世界遺産に沸く「上野」ってどんな街?
国立西洋美術館の世界遺産登録決定に沸く東京・上野の街。1883年にターミナルの上野駅が開業してから発展を続け、現在は観光地としての性格も強めつつある。近代的な建築物も増えて変わりつつある街並みを、見渡してみよう。
上野の特徴は、山手と下町の両方が共存している点だ。山手エリアは台地の上にある上野恩賜公園(上野公園)が中心で、国立西洋美術館をはじめ東京文化会館や恩賜上野動物園(上野動物園)など数多くの文化施設が集中。台東区が「上野の山文化ゾーン」と呼ぶアートの集積地だ。北側には、江戸時代の徳川将軍家の菩提寺である寛永寺や東京芸術大学のほか、閑静な住宅地が広がる。
一方の下町エリアは、上野公園の南側に広がる飲食店や物販店が集中する地域だ。アメヤ横丁(アメ横)を中心に多くの商店街が縦横に広がる。どちらのエリアも、平日より休日の方がにぎわう。
文化施設はそれぞれ名建築
まず山手エリアから。上野公園の案内図を見ると、美術館・博物館が6施設、劇場が3施設、記してある。多くは公営の施設でよく知られる存在だ。これほど多くの文化施設が集中しているエリアは都内でも珍しい。
各施設それぞれが名建築になっているのも注目点だ。世界遺産への登録が決まった国立西洋美術館の本館は、建築家のル・コルビュジエ(1887-1965年)が設計して、1959年に開館した。そのコルビュジエの弟子である前川國男(1905-1986年)が設計した建築物に、東京文化会館(1961年完成、コンサートホール)、東京都美術館(1975年完成)などがある。
古い建築物も健在だ。1931年に完成した国立科学博物館の日本館、1937年に完成した東京国立博物館の本館などが鎮座する。上野公園は明治時代から一貫して、文化的に利用されてきた。
そうした精神を、ごく近年の建築も受け継ぐ。大噴水の近くにあるスターバックス上野恩賜公園店と上野の森PARK SIDE CAFEは、どちらも緩い傾斜の切妻屋根を持つ平屋建て。周囲の森などの景観になじんでいる。
松坂屋が建て替え中
次に下町エリア。おおむね上野駅、御徒町駅、湯島駅(東京メトロ千代田線)を結ぶ三角形に囲まれたエリアが相当する。
繁華街としての中心軸は南北を貫く中央通りだが、にぎわいの密度が高いのはアメ横だ。アメ横はJR線の上野-御徒町間の高架下約400メートルとその周辺に約400店が集中する商店街。現在、高架下では場所を区切って耐震化工事を進めており休業している店舗があるものの、活気にあふれる。上野アメ横商店街連合会によれば、1日当たりの人出は平日で10数万人、年末は50万人にも上るという。
アメ横の周辺も、網の目のようににぎわいが広がる。休日ともなれば、昼間から「乾杯」の声で盛り上がる飲食店が多数ある。
下町エリアの南の端に該当する御徒町駅近辺では、再開発の波が押し寄せている。象徴的なプロジェクトとして百貨店の松坂屋上野店が南館を建て替え中で、2017年の竣工時には地上23階建ての超高層ビルに様変わりする。
御徒町駅前では2014年にスーパーマーケットの吉池本店が建て替えられ、新たなランドマークと化している。東側の昭和通り沿いには近代的なオフィスビルなどが続々と誕生。紫色のビルで親しまれているディスカウントストア・多慶屋(たけや)の周辺でも再開発構想がある。
JR駅も山手と下町に
上野の街と同様に、JR上野駅の構造もいわば「山手」と「下町」に分かれている。駅が台地と平地の境にあり、どちらにも出られる。
山手側には公園口と名乗る駅舎がある。道路を挟んで上野公園に面しており、正面が東京文化会館、道なりに少し歩くと右側が国立西洋美術館、突き当たりが上野動物園という位置関係だ。
下町側には正面玄関口を名乗る著名な駅舎がある。正面玄関口に連なる広小路口と不忍口(しのばずくち)はアメ横など繁華街に近い。
興味深いのは、駅のホームも高低の2層に分かれている点だ。1階部分を「低いホーム」、2階部分を「高いホーム」と呼ぶ。最初に低いホームが設けられ、後に東京駅方面に路線を高架で直通させるために設置したのが高いホームだ。 高いホームのさらに1層上にコンコースがあり公園口につながる。
低いホームはターミナル駅らしい趣を残している。高度経済成長期には長距離列車の乗降客でにぎわっていたものの、現在は寂しい状態になってしまった。
1985年に東北・上越新幹線が上野始発となり、長距離客の多くが地下ホームに移った。1991年には新幹線が東京駅まで延伸したことで、上野駅は始発駅の地位を譲り、長距離利用客が減った。さらに2015年には上野東京ラインが開業し、低いホームで折り返していた列車の多くが、高いホーム経由で東京・横浜方面に直通するようになった。2016年3月には、上野始発の寝台特急「カシオペア」号の定期運行も終了。低いホームには6線があるものの、特に昼間は閑散としている。
とはいえ、低いホーム復権の可能性もある。JR東日本が2017年5月に運行を始めるクルージングトレイン「トランスイート四季島」は、上野駅を始発駅として専用ラウンジも新設する。列車の定員は34人と少ないものの、13番線の人気者だったカシオペア号と同様、子連れを中心とする見学者を多く集めるとみられる。
2回目の訪日で「日常」に興味
山手・下町と2つの顔を持つ上野の集客力は、どれほどのものなのだろうか。同じ台東区内の浅草と比較できる。
台東区の調査によれば、2014年に上野を訪れた観光客数は2592万人。対する浅草は3050万人と、上野が追いかける立場だ。2012年には肉薄したものの再び離された。
ただし調査の回答では、台東区の印象で良かったこととして「名所・旧跡、博物館・美術館」を挙げた人が最も多い。日本人で41%、外国人で78%に上る。それらの集中する上野の山手エリアが、大きな訴求力を持っているといえそうだ。
上野観光連盟では、外国人にとっての上野の魅力は「日常」とみている。外国人は1回目の訪日で観光地に行き、2回目以降はむしろ日常生活に興味を示すという。日本人の普段の生活を味わえるのがアメ横を中心とするエリアで、ホッピーやもつ焼きを提供する飲食店などが人気を集めている。
一方、懸念材料もある。JR上野駅の2015年の1日平均乗車人員は18万1588人と一昨年より292人減った。上野東京ラインの開業によって、かつて当駅で地下鉄に乗り換えていた乗客が、上野で降りずそのまま東京駅方面に向かったことが理由とみられている。同ライン開業で同じく中間駅と化した東京駅は、2013年に比べて1万8725人増だ。直通先の新橋や品川も増えた。上野だけが一人負けした格好だ。
近年は上野駅の東西で高層マンションが増えつつあるなど、街並みにも変化がみられる。既存の繁華街も近代的なビルに建て替わるなど、新陳代謝も進んでいる。2つの顔を持つ街は世界遺産登録で弾みをつけられるか、これからも注目が集まる。
(日経BPインフラ総合研究所 高槻長尚)
[日経アーキテクチュアWeb版 2016年7月20日付記事を再構成]
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