バチカン、人々を魅了する三つの力庶民派教皇が挑む バチカン大改造(3)

日経ナショナル ジオグラフィック社

ナショナルジオグラフィック日本版

合成画像で見るサンピエトロ大聖堂の内部。ミケランジェロの手がけたクーポラ(丸屋根)とベルニーニ作のバルダッキーノ(大天蓋)の壮麗さが際立つ。ローマ皇帝コンスタンティヌス(在位306-337年)の時代からこの場所に聖堂が置かれている。(Photo by Dave Yoder/National Geographic)

2000年の歴史が刻まれたバチカンは、物心ともにキリスト教世界の基盤だ。毎年、何百万もの人々がここを訪れ、息をのむほど美しいサンピエトロ大聖堂や、隣接する広場へと足を運ぶ。そこで目にする宗教儀式や優れた美術品の数々は、まさにこの場所を神聖な空間にする。バチカン宮殿の王宮の間「サラ・レジア」からスイス衛兵の宿舎まで、バチカンは尽きせぬ驚きの宝庫だ。

ローマ中央部の、城壁に囲まれたわずか0.44平方キロメートルのこの場所は、14世紀以降カトリック信仰の中心地であった。キリスト教2000年の歴史が刻み込まれたこの都市は、長きにわたってヨーロッパ屈指の観光地でもあった。

サンピエトロ広場の中央にあるオベリスクは、円形競技場の目玉として、紀元40年頃ローマ皇帝カリグラがエジプトから持ち込んだものだ。バチカンの丘と称されるこの一帯には、カリグラの戦車競技場の跡もある。後にキリスト教徒の大迫害を行った甥のネロ帝が、処刑場として使用した場所でもあり、一説によれば、聖ペトロはそこで磔刑(たっけい)に処され、聖パウロは斬首されたらしい。

1940年代になって、サンピエトロ大聖堂の真下から当時の迫害されたキリスト教徒たちの共同墓地が発見された。現在は見学もできる。皇帝コンスタンティヌスは紀元313年にキリスト教徒の迫害をやめさせたが、その後に建造したバシリカ式教会堂(初代サンピエトロ大聖堂)の遺跡も一部残っている。

バチカンで礼拝用式服を着てミサを捧げる教皇。(Photo by Dave Yoder/National Geographic)

こうした遺跡も魅力的だが、それにもまして人々をひきつけているものは、次の三つに集約されるだろう。まずはサンピエトロ大聖堂だ。主祭壇へと緩やかに延びる大理石の身廊(しんろう)や柱廊は、美しいルネッサンス芸術で縁取られている。ミケランジェロの手がけた巨大ドームは特に圧巻で、コロセウムと並ぶローマ随一の必見スポットである。

次は、大聖堂の隣にあるバチカン美術館だ。1日平均2万5000人もの観光客が訪れるが、なかでも有名なのはシスティーナ礼拝堂である。伝統的に教皇の祈りの場であり、また次期教皇を選ぶコンクラーベが開かれることでも知られている。建造を命じた教皇シクストゥス4世(在位1471~1484年)にちなんで名づけられたこの礼拝堂には、まさにルネッサンス芸術の粋が凝縮されている。ここでも、ミケランジェロの手がけた『アダムの創造』を始めとする天井画が見どころとなっている。

最後は、教皇その人である。「最後」といっても、人気では先の二つに引けを取らない。毎週水曜にサンピエトロ大聖堂の階段で一般謁見が行われるが、17世紀にまさにそのために設計されたという壮麗なサンピエトロ広場が、何万人もの観衆で埋め尽くされるのは壮観というほかにない。

ミサに集まった広場を埋め尽くす群衆の上に、暖かな陽光が降り注ぐ。サンピエトロ広場は約8万人を収容できる。(Photo by Dave Yoder/National Geographic)

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック『新生バチカン 教皇フランシスコの挑戦』を再構成]

ビジュアル 新生バチカン 教皇フランシスコの挑戦

著者 : ロバート・ドレイパー
出版 : 日経ナショナルジオグラフィック社
価格 : 3,024円 (税込み)


ナショジオメルマガ