「取締役会で一番しゃべるのは私」iモードの夏野氏夏野剛・慶応大学特別招聘教授に聞く(下)

慶応義塾大学特別招聘教授 夏野剛氏
慶応義塾大学特別招聘教授 夏野剛氏

「iモードの父」夏野剛氏(51)によるiモード誕生秘話。「この経験がなかったらiモードは生まれていなかった」という2年間の経営学修士(MBA)留学を終え帰国した夏野氏。後半は、いよいよiモード開発の話に移る。

帰国して1年後に東京ガスを退社。ベンチャーの立ち上げを経験して、NTTドコモに転職した。

帰国後間もなく、友人から、インターネット事業を立ち上げたいというベンチャー企業の社長を紹介されました。日本にもインターネットの時代がすぐやってくると確信していた私は、その人と一緒に、広告収入をベースに無料でインターネットサービスを提供する事業を立ち上げ、副社長に就任しました。

当時としては画期的なビジネスモデルで、通産大臣賞を受賞するなどスタートは順風満帆。私自身も、早速、ウォートンで学んだ知識をフル活用しながら、戦略・営業担当として顧客開拓に尽力しました。ところが翌1997年、アジア通貨危機がぼっ発して状況が一変。会社は、いわゆる銀行の貸しはがしにあい、あえなく倒産してしまいました。

その時にちょうど、後に一緒にiモードを立ち上げることになる松永真理さんから電話が掛かってきて、「NTTドコモで新事業を始めることになったが、テクノロジーがさっぱりわからないので手伝ってほしい」と誘われたのです。松永さんとは、彼女がリクルートの「就職ジャーナル」編集長時代に、私が学生アルバイトとして彼女の下で働いていたのが縁で、それ以来ずっとつきあいが続いていました。

NTTドコモに入って1年半後、iモード事業がスタート。一世を風靡(ふうび)する大ヒットとなった。

iモードが成功した原因は、技術のお陰だけではなく、その画期的なビジネスモデルにありました。そのビジネスモデルも、ウォートンの授業で学んださまざまなビジネスモデルが下敷きになっています。ウォートンで学んだビジネスモデルを、最初、ベンチャー企業を立ち上げた時に一通り試し、その反省も加味して創り上げたのが、iモードのビジネスモデルです。このあたりの経緯は、記録に残そうと思って書いた『iモード・ストラテジー』という本に詳しく出ています。

もちろん、ウォートンの2年目に履修した選択科目もiモードの開発に重要な役割を果たしました。技術にフォーカスするのではなく、この技術を使ったら社会がどう変わるのかという観点から開発を進めたことが、成功の原因だったと思います。

技術に関して言うと、iモードの技術は特殊な標準を新たに作るのではなく、できるだけ既存のインターネットの標準プロトコルを利用するという方針で開発を進めました。これも、ウォートンで学ぶ中で、社会を変えるような力を持つ新たなサービスを成功させるためには、既存の標準技術(デファクトスタンダード)を使ったほうがよいと強く感じていたからです。

また、iモードの開発部隊は、ダイバーシティーが徹底していました。だからこそイノベーションが起きたのです。例えば、外部から来た私と松永さんは、外人部隊と呼ばれていました。残りは社内から公募したいわば志願兵です。だからドコモ社内では、iモードは志願兵と外人部隊が作ったと言われています。実はそれが成功の鍵ではなかったかと思っています。

2008年6月、11年間籍を置いたNTTドコモを退職。現在は、慶応義塾大学で教鞭を執るかたわら、カドカワやぴあなど上場7社の取締役を務める。

慶応大学特別招聘教授 夏野剛氏

私がドコモを辞めた経緯はさんざん報道されているので割愛しますが、要は、iモード事業が大きくなり過ぎたのでしょう。初めは好き勝手にやれましたが、事業規模が大きくなるに連れ、思い通りにできなくなりました。辞める時は執行役員でしたが、それでもなかなか自分の意見が社内で通らない。じゃあしょうがないなと諦め、ドコモを去りました。

いろいろな会社から声を掛けていただいたのは、それだけ日本の会社も、取締役会のダイバーシティーの必要性を強く感じ始めているからではないでしょうか。どの会社の取締役会議でも、いつも一番しゃべっているのは私だと思います。好き勝手なことを言っていますが、私が取締役になることで経営者の意識や会社に変化が起きていることも実感しています。世の中や会社を少しでも前進させたい、変えたいと思っているので、その意味では、今の各社の取締役の仕事は意義のあることだと考えています。

また、ITが専門の私に声が掛かるということは、それだけITに対する理解が企業経営に欠かせなくなっていることの表れとも感じています。

ドコモを去るのと前後して、昔からお世話になっていた慶応大学の村井純教授に声を掛けていただき、慶応の教授にも就任しました。

実はウォートンを卒業して以来、自分がビジネスで成功するようなことがあったら、アカデミックの分野で恩返ししたいと常々考えていました。自分の経験や考えを若い世代に話し、それに刺激を受けた若い世代がまた何かやってくれるというのが一番の恩返しだと思い、慶大教授の話を受けることにしたのです。それくらい私がウォートンから得たものは大きかったのです。

インタビュー/構成 猪瀬聖(ライター)

前回掲載の「『iモードの父』を魅了 趣味と実益を結びつけた授業」では、米国で迎えた「インターネット元年」の興奮を語ってもらいました。

「私を変えたMBA」は原則月曜日掲載です。

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