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あの人が語る 思い出の味

肉のパワー、休演ゼロ 葉加瀬太郎さん 食の履歴書

2016/8/12

 空気が張り詰めたステージの上でバイオリンを弾き始めると、すぐに悲劇が起きた。冒頭で音を外した。頭が真っ白になった。

 中学3年の時に出場したコンクールでの出来事だ。前年は2位で次こそは優勝、と狙いを定めて1年間、猛練習をしたが報われなかった。会場で母と別れ、1人でポロポロ泣きながら大阪・梅田の街を歩いた。

■家族でワイワイ、少年時代の支え

バイオリニスト。1968年大阪府生まれ、48歳。90年にクライズラー&カンパニーでデビュー。96年に解散後、ソロで活動。8月3日にアルバム「JOY OF LIFE」を発売。 写真 葛西宇一郎

 帰宅すると、父、母、妹2人が笑顔で迎えてくれた。夕食は大好物の焼き肉。ハラミ、レバー、ホルモンなど安くて硬い肉を、味噌、ニンニク、リンゴ、ゴマ、ネギ、しょうがなどを混ぜて作った特製もみだれに一夜漬け込む。葉加瀬家の鉄板メニューだった。

 食卓は中央部分をパコッと外すとコンロになるタイプ。家の中に煙が立ちこめ、壁や床が油っぽくなっても気にせず、よく焼き肉をした。その日も、家族でいつものようにワイワイと世間話をしながら肉をたくさん食べた。人生で初めての挫折を乗り越えられたのは家族と肉のおかげだった。

■母の「勝負メシ」

 大阪の千里ニュータウンの団地で幼少時代を過ごした。父はホテル事業を手掛ける会社で働き、食への関心が高く「エンゲル係数の高い家庭だった」。父が有名ステーキ店の支配人だった頃は、店で余ったステーキ肉やバゲットが夕食で食卓に並んだ。オレンジやグレープフルーツも余るとお土産になり、子どもたちで搾ってジュースにして飲んだ。平均的なサラリーマン家庭だが、食生活は豊かだった。

 バイオリンとの出合いは4歳の時。団地では子どもの習い事ブームで、みな複数の稽古を掛け持ちしていた。「部屋が狭いからピアノは置けないけれど、バイオリンなら持てる」という理由で始めた。練習すればするほどうまくなるのが面白かった。

 10歳の時にバイオリンで生きていくと決心した。大阪の楽器屋で開かれた特別レッスンを受け、もっと高度な技術を身につけて本格的に学びたいと思うようになった。近所の迷惑にならないように、練習は午後4時から9時までと決めて打ち込んだ。同級生が野球やサッカーで遊んでいる時も目もくれず練習した。

 小学6年の時、母が150万円のバイオリンを買ってくれた。内職してコツコツためたお金だった。新しい楽器は音も手触りも格別で、練習に熱が入った。

 コンクールに出るようになると、前日の勝負メシはトンカツとステーキだった。母が「敵に勝つ」と願をかけてステーキ(敵)とトンカツ(勝つ)を用意してくれた。「子どもの頃から肉のパワーを信じている。熱量が上がる気がして」

 音楽漬けの生活で唯一の息抜きが料理だった。フライパンで刻んだウインナーとタマネギをいためてご飯と溶いた卵を回し入れ、パパッとチャーハンを作った。練習に息詰まると台所に立って、気分転換した。バイオリンの技術が上がるのに比例して、料理のレパートリーも増えた。

 気がつけば料理の腕前はプロ級になった。「大学受験(東京芸術大学)に失敗したら、本気で料理人になろうと思っていた」。結果は合格。在学中に、クラシックとポップミュージックを融合させた伝説のバンド、クライズラー&カンパニーを結成した。

 デビューしたばかりでお金がない時も「食べたいものを食べられなくてつらかったという記憶がほとんどない」。おいしい店を見分ける嗅覚が人一倍優れていたからだ。

 東京・渋谷の炭火焼き店「ゆうじ」はこの頃に通い詰めた店の一つ。今は有名店だが、当時は開店直後で人もまばらだった。

 楽しくなるとバイオリンを弾きたくなる性分で、店内でもよく弾いた。情熱的で大胆な演奏に魅せられた客は盛り上がる。「一緒に飲もう」「肉を追加して」「最後まで付き合えよ」と声をかけられ、肉や酒がどんどん運ばれてくる。楽器を弾いた対価でおいしい食事を手に入れた。グルマン(食いしん坊)の神様はどんな時も彼の味方だった。

■宿でもステーキ

 40歳目前の2007年、妻と2人の子どもを連れてロンドンに移住した。バンド解散後も順調に歩んできた音楽家人生。テレビ番組「情熱大陸」のテーマなどヒット曲を連発してきた。自分なりの表現は確立できたが、高度な技術を要するクラシックの基礎にはずっと自信がなかった。ロンドンで家族と過ごしながらバイオリンの基礎レッスンを受ける時間を作った。

 1年の3分の2は日本で過ごし、約100本のコンサートを精力的にこなす。演奏しながらよく動き回るので体力勝負だが、一度も休演したことはない。

 だるくて熱が出そうだな、と思った夜はホテルのルームサービスで注文したステーキを食べ、ウイスキーを飲んで寝る。すると大抵翌日は元気になっている。少年時代を支えた大好物の肉は、48歳の今も変わらずエネルギー源。きょうも肉でパワーを充電し、さっそうとステージに立つ。

■NY本店の味再現

東京・六本木のウルフギャング・ステーキハウス

 帰国中に「肉をがっつり食べたい!」と思った時に出かけるのが、東京・六本木にある「ウルフギャング・ステーキハウス 六本木店」(電話03・5572・6341)だ。

 看板メニューは「プライムステーキ」(2人用で骨付き約850グラム、税別1万6000円)。米国から空輸した特上肉を約28日間熟成させ、約900度のオーブンで焼き上げる。触るとやけどするほど熱々の皿で提供されるステーキは、肉汁がジュウジュウと音を立て、香ばしい香りが食欲を誘う。1つの皿でサーロインとヒレの両方の部位を楽しめる。

 米ニューヨーク本店の味とサイズを再現し、ボリューム満点だ。前菜から食べるとステーキは完食できない人が多いが、葉加瀬さんが肉を残すことはないという。スポーツ選手など有名人が多く通う人気店。訪れる場合は予約しよう。

■最後の晩餐

 ステーキを食べる元気はさすがにないだろうから、やっぱり卵かけご飯かな。手に入る季節かどうかにもよるけど、アルバ産の白トリュフをシュッシュッシュッと薄く削って適量のせて食べたい。これが本当においしいんですよ。ぜいたくだけど、人生の最期も食べたいものを食べて終えたいよね。

(坂下曜子)

〔日経プラスワン2016年7月30日付〕

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