──このところ高須先生との交際を題材にした本が多いですね。高須先生ってどんな方なんでしょう。
高須先生のところは400年くらい続くお医者さん家系。代々女系でシングルマザーなんです。男は早死にしたりで全員女医さんなんですよ。おばあちゃまの代なんかは生活に困って体を売って暮らしている方の中絶を、闇でやったらえらいことになるからって、してあげたり、進駐軍相手に少しでも高いお金をもらえて生活が楽になるようにと、鼻を少し高くしてあげたり。
女性のためにいろんなことをやってあげている家系で、お母さんも新生児の点滴が、昔なのに神業的に上手だったりね。そういう意味で、女性を、働いている女性を、尊敬している家系なんですよ。(最近の本では高須先生が)そんなところをしゃべっていて、割といい話になってますよ。
──高須先生とだいぶタイプが違うようなのですが、なぜそんなに仲が良くなったのですか。
面白いからでしょうね。職業柄と言うか、あと関西圏の人間なので。東京だと、肩書とか収入とか学歴とか、そういうので偉いという順番になりますけど、私、一番上に面白いというのが付くんです。前科者なんかでも面白いと付くと、もうガーンと上がっちゃう。
たまたま今までは面白いアル中とかちょっとひどいのばっかりだったんですけど、面白い大金持ちの医者ってのがたまたま。私にとっての面白いというのは半分狂気の入ったような面白さなんですけどね。
──高須先生の面白さって?
バランス感覚が異様に悪いですね、あの方。一つのことにしか集中できないし、決めたらもう、一日中、何日でも、実行するまでに様々な労力を使う。食事も見た目も風呂も何も関係なくて。
──人間的に尊敬できる、みたいなところもあるのですか。
それはもう、非常に立派な方です。言ってることが立派な人は山ほどいるけど、やってることが立派な人は見たことなかったですね。とにかく、誰よりも早く来て最後まで働くし、うそはつかないし。
相手がうそつきでもうそはつかないですね。相手がうそつきであろうと正直者であろうと、自分がうそをつかないこととは関係がないと。「私が正しくなければいけないんだ」と言います。患者さんのこと、医療のことも、非常に度を越した真面目さですね。
──漫画にあるようによくケンカもなさるのですか。
しょっちゅうです。パソコンのトリセツみたいな言い方をしないと分からないところがあるので。私なんか曖昧なニュアンスでしかしゃべらないから、いい天気だね、と言っても「でも○時間前に△度だったよ」みたいな感じで、最初からつっかえて言葉が通じないことが多い。でもまあ、男の人と言葉が通じないのは、この歳になると分かりきっていることなので。若い時はいろいろ衝突もしますけどね。言い方がどうだとか。
熟年は熟れた実を取るとてもいい時期
──西原さんの言われる『熟年交際のススメ』(新潮社)とも関係のありそうな話ですね。
すごくあると思います。(高須)先生がおっしゃったのですが、熟年というのは熟れた実を取ってかじることだから、って。若い時は耕さなきゃいけないし、侵入者が来たら追い払わなきゃいけないし、害虫駆除もしなきゃいけない。だから若い時に争うのは仕方がない。でもいま熟して、摘み取ってかじるだけなんだから、とってもいい時期なんだよって。
若い頃ってほんと嫌なケンカをしますよね。お金もないし知識も経験もないし。なんでこんなこと言われなきゃいけないの、みたいな。熟年は経験からどうやったらケンカになるか、どうやったらケンカにならないかってことを十分学習してますよね。私もそういうことがようやく自分に備わったので、ちょっと言葉が通じないくらいでは、嫌いにならないですよ。それより人間が立派なんで。
──あの本もなるほどと思うことがたくさん書いてありますね。
私はちょっとこう、不幸な人生というか、必ず何か人生に化け物のような、借金とか病気とかが生まれた時から周りにあって、それをどうやって笑いに変えるか、ということをずっと漫画に書いてきたんですけど。苦しい中にも希望はある、的な。
でも50歳になっていま、生まれて初めてトラブルがどこにもない、幸せな人生。これを書いてみようかと出したら、幸せの話はもっと売れたんですよ(笑)。
ニュース見てもいまは嫌な話しかないもんね。老後が不安だのなんだの。だから幸せを書いたらみんなすごく喜んでくださって、歳行ったらもうおしまいだみたいに思っている若い方たちが、希望が持てました、とか。あとやっぱり女性たちはもう一遍恋したいわ、っていう人がすごく多くて、ほぼ100%肯定的な。みんなよかったと言ってくれます。
お金は人間そのもの、きちんと稼ぐことは大事
──あの本の中でしたか、仕事と恋愛の順番付けをしている。恋愛よりも仕事のほうが上なんだという話をされていました。
だってお金なかったらさ、100%不幸になるじゃん。お金って人間(そのもの)ですからね。いつか必ず働けなくなる日が来ます。その日まで働かないと。恋愛とおいしい食事は一緒です。お金なきゃできないですよ。
お金ちょうだい、という女だったら、私、先生に好きになってもらえなかったもん。私が自分の足で立っているから好きだって言ってくれる。とにかく仕事。きちんと稼ぐことは大事です。
それに、私は人生でいろいろつらいことを見てきた。母親も、2人も男を替えているけど、本当に駄目な男でしたからね。でも彼女は泣いて怒りながら、働き続けて私たちに教育を与え、ちゃんとした人間にしてくれた。
私もアル中だった夫を、がんで死ぬ前に、(まともな)人に戻すことができたのも、子供たちにきちんとした教育をあげられるのも、自分が働いてきたからです。
人は金がないとすぐ獣になる。田舎で見てきたのね。体を売る女の子たち、かっぱらいになる男の子たち。あっという間ですからね。
ま、とにかく私がいままで頑張ってこれたエンジンってのは、貧困が後ろにいるから。
──逃げている?
そう、逃げる。だってもう明日、貧乏になるかもしれないし。
──今でもそうですか?
今でも。もうずっとです。持って生まれた習性って言うんですか。アイスクリームの蓋からなめるとか。蓋を捨てると怒ります、子供に。直らないですよね。立派なうちに住んでいても貧乏になるのは一瞬じゃないですか。生活するのは雪山(と同じ)ですから。寝ちゃいけないですよ。絶対に。
「1億円は重くて持てないから頭に入れるといい」
──お子さんにはお金についてはどんな教育をされていますか。
ああ、どうなんでしょ。物が豊かな中で育った子供なので、物を欲しがらないですね。上の(男の)子が小学校4年の時かな。iPadが出て大ブームになったんで、オール2だったのをオール3にしたら買ってあげよう、欲しいでしょと言ったら「じゃあいらない」って。下の(女の)子も私の頃のようなブランドものへの執着はなく、派手なこと嫌なのって、ちょっとかわいいのを古着屋さんで買ってきたりしています。衣食足りて礼節知っちゃってる的な。
──西原さんの昔の苦労話などは世の中に響くのに、お子さんには響かないような感じもありますね。
熱い国の子どもに寒さを教えてもあまり分からない、みたいな?
自分と同じ環境を与えれば、しっかりした子になると思うんだけど、あんなしょっぱい経験、誰にもさせたくない。
せっかくいい文化で育ったので、もう自分の勉強したいことをして、広い世界に出ていろいろ経験してくださいというだけですね。
高校生になった息子が留学したいとぽろっと言い出した時、高須先生が「1億円って重いの、持てない」って。「ここ(頭の中)に入れる、ここに貯金するのが一番いいよ、何億円でも入るから。お金はそういう風に使いなさい」と言われました。
あなたの人生で誰よりも働いてお金を手に入れるというのが一番大事だというのは分かるけれど、人生には必ず、そのお金で解決のつかない困難が何回か訪れる。その時に一番役立つのが経験です。お金をかけて、子供に経験をさせなさい。それが一番いいお金の使い方です、と彼に習いましたね。
──昔、苦労した人は、すくすく育った人を見ると自分の昔の経験を押し付けるような感じもありますが、西原さんはそういうところがないのですね。
それって従業員とかに言うことでしょ。うちの子ってたぶん、自分で会社興したりして自由業みたいなことすると思うので、そういうこと要らないんじゃない。
自分の好きなことならいくらでも我慢できるけど、私だって嫌いなことだったら我慢できないもん。あと、勉強できないので。
──しなかっただけでは。
いや、あのね。デザイン系はすごく多いです。そういう、落ち着きがなくて、物事を浅く考えて、ひらめきだけで渡っているタイプ。芸人さんとかも多いですね。深く考えて学歴が高くなるタイプとまるで違うんです。だから私が自分で成功した道、じゃないけど、勉強させても無理なんです。ひらめきとか発想で動き回る仕事をさせるとちょうどいいと思うんですよ。
あと、日本人って我慢をすごく大事に教えるけど、もっと楽しもうよ人生、と思います。みんな就職でひいひい言ってるけど、だったら自分で会社を興せばいいじゃんっていうのがある。
特に女性は赤ちゃんを育てなきゃいけないので。今の会社だったら妊娠すら不可能。妊娠しても流産しちゃいますよ。
そのためには自分で会社興して(自分のペースで)やるのが一番いいんです。だから、人の言うこと聞け、我慢しろ、社会はつらいぞと言うんじゃなく、もっと自由に、楽に、好きなことだけやっていける道っていうのが探せば必ずあるから、って。
座る場所はどこかに必ずある
私が、お母さんがそうだったから、学校やめても何してもいい。どこかに座る場所が必ずあるから、と思います。好きなことだったら我慢できるもん。私だって18歳の時から、絵が好きだからエロ本のカット描きからずっとここまでやってこれた。でもこれ、向いてない仕事だったらもうとっくに折れてると思う。
──専業主婦たたきと言われるそうですね。最近は一億総活躍と政府も言い始めました。
専業主婦にならざるを得ないところがありますよね。誰だって仕事したいのに、子育てするために。
やっぱり一億総ブラック企業というかですね、日本人自身がブラック企業だと私、前から思っているんです。人に迷惑かけてはいけない、人より多く働く、人より多く我慢する。経営者はおいしいよね。我慢して10人分働いてくれる従業員ばかりなんだもん。
そうこうしているうちに、仕事がきつすぎて子供を育てるには奥さんが仕事やめるしかないという。気が付いたらもう子供が大きくなってローンを抱えて、家族の心もばらばら、というような家を山ほどみてる。
──ああ、そういう意味で言っておられるところも……。
それもあるけど、やっぱり危ないですよ。専業主婦は。世界中の最貧困層は母子家庭ですよ。男に金を持ってきてもらうという想定が崩れた女性たちですから。
夫のことを信用しすぎてますね。浮気しない夫も、病気にならない夫も、つぶれない会社に勤めている夫もいません。夫に頼れなくなったら人生、かなりの確率で食い詰める、子供に不幸な思いをさせる可能性を伏せ持っているわけですよ、専業主婦になると。
──今は土日はお休みですか。
はい、ええとね。今は初めて週休3日くらいですか。子供があと1、2年しか一緒にいられないし、母親がいま83歳なんですよ。できるだけ(身の回りのことを)手伝ったり。あと(高須)先生がね。できるだけ一緒にいたいな、と。
もう若い時みたいな働き方はしたくないんで、初めて休んでる、っていうかね。自分の時間を今……。
──若い時は毎日?
毎日。仕事来るのがうれしくて。もうやめました。50歳手前で。
なんか、独特の達成感みたいなのがあって、あとはどうなってもいいやみたいな。娘に反抗期が来た時も別になんとも思わなくて、15歳になるまで私、相当頑張ったからあとはまあいいやと。彼女は大人だから自分で決めるでしょ、自分のやり方くらいって。女子は賢いから。息子も16歳くらいでふらっとアメリカに行っちゃったしね。もう全部終わってるんだなって。でもそこまで頑張って育てたんだから。
あのアル中(の夫)と一緒によく育ったもんだな。よく守れた。私偉い、って夜中に……。
──いつ頃からですか。
夫が死んだあたりかなあ。6、7年前くらいですかね。人に戻って夫が死んで、そっから。まあでも子供がいい子なんで、2人ともね。
ただやっぱり、先生と恋人になってから、人生、恋があると、景色がね。ぼやっとしたヨーロッパの暗い感じの風景の色と、沖縄の色くらいこう、違って、きれいに色が見えますね。すごくね。
(聞き手/深田武志 撮影/川田雅宏)
[日経マネー2016年8月号の記事を再構成]