自動車が目に付いた。三重県桑名市の建設業の男性(49)は午前6時ごろ、小学校3年生の3男(8)とともに自宅を出発。「午前中いっぱい遊んだら、お昼ごはんを周辺で食べて帰ろうと思う」
三重県四日市の中学2年生の男子生徒(13)は朝5時半に起床し、1人で電車に乗って公園にやってきた。「この公園で鍛えて、学校のクラスで一番強くなる」と意気込んだ。
ポケモンVSコスプレ
実は、鶴舞公園は愛知県内ではコスプレイベントの聖地としても知られているのだ。30日は公園内の公会堂でコスプレ関連のイベントが開かれていた。午後4時すぎ、レアポケモンの出現で、公会堂前に多くの人が殺到。イベントの参加者が公会堂から出られなくなる事態が発生した。コスプレ衣装を着た名古屋市の高校2年生の女子生徒(16)は「公園の噴水のそばで写真撮影をするつもりだったけど、諦めた」と困惑した様子だった。
ポケモン狂騒曲は思わぬ効果も出ている。公園の入り口に一番近い自動販売機では9割方が売り切れに。「パパ、ジュース全部売り切れ」「飲み物なにもないじゃん」。園内には残念そうな声がこだまする。コンビニエンスストアにも飲料を買い求める人が殺到。携帯電話の充電器の特設コーナーも設置された。コンビニの従業員の一人は「金曜日から週末にかけて、ずっと忙しい」とうれしい悲鳴を上げる。
調査会社「ヴァリューズ」の推計によると、配信開始から3日間で、1147万人がダウンロード、国内の利用者はさらに増加しているとみられる。重要施設では出現させないように開発元に除外を求めるなど、様々な波紋が広がる中、8月に入っても、鶴舞公園の人気は衰えない。
3日夕方には数百人が集まっていた。愛知県清須市の接客業の男性(36)は「今日で2回目。ポケモンがたくさん出てくる場所で、ゲームをやり込める。また訪れたい」と声を弾ませた。
若者から高齢者まで幅広い世代が夢中になり、社会現象となった「ポケモンGO狂騒曲」。“聖地”人気はしばらく、収まりそうになさそうだ。
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鶴舞公園が“聖地”とよばれるゆえんは、公園の中央部にある噴水の形だ。上空から見ると、ポケモンを捕まえる「モンスターボール」と呼ばれるアイテムに似ているとして、多くのポケモンファンをひき付けることになった。
名古屋市が初めて設置した公園として知られ、1909年に開園した。広さは24万平方メートルで、敷地内には公会堂や図書館などの公共施設があるほか、野球場やテニスコートも備え、豊かな緑地やバラ園は来園者の目を楽しませている。
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公園周辺の違法駐車、ゴミのポイ捨て、深夜の騒音――。鶴舞公園の“聖地”化に伴い、新たなトラブルも発生している。
「ポケモン捕れてる?。18歳未満は深夜は出歩いちゃいけないんだけど、生年月日を教えてくれるかな」。7月29日午後11時ごろ、愛知県警の警察官がポケモンGOに夢中になっている若者に声をかけた。
愛知県条例では保護者が午後11時から翌日午前6時まで、18歳未満の少年少女を「みだりに外出させないようにしなければならない」と規定。警察官約20人が巡回し、30日未明にかけて計7人を補導したという。
公園周辺には駐車違反の車も目立った。愛知県警はパトカーなど計8台を配備し、集中取り締まりを実施。一定期間、同じ場所に止まっている車を確認すると、フロントガラスに駐車違反のステッカーを貼り付けた。
公園の入り口に近い自動販売機の周辺には、ペットボトルや空き缶が山のように積まれた。園内の休憩所の一つでは敷地の広範囲にわたり、菓子類やたばこの吸い殻などのごみが散乱した。公園内の飲食店「山乃茶屋」の3代目店主、田中利一さん(66)は「ゴミ捨てなど、初めて公園を利用する人はマナーを守ってほしい」と話した。
そんななか30日午後5時ごろ、登場したのが胸に大きく「R」の赤い文字のシャツを着た男性だ。ポケモンに悪役として登場する「ロケット団」に扮(ふん)し、ゴミ拾いしていた。「公園利用のマナーについて考えてもらうきっかけになってほしい」と訴えた。
日中、来園者同士の肩がぶつかる場面や自動車の通行を妨げたことが原因のトラブルも発生。配信が始まった2日後、急きょ、鶴舞公園内には歩きスマホの禁止を呼びかける看板が設置された。60歳代の女性は「にぎわうのはいいが、ゴミ捨てはやめてほしい。結局、掃除するのは私たち住民」と困惑した表情。近くの病院の関係者も「うるさいのはちょっと……」とつぶやいた。
各地でトラブルを防ぐため、ポケモンが表示されないよう運営元に要請する動きが相次ぐ中、鶴舞公園でもさらなるトラブルが続くようだと、“聖地”消滅の危機も招きかねない。
(名古屋支社 文 小林宏行、高橋耕平、近藤奈穂、写真、今井拓也)