結婚後、職場では旧姓のまま働く人が増えている。しかし、戸籍上の名前と仕事での名前が違うことで困ることも…。
政府は2016年5月、旧姓をさまざまな場所で使えるようにすると決めた。今後、公的な書類でも旧姓を使用できる範囲が広がる。2017年度以降、住民票やマイナンバーカードなどに、戸籍上の名前と旧姓を併記できるように制度を改正していく。
内閣府の男女共同参画会議での議論が発端となり、政府の「女性活躍加速のための重点方針2016」に盛り込まれた。同会議の議員である勝間和代さんは、「10年以上、言ってきてようやくです」。
日本では結婚したとき、9割強の女性が夫の姓を選ぶ。「明治以降、日本は税制も法律もすべて“家単位”で決まっているので、旧姓を名乗る権利がないことを不自由だと感じにくかった」と勝間さん。
結婚・出産後も働く女性が増え、多くの職場で旧姓使用が当たり前になったのは2000年代に入ってから。さらにここ数年、役員に女性を登用する上場企業が増え、商業登記で戸籍名にしなければならないという規則が問題となった。この登記規則が改正され、旧姓を併記できるようになったのが2015年。「社会で活躍する女性が増え、名前が変わることでキャリアが分断されることに気づき始めました。法律を作る議員の9割は男性。女性自身が不利益を訴えるまで、変えるという発想自体がなかったのです」
今年3月、夫婦別姓を認めない日本の民法規定について、国連は見直しを求めた。一方、最高裁は昨年、同規定を合法とする判決を出している。「別姓を選べるようにする法律改正にはまだ賛否両論あり、まずは旧姓使用の拡大からとなりました」。旧姓を併記するために必要な法律改正をし、システム変更などの費用を今秋の概算要求に盛り込む。早ければ2017年度にも実現しそうだ。
「旧姓使用の拡大は、“氷山の一角”がようやく解決に向かっただけ。女性活躍を進める上で解決しなければならない課題は山積しています」。例えば、正規・非正規にかかわらず、同じ仕事には同じ賃金を支払うという「同一労働同一賃金」や子育て基盤の整備、配偶者控除や配偶者手当の見直しなどだ。
「女性が働きやすく、活躍している国ほど、生産性も経済成長率も幸福度も高い。日本はまだまだ女性が働けない、働きにくい状態。今変えようとしている問題はすべて、1人1人が人間として、一番その人らしく輝いて生きていくためにはどうすればいいかと考えて提起しているものばかり。もっと女性からも声を上げていきましょう」
旧姓使用の拡大って何?
何が変わる? →→ 住民票やマイナンバーに戸籍上の名前と旧姓が併記される
住民基本台帳やマイナンバーカード、パスポートなどの公的書類に、旧姓をかっこ書きなどで併記できるようにする。基本は本人から届け出があった場合。公的証明書や国家資格の証明書なども、関係団体などと協議して決める。同時に、国家公務員や地方公務員が旧姓を使用しやすくなるよう、政府から働きかける。
何がいいの? →→ キャリアの分断を避けられる
「同じ名前のままで働けると、キャリアの分断を避けられます」。さらに、2018年からは銀行口座にマイナンバーが適用され、現状では結婚後の名義変更が不可欠だったが、マイナンバーカードに旧姓を併記すれば、旧姓のまま口座を使える可能性が出てきた。
いつから? →→ 2017年度以降
住民基本台帳法施行令など関連する法律の改正が必要なほか、システム変更などに必要な経費が、今秋に行われる2017年度予算の概算要求に盛り込まれる予定。概算要求が通り、来年度予算が成立してから実際に変更されるため、実施は2017年度以降になる。
勝間さんが語る「旧姓使用拡大」の2つのポイント
1.活躍する女性が増え、問題が顕在化
「民法や戸籍法に代表されるように、日本の法律や税制はすべて“家単位”で考える文化から来ており、結婚で夫の姓に変わることに疑問を感じにくい仕組みだったのです」。ところが近年、結婚・出産後も働き続ける女性が増えると、名前が変わることで“不便”なことが出てきた。取引相手との人脈やこれまで培ってきたキャリアが分断される、などだ。夫婦別姓を認めない日本の民法規定について、国連が今年3月に見直しを求めたことも追い風となった。
2.女性活躍推進はもっと加速する
「超高齢化社会がさらに進むなか、女性の活躍は日本経済の発展のために欠かせません。最近、大きな社会問題となった保育園の待機児童問題のほかにも、長時間労働問題や同一労働同一賃金など、女性が働きやすい環境にするために不可欠な問題は山積しています。旧姓使用もその一つです。20~30代の女性はこれらの問題が解決するよう切実に望んでいます。時間はかかるかもしれませんが、女性からの声が大きくなればなるほど、政府も動くはずです」
同一労働同一賃金
正規・非正規を問わず、同じ仕事には同じ賃金を支払う「同一労働同一賃金」の実現を目指す。同時に、非正規雇用で働く女性の正社員転換や待遇改善を推進していく。
長時間労働の削減
中小企業における月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率の適用猶予の廃止や、年次有給休暇の取得促進に関する法改正とともに、監督指導体制を強化する。
子育て基盤の整備
1兆円程度の財源を確保し、幼児教育や保育、子育て支援の量的拡充や質の向上を目指す。待機児童解消を目指し、保育所の整備や、保育士の新規資格取得者や再就職者を増やす。
税制の見直し
配偶者控除など、女性の就業調整につながる可能性のある税制や社会保障制度の見直しについて議論を始める。民間企業の配偶者手当についても、そのあり方について再検討を促す。
株式会社監査と分析 取締役共同事業パートナー
経済評論家。早稲田大学ファイナンスMBA、慶応義塾大学商学部卒業。監査と分析取締役、内閣府男女共同参画会議議員、国土交通省社会資本整備審議会委員、中央大学ビジネススクール客員教授として活躍中。
[日経ウーマン 2016年8月号の記事を再構成]