家庭でも積極的に「最も人の役に立つよう生きる」米シリコンバレーで活躍するナンシー・ヤマグチ弁護士に聞く(4)

ヤマグチ弁護士
ヤマグチ弁護士

2020年の東京五輪・パラリンピック後の「post 2020」はどんな時代になるのか。英国がEU離脱を決めるなど、世界で人種や経済格差による“人々の分断”の芽がある。厳しい現実を受け止めながら日本人が力強く生き抜くには、どんな姿勢が求められるのか。米国シリコンバレーで活躍するビジネス弁護士のナンシー・ヤマグチさんはプライベートでは母親として一人息子とのかけがえのない時間を捻出することに苦労する毎日だが、「最も自分が人の役に立つ分野で頑張る」とグローバルに活躍する日本の起業家をサポートするために世界を駆け巡っている。(聞き手は編集委員 渋谷高弘)

――ビジネス弁護士として極めて多忙な毎日を送っているわけですが、ご家族についても教えてください。

「夫はアイルランド系米国人で、知り合った頃は建設関係の会社に勤めていました。息子はイチローといい、今は10歳の小学生です。夫と息子はシリコンバレーのサンノゼで一緒に暮らしていますが、私は基本的に別居しています。息子とは毎週末、可能な時には必ず会うようにしていますが、出張などで会えない週もあります」

「私が息子の面倒をみることができないので、実は夫に引退してもらいました。フルタイムで子供の面倒をみてくれるベビーシッターを探したのですが、適任者が見つけられませんでした。そこで仕方なく、年配の夫に最初はパートになってもらい、それでも無理だったので、会社を辞めてもらいました」

――日本でも出産後も仕事を続ける女性は増えていますが、夫が引退してお子さんの面倒みるというパターンは、かなり珍しいと思います。

「米IBMで初の女性CEOになったジニー・ロメッティや、国際通貨基金(IMF)で女性として初めて専務理事になったクリスティ-ヌ・ラガルドなど、社会の先頭に立って成果を出している女性は、それぞれに苦しみや寂しさを抱えているだろうと思います」

「私が所属するウィザース法律事務所は、経営責任を負うパートナー弁護士を務める女性が比較的多い事務所です。考えてみれば、私が個人的に知っている最も上位の女性パートナーも結婚しておらず、お子さんもいませんが、それだけ仕事や顧客に全身全霊で尽くしているからだろうと思います」

「1日は24時間しかありません。その時間を使って、最も自分が人に尽くせるように生きるしかないと思います。私の場合、最も人に尽くすことができること、世界のためにできることは、家庭にいることではなく、弁護士として今の仕事をやりきることなのです」

――忙しいからこそ、息子さんに愛情を注ぐ上で気を付けていること、意識していることはありますか。

「どうしても一緒にいられる時間は短くなってしまいますが、その分、息子と会える時には、100%向かい合うようにしています。例えば毎週日曜日は、可能な限り一緒に過ごすように努めています。日曜日の午後は車で息子をテニスコートに連れて行くと決めていますし、日曜日の夕食は彼とのかけがえのないデートの時間です。海外出張などが入ってしまった場合には、どうしてもいけない時もありますが」

「大事なのは、自分と息子との関係をネガティブに考えないことです。以前は時間的に一緒にいられないことをすごく気にして、申し訳ないと思っていました。彼もそのことを気にして、『友達のママは、いつもスクールに来るのに、どうして僕のママは居ないときがあるの?』と私に不満を言い、私との親子関係に自信が持てないようでした」

一緒に居られるときを大切に(一人息子のイチロー君と過ごすナンシーさん)

「私はあるときから、息子とは、あまり長く一緒にいられないけれど、たまに会えるのだからそれを前向きに考えようと思いました。そして長男に対しても『ママはすごいお仕事をしているのよ』と話し、『ママはたくさん働いて、あなたが良い学校に行けるようにしてあげるし、友達がもっていない物を買ってあげるわ』と言うようにしたら、最近は息子も『もっとお仕事のことを教えて』と言ってくれるようになり、『次にママと会えるのが楽しみだな』と前向きに話すようになってくれました」

――仕事の今後の方向は?

「グローバルな活動を目指す日本企業の支援です。だから最近、しばしば日本に来て、日本で顧客を開拓しています。大企業、中小企業、そして個々の経営者やベンチャー起業家を顧客とすることも目指しています」

「私の専門は、技術力を手に入れるためのM&A(企業買収)や資本提携ですから、たとえば日本企業がIT技術をもつ米国のベンチャー企業を買収するとか、米国のIT企業に日本企業が出資するとか、そういった日米企業間の実務経験を積み上げることが私の目標です」

「特に日本の技術系ベンチャー起業家を個人的に支援したい。大手企業の顧問になっても巨大な事業の一部に貢献するだけですが、ベンチャー起業家を個人的に支援できれば、そのベンチャー企業の成長に大きく貢献できるからです。今の事務所は、そういう私の姿勢を支援してくれているので、とても気に入っているのです」

――post 2020に向けては、日本人も変わらなければいけません。海外に根付いて活躍しようと挑戦する日本人も増えると思います。そうした人々にどんなサポートをしようと考えていますか。

「具体的には、日本の起業家や企業はまず最低限、ビジネスをしたいマーケットに物理的拠点である現地法人を設立し、そこからビジネスを展開するのが一番良い方法だと思います。例えば、日本ではたくさんの企業が米国でビジネスをする機会をうかがっていますが、実際に現地に拠点を置かないと、そのマーケットにいるお客様は真剣に向き合ってくれません。拠点を置くことでその企業やベンチャーの『やる気(コミットメント)』がお客様に伝わる。米国で活躍したいのなら、まずはアメリカ市場に対するやる気を見せ、米国企業と直接取引や契約をできる現地子会社を持つことが大事です。私はこれを海外進出での大事な第一歩である『企業形成とローカル化』と呼んでいます」

「二つ目に、そのように海外でローカル化を目指す場合、フルタイムでその拠点で働けるローカルの人材が要求されます。従来、日本企業は駐在員という形で米国に人材を送りビジネス展開を進めてきました。実際、私の父もドイツと米国でのビジネスを立ち上げた日本企業から来た駐在員の一人です。このシステムはいまだに続いており、日本が海外でビジネスをするうえで非常に重要なシステムです。ですが近年、私は駐在員とは別にローカルの人材、つまりその国で育ち、そのマーケットを熟知し、何よりそのマーケット内で幅広い人的ネットワークをもっている人達の重要さに気づきました」

日本の技術系ベンチャー企業を支援したい

「特に日本から出てきたばかりの起業家は頼れるネットワークをまだ構築できていない場合が多いです。米国市場進出の際に日本の商社やJETROのような政府機関を頼りにされる日本の起業家もいますが、現地法人に自前の人材としてスキルや知識や人的ネットワークの面で実績を持つローカル人材を抱えるメリットは大きいと思います。海外で活躍したいのならまず企業をローカル化するのとローカルの人材を雇わないといけないのです。例えば日本の企業が米国でローカルの優秀な人材を確保する為には、米国企業と同じか似た報酬・給料システム(ストックオプション他の株式報酬含む)を採用しなければならないかもしれません。近年では産休や育児休暇、フレックスタイム制、駐在員とローカル社員・家族との交流を深めるカンパニーイベントといったものも重視されます」

「三つ目に、私は知的財産をもっと積極的に守り、その権利を行使する、ということを声を大にして日本の企業に伝えたいです。日本は世界に誇れる技術者と世界トップの技術開発力を持っています。日本の企業はどんどん新しい商品を開発することと、技術力に秀でていますが、知的財産には少々疎いのでは、と疑っています。多くの知財訴訟では、日本企業は被告側で、知的財産の権利を十分に活用してないように思えます。知的財産を守り、その権利を積極的に行使し、企業の利益や知的財産価値を極大化する為の企業ストラクチャーを展開する非日本企業は多くありますが、日本企業でこういう思想を実行している例はあまり見たことがありません」

「従業員や下請け企業が開発・提供した権利・製品を、確実に企業に帰属する様にし、秘密保持契約・守秘義務契約を締結することも重要です。時には訴訟を起こすこともあると承知しなければなりません。この点でも日本企業への啓蒙活動が大事だと考えてます。私は日本の企業にもっと優れた技術とそれによる知的財産を守る・商業化する・収益化するということで世界一になってほしいと考えています。私もその想いを胸に、ここ2、3年日本でいろんな企業を相手に製品や技術の知的財産を守るそして権利行使する方法とコツをわかりやすいようにアドバイスしています。これらを成功への三歩目『知的財産の保護と行使』と呼んでいます」

横浜市生まれ。9歳の時に家族と共に渡米、シカゴで育つ。ハーバード大院修了、ノースウェスタン大ロースクール修了。2000年イリノイ州弁護士、01年カリフォルニア州弁護士。14年に英国本拠のウィザース法律事務所のパートナーに就任し、シリコンバレーを拠点として活躍中。専門は知的財産権、M&A、資金調達など

(この項おわり)

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