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移行型任意後見契約、預金払い戻しに銀行は慎重 弁護士 遠藤英嗣

2016/8/5

 Tさんは84歳のとき妻Fさん(当時85歳)を本人、Tさんを任意後見受任者(将来「任意後見人」になる人)とする「移行型任意後見契約」を公正証書で作成しました。

 移行型任意後見契約とは財産管理委任契約と任意後見契約がリンクした契約のことで、Fさんに判断能力がある間は財産管理委任契約によってTさんが代理人として財産管理を行い、Fさんに後見人が必要になったら裁判所に申し立てて、任意後見に移行するという契約です。

 一見、手堅い契約にも思えますが、契約内容を十分に理解し、適切に行動しないと、せっかくの契約がうまく機能しないことがあります。

■2つの契約を同時に公正証書で

 任意後見制度は本人の判断能力が十分なうちに、信頼できる者(将来「任意後見人」になる人)を自ら選び、必要な事務を委任するとともに代理権を与えておく制度です。判断能力が不十分になったときに備え、自分自身の意思で選んだ人に財産管理や身上監護などを委任する制度なのです。

 本人の判断能力が不十分となり、任意後見受任者などが後見開始が必要と判断したら、家庭裁判所に対し「任意後見監督人」を選任してほしいと請求します。家庭裁判所が監督人を選任したときから、任意後見人は後見事務を開始します。任意後見制度を利用するには公正証書によって、本人と任意後見受任者が契約をする必要があります。

 財産管理委任契約は本人の判断能力には問題がないものの、加齢や病気などで金融機関などへ赴くことができない場合などに、預貯金などの払い出し等について委任契約を締結し、身上監護も含めて委任するというものです。つまり、任意後見契約が発効するまでの間、任意後見契約とほぼ同じ内容の事務を受任者にしてもらうものです。

 移行型任意後見契約はこの2つの契約を同時に公正証書で作成することが多いと思います。財産管理委任契約については法律上、公正証書にしなければならないという定めはありませんが、2つの契約をリンクさせることによって受任者の委任(後見)事務がスムーズに移行できるというメリットがあります。

 超高齢化社会の今日、判断能力の有無にかかわらず、すぐに財産管理が開始できる財産管理委任契約の重要性は増してきていると思います。

■金融機関へ「代理人届」

 後見人が事務を開始するに当たっては、まず金融機関への届け出が必要です。取引の当初、金融機関ごとに「成年後見制度に関する届出書」を提出します。この届け出がないと、成年後見人や任意後見人であっても本人に代わって預貯金の払い戻しや解約などの財産管理をすることはできません。

 財産管理委任契約の場合はどうかというと、「成年後見制度に関する届出書」そのものではありませんが、それに準じた届け出をすれば、本人に代わって預金の払い戻しなどに応じる金融機関が多いようです。

 私が公証人をしていた当時は多くの場合、財産管理委任契約で委任する事務の内容と、任意後見契約で委任する事務の内容は同じでした。ですから、冒頭のFさん、Tさんについても財産管理委任契約によって行う事務に関する代理権と、任意後見契約の内容はほとんど同じでした。

 ところがTさんはトラブルに見舞われました。

 Tさんは移行型任意後見契約の公正証書と、任意後見契約の登記事項が記載された法務局発行の証明書を持参し、Fさんの取引先であるM銀行K支店で定期預金の解約を申し入れました。すると、銀行の職員から「後見監督人は選任していますか」と質問されたのです。

 その時点でFさんについては、まだ後見開始の手続きをしていなかったので、「監督人は選任していません」とTさんが返事をしたところ、銀行の職員から「後見監督人が選任されていないとこの契約書は使えない」と言われ、預金の解約には応じてもらえなかったのです。

 任意後見契約は家庭裁判所が任意後見監督人を選任して初めて契約の効力が生じますが、財産管理委任契約はたいてい契約締結と同時に委任事務が開始され、監督人は付きません。判断能力のある本人自らが受任者を監督し、不正があったら解任するというのが前提の契約だからです。

 私は登記事項証明書を添付した公正証書については、委任状と同等の証明となり、後見開始前でも財産管理委任契約に基づいて銀行で預貯金の払い戻しができるはずだと考えていました。しかし、Tさんはこれらの書面を持参しても銀行に相手にされませんでした。Tさんは私に「先生はこの公正証書と登記事項証明書を持っていけば妻の預金は払い戻せますと言っていましたが、ウソなのですか」と質問してきたのです。

■任意後見へ適切な移行を

 ところが、Tさんに詳しく話を聞くと、Tさんが預金の払い戻しに応じてもらえなかった理由がわかりました。

 TさんにFさんの健康状態を尋ねたところ、既に自立歩行もできなくなり、自分のことが自分でできる状態ではなく近くの介護施設への入所が決まっているというのです。判断能力についても聞いたところ、「全然駄目です」という返事でした。

 TさんにはFさんの成年後見用の診断書を入手してもらい、「後見相当」を確認した上で、すぐに任意後見監督人選任に向けた手続きに進んでもらいました。Fさんはすでに任意後見を開始しなければならない状況になっていたので、家庭裁判所に任意後見監督人選任の申し立てをもっと早くすべきだったのです。

 今回のTさんのように、故意ではないにせよ本人の判断能力が失われているにもかかわらず任意後見への適切な移行がなされず、後々トラブルとなっているケースが多く存在します。それが移行型任意後見契約の問題点の一つなのです。

 財産管理委任契約は契約締結後すぐに効力が生じるというメリットがある半面、本人の判断能力が衰えても本人自身が任意後見開始の申し立てをするわけではないので、受任者の監督機能が失われ、受任者による不正使用を防止できないというデメリットもあります。

 移行型任意後見契約の公正証書は公文書です。しかし、公文書であっても適切な時期に任意後見に移行する手続きをしなければ、本人自身の権利を守ることはできません。

 このような状況が往々にしてあることから、Fさん、Tさんのケースのように金融機関が慎重な対応をすることがあるのです。このようなリスクもある財産管理委任契約を補完するには、家族信託を利用した財産管理を併用すべきだと考えています。

遠藤英嗣(えんどう・えいし) 1971年法務省検事に就任。高松地方検察庁検事正などを歴任し、2004年に退官。05年公証人となり、15年に退官。公証人として作成した遺言公正証書は二千数百件に及ぶ。15年に公証人を退官し弁護士登録。日本成年後見法学会常務理事を務めるほか、野村資産承継研究所研究理事として税務の専門家と連携して、資産の管理・検証などを研究する。主な著書に「増補 新しい家族信託」(日本加除出版)、「高齢者を支える市民・家族による『新しい地域後見人制度』」(同)などがある。

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