認知症でも遺言を作成できるケースがある弁護士 遠藤英嗣

「まだら認知症ですが遺言は作成できますか?」「後見契約はできますか?」という質問をよく受けます。かつては公証人として、今は弁護士として、仕事をする上でしばしば判断に迷うことがあるのが、認知症と診断された人の遺言を作成すべきかどうかという点です。実務の現場では頻繁に遭遇します。

公証人の対応は一様ではない

認知症はさまざまな病気から生じる症状の一つです。時間とともに症状が悪化し、ついには判断能力がなくなってしまうケースもあれば、手術等で認知機能を回復させることができるケースもあります。例えば、アルツハイマー病も状態によって軽度、中等度、高度などの段階があります。

「まだら認知症」とは病名ではなく、脳に正常な部分と認知機能が低下している部分ができている認知症の症状を表す言葉です。医師によると、「記憶が断片的ではあってもはっきり残っている状態。もしくは、記憶障害が著しいわりには、人格や判断力、理解力が比較的よく保たれている状態」だそうです。

これまでに接した本人や家族の話によると、この症状の方々は「ある事柄についてはよく分かるが、他のことはほとんど分からないというタイプ」と、「日によって普通の日と認知機能の低下が著しい日があるというタイプ」の2タイプあるようです。

ある医師によれば、「記憶が断片的ではあるがはっきり残っている、また記憶についての障害が著しいわりには、人格や判断力、理解力が比較的よく保たれているが特徴である」とも説明しています。

遺言者本人もしくは家族から「本人はまだら認知症なんです」と言われた場合の公証人の対応は一様ではなく、考え方は様々です。大きく分けて3タイプいます。

1つ目は本人が認知症だと聞いた時点で「認知症の人の公正証書は一切作成できない」とする公証人。2つ目は「必ず医者の診断書を提出してください。それで判断します」とする公証人。3つ目は、まず本人に面接し、必要に応じて診断書の提出を求める公証人です。

ここで認知症の人の判断能力について、医師の鑑定例と実務での裁判例を見てみましょう。

医師の鑑定・診断の主流は、本人の総合的(包括的)な判断能力を重視しているようです。一方、裁判の実務では医師の診断書を尊重する例と、個別の事柄に対する判断能力を重視する例があると思います。

実際、認知症テストの結果、低い得点であったとしても遺言能力を認めているケースがあります(2001年10月10日京都地裁判決、1997年5月28日名古屋高裁判決)。また、認知症テストの結果、満点近い数字を出したであっても、脳の損傷度合いや病変の広がりを基に医者が診断を下せば、成年後見人等が必要であるとして保佐開始の審判がされることがあります。

私自身は公証人時代、裁判所の判断に任せるのではなく、本人に判断能力があり遺言可能だと私が判断した場合は、公正証書は作成すべきであると考えていました。

判断はケース・バイ・ケース

実際、このような事例がありました。子供がいないご夫婦の夫Tさんから遺言作成の相談依頼がありました。「すべての財産を妻に相続させます」という内容の遺言です。ところが、遺言作成の準備中にTさんが脳出血で倒れ、高次脳機能障害を発症してしまいました。

私はTさんが入院している病院を訪ねて、遺言を作成することにしました。Tさんは失語症が生じていましたが、聴覚は良好に保たれているとのことでした。私が「前に『すべての財産を妻に相続させる』と話しておられましたが、間違いありませんか?」と質問したのに対し、Tさんは大きくうなずきました。

そこで、公正証書の文案を示しながら、内容を読み聞かして確認してもらったところ、個々の内容についても首を縦に振り、言葉にはならないものの内容に誤りがないとのしぐさをされました。以前の相談のときには、ご本人の「妻に全部」というメモを見せていただいていたので、これをもって私は意思の疎通が図れたものとして遺言を作成しました。

公正証書を作成する要件には「口述」であるかどうかということがあり、この判断が実務の現場では難しいのです。このケースについては、私は判断能力が相当程度回復しているのであれば、口述があったと考えてもよいのではないかと判断しました。

認知症というだけで遺言能力が失われることはなく、認知症を患った人も遺言は作成できます。問題は、その限界です。法律家としては正義を実現する必要があり、安易な妥協は許されません。本人の判断能力に裏打ちされた有効な遺言であると確実に判断した上で、職務にあたるべきでしょう。

遠藤英嗣(えんどう・えいし) 1971年法務省検事に就任。高松地方検察庁検事正などを歴任し、2004年に退官。05年公証人となり、15年に退官。公証人として作成した遺言公正証書は二千数百件に及ぶ。15年に公証人を退官し弁護士登録。日本成年後見法学会常務理事を務めるほか、野村資産承継研究所研究理事として税務の専門家と連携して、資産の管理・検証などを研究する。主な著書に「増補 新しい家族信託」(日本加除出版)、「高齢者を支える市民・家族による『新しい地域後見人制度』」(同)などがある。
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