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10年で3割増えた相続争い 少額でも火種に

2016/8/7

 筧ゼミは新たな研究テーマとして「相続トラブル」を取り上げることにしました。遺産分割をめぐって相続人同士がもめてしまうケースが年々増えているからです。第1回のきょうは岡根知恵さんが発表します。
筧花子(かけい・はなこ、50=上)経済大学院教授。家計の経済行動や資産形成、金融リテラシーが専門。 岡根知恵(おかね・ちえ、38=中)パート主婦。将来の家計に不安を覚え、金融知識を身に付けようと大学院に。 屋久仁達夫(やくに・たつお、54)大手製造業の技術職。定年を控え年金・介護など老後資金に関心。

 岡根 遺産分割で骨肉の争いをするなんて、私たち庶民には関係ないと思っていましたが、調べてみて驚きました。相続人同士で話し合いがつかなければ家庭裁判所の調停や審判の手続きに進みます。2014年に全国の家裁が扱った遺産分割の事件は実に1万5000件余りで、この10年で3割弱も増えています。

 屋久仁 家裁のお世話にならずとも嫌な思いをした人はいるでしょうね。

 岡根 莫大な遺産をめぐってお金持ちがもめるというイメージも誤りでした。遺産分割事件の3割強は、争いの種になった遺産が1000万円以下。5000万円以下まで入れると7割を占めます。「争続」は決して億万長者だけの話ではなく、誰にも起こりうるのだということがよくわかりました。

  戦前は原則、長男がすべての財産を継いでいましたが、戦後の新しい民法の下で相続のルールは大きく変わりました。核家族が増えて兄弟姉妹の日常的なつながりが弱くなる一方、それぞれの権利意識は強くなり、トラブルになりやすいとされています。

 岡根 1990年代のバブル崩壊以降、現役世代の家計が厳しくなっていることも大きいです。住宅ローンや教育費といった削りにくい支出があって思うように老後資金がためられず、親の遺産をあてにしたいと考えるようです。

 屋久仁 身につまされます。でも遺産を誰がどれだけ相続するかは法律で決まっているはずです。例えば相続人が妻と子ども2人なら妻が2分の1、子どもが4分の1ずつですよね。その通りにすれば、もめることもなさそうですが。

 岡根 亡くなった人が遺産分割について遺言を書いていれば、それに従います。遺言がなければ、各相続人は民法で定められた割合である「法定相続分」を基に遺産を分割します。でも現実には法定相続割合に合わせて遺産分割をするのも簡単ではありません。

  なぜですか。

 岡根 遺産は現金や預貯金だけでなく、株式などの有価証券、不動産、ゴルフ会員権、貴金属など様々ですが、国税庁によると、遺産の5割近くは「土地」と「家屋」。自宅などの不動産は現預金のように分かりやすく分割できませんよね。

 屋久仁 なるほど。

 岡根 マイホームのほかに預貯金がそれなりにあれば、話し合いで長男は自宅、次男は預貯金といった分割ができます。でも遺産のほとんどが自宅の不動産で、長男一家が同居していた場合はトラブルになりかねません。

  相続税のことを考えると、遺産を現金や預貯金で残すよりも不動産で残したほうが節税につながりやすくなります。相続税の実務では、土地も建物も遺産としての評価額が実勢価格を下回るからです。

 そのため、節税目的で賃貸アパートを建てたりする高齢者が多いのですが、遺産分割が難しくなれば相続人がもめる可能性が高まってしまいます。

 屋久仁 不動産の分割のほかに「特別受益」や「寄与分」の計算も難しいところだそうですね。

 岡根 はい。亡くなった人が生前、相続人の誰かに多額の贈与をしていれば、いったん遺産に含めて計算した上で、その相続人の取り分から特別受益として差し引くルールがあります。でも誰が、いつ、いくら贈与してもらったのか不明な場合などは話し合いがこじれることがあります。一方、寄与分は亡くなった人の財産を増やしたり維持したりするのに特別に貢献した相続人の取り分を上乗せするルールです。

 屋久仁 例えば、亡くなった母親を一生懸命に介護した長男は寄与分で報いてもらえますか。

 岡根 そうだといいのですが……。詳しくは次回の発表以降で取り上げますが、実は話し合いがつかずに家裁の調停に進むと、介護の寄与分はあまり認められません。

 屋久仁 相続税の申告期限までに遺産分割の協議がまとまらないとどうなるのでしょうか。

 岡根 申告期限は相続人が死亡を知ってから10カ月以内で、相続税は原則現金で納めなければなりません。それまでに協議がまとまらなければ、亡くなった人の配偶者が受けられる税額の軽減や、自宅土地を一定の条件を満たして相続した人が受けられる特例などが使えなくなり、税負担まで重くなりかねません。

 その後、期限から3年以内に協議がまとまって申告し直せば相続税の一部が戻ってきますが、申告期限にはいったん税を納付しておかなければなりません。

  国は相続ルールを大きく見直す議論をしていますね。

 岡根 はい。民法改正を議論している法制審議会(法相の諮問機関)が6月に「中間試案」を公表しました。相続人でない人でも介護の貢献に見合うお金をもらえるようにしたり、亡くなった人に長年つれそった配偶者の相続割合を上げたりする案が出ています。さらに議論を進めて来年にも改正案を国会に提出する見通しです。

■介護費用の明細は記録を
 弁護士  小堀球美子さん
 遺産がさほど大きくなくても相続人同士のトラブルが多発するのは、兄弟姉妹など身内の争いに世間の目がないことが一因です。「納得できない」という感情を抑えられず、罵り合いがちになります。最近は老親の身の回りの世話や介護をめぐるトラブルが増えました。亡くなった親と同居していた相続人が親の預貯金を勝手に引き出したと疑われるケースがあります。
 こうした例では確信犯とみられる使い込みがある一方で、介護の費用を親の口座から引き出しているうちにいつの間にか丼勘定になっている場合も目立ちます。万が一の場合に他の相続人に説明できるように日々の介護の支出を記録して領収書も保管することを勧めます。介護の苦労が相続で報われないばかりか、兄弟姉妹がバラバラになってしまっては悔やんでも悔やみきれません。(聞き手は表悟志)

[日本経済新聞朝刊2016年7月30日付]

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