どきどきしてスポーツを生で観戦できません
作家、石田衣良
スポーツを生で観戦できません。応援しているJリーグのチームの試合開始直前になると心臓がバクバクして、テレビが見られません。スタジアムでもピンチのたびに目をつむるありさま。途中経過は確認できず、結果をネット検索する際も操作する手が震えるほどです。先日はラグビーの五郎丸選手の試合もダメでした。このままではオリンピックが苦痛以外の何物でもありません。助けてください。(東京都・女性・50代)
50代の女性でそこまでスポーツに夢中になれる人は実にめずらしい。ご友人とはさぞスポーツ談議で盛りあがることでしょう。リオのオリンピックも開幕。ますますたのしみですね。
けれどあなたはひいきのチームの応援に熱中するあまり心臓がばくばく、試合を見ることもできず、終了後に結果を検索するばかり。それではスポーツの圧倒的な醍醐味であるライブの魅力をとり逃がしてしまう。これはあまりにもったいない話。
ぼくたちの実際の人生でははっきりと勝ち負けがつくことはほとんどありません。スポーツはそこに様々なルールを設定して簡単に勝敗が生まれるようにした「ゲーム」なのです。いくら本気とはいえ「遊び」です。全力を尽くした素晴らしいゲームのあとに、勝者と敗者が生まれる。勝者は敗者がいなければ存在しないし、敗者がいなければゲーム自体が成り立たない。
好きなサッカーチームが勝てば確かにうれしいでしょう。でも負けたからといって、あなたは応援をやめてしまうことはないのですよね。だったら才能のある若者が限界まで練習を積み、ダイナミックに躍動するゲームを、きちんと生で見てあげましょう。怖くて目をつぶってしまうようなスリリングな場面は勝ちゲームにだってあるし、逆に負けゲームにも身体を張ったディフェンスやきらめくようなアイデアから生まれたシュートがあったかもしれません。
だいたいのスポーツはさして面白みのない場面がだらだら続いたかと思うと、突然輝かしい奇跡がやってくるもの。勝ち負けにこだわるあまり、スポーツにとってもっとも肝心な奇跡的瞬間を見失ってしまう。それはあまりにもったいない。第一そんな調子では、あなたがいくら熱心でもスポーツをたのしむ鑑賞眼が成長していきませんよ。
ぼくもあなたと同じ50代。自分でもそろそろ勝ち負けといった幼稚な二分法から卒業しようと思っています。なあに実際の人生だって、スポーツと同じように「遊び」みたいなもの。勝敗ばかり気にせずに、のんびりと人生というゲームそのものをたのしんでいけばいいのです。
勝ってもたのしい、負けてもたのしい。それがスポーツです。大切なのは、今目のまえで素敵なゲームが繰り広げられていること。勝ち負けを忘れて、オリンピックを存分におたのしみください。
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[日経プラスワン2016年8月6日付]
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