「iモードの父」を魅了 趣味と実益を結びつけた授業夏野剛・慶応大学特別招聘教授に聞く(上)

世界初の携帯電話向けインターネット接続サービス「iモード」。この画期的なサービスの開発を手掛けたのが、当時NTTドコモの社員で「iモードの父」と呼ばれる夏野剛・慶応義塾大学特別招聘教授(51)だ。夏野氏は、「私がMBA(経営学修士)留学していなかったら、iモードは生まれていなかった」と語る。

最初の就職先は東京ガス。会社派遣で米ペンシルベニア大学ウォートン校(ビジネススクール)に留学した。

東京ガスを選んだ決め手は留学制度があったからです。これからのビジネスマンは、まず英語ができて、国際的に通用するようでないと、成功しない。早稲田大学の学生だったころから、そう考えていました。ですから、MBAもチャンスがあったら挑戦したいと思っていました。

そのチャンスが入社6年目に回ってきて、1993年、ウォートンに留学しました。

ウォートンはエリート金融マンの育成で知られ、米大統領候補のトランプ氏も学んだといいますが、大半の人は彼とはキャラが違いますね。

実際にビジネススクールに入ってみて、ビジネススクールというところは特別なスキルを身に付ける場所ではなく、ビジネスマンとして知っておかなければならない常識を一つひとつ穴埋めするように学ぶところだと感じました。

例えば、経営者として必要なのは、戦略や人材マネジメントも確かに大事ですが、まず会計知識です。それがないと財務諸表が読めません。現在、社内取締役2社を含め、上場会社7社の取締役をしていますが、取締役会できちんとした指摘ができるのも、経営に必要な基礎知識を一通りウォートンで学んだのが基礎になっていると思っています。

財務の知識以外にも、授業では、チームワークの大切さや経営戦略など、経営者予備軍として知っておくべき知識を徹底的に叩きこまれます。その意味では、ビジネススクールは、米海兵隊の士官養成学校のようなところです。

「摩擦」や「対立」の大切さも学んだ。

経営の基礎知識以外に学んだ重要なことがもう一つあります。あえて相手と摩擦や対立を引き起こすことの大切さです。

ビジネススクールの授業では、ディスカッションやディベートの機会が多くありますが、当然ながら、意見が対立することも珍しくありません。日本人はだいたい、意見が対立すると感情的になったりカチンときたりします。それが嫌で議論を避ける傾向もあります。ところが、米国人にとっては、議論中の意見の対立は単なるロールプレイでしかありません。どれだけ激しくやりあっても、直後に必ず「ナイス・ディスカッションだった」とか言って握手を求めてきます。

世界のビジネスの常識はこうなんだと非常に勉強になりましたし、こうした摩擦や対立があって初めてイノベーションが起きるということも、その時強く感じました。

摩擦や対立の大切さは、今も、大学の授業で学生に説いていますし、会社の取締役会でも、「議論が起きない会議は意味がない」と声を大にして言っています。

摩擦や対立は、当事者間に価値観の違いがないと起きません。つまりダイバーシティーが必要です。ところが日本の大企業の多くは、30年も同じ釜の飯を食った人たちによる阿吽(あうん)の呼吸の経営なので、摩擦も対立も生まれず、したがってイノベーションも起きない。だから日本経済は、過去20年間の経済成長率がほぼゼロという深刻な事態に陥っているのです。このままでは、日本企業はますますダメになっていくのではないと非常に心配です。

余談ですが、ウォートンは留学生の比率が高いので、英語が下手な生徒も大勢います。でも、例えばインド人やロシア人は、英語の流暢さなどお構いなく、議論で相手を圧倒します。彼らを見て私も考えを改めました。国際的な会議に出る機会も多くありますが、彼らのことを思い出し、臆することなく英語を使っています。

ウォートンの2年目に、後のiモードの誕生に決定的な影響を与えた科目を履修した。

慶応大学特別招聘教授 夏野剛氏

ウォートンの2年目を迎えた1994年は、インターネットの歴史にとってエポックメーキングな年でした。

その年、米ネットスケープコミュニケーションズが、世界初となる商用ブラウザー「ネットスケープ」をリリース。年末には米ヤフーがサービスを開始するなど、94年はインターネットの商用化の元年だったのです。

2年生になった私は、選択科目として「インターネットがどうリアルビジネスに影響を与えるか」という授業を履修しました。実は私はコンピューターオタクで、中学生のころからプログラミングをやっていました。留学した時も、真っ先にマッキントッシュを全種類買いそろえたほどです。

ただ、当時の私の頭の中は、コンピューターはあくまで趣味の世界、ビジネスは実益の世界と、完全に分かれていました。両者を結び付けるという発想はありませんでした。

ところが、その授業を受けた瞬間、趣味と実益が見事に結び付いたのです。授業では、航空会社の予約システムがインターネットにつながったら何が起きるか、銀行の送金システムがインターネットにつながったらどうなるか、小売りの流通ネットワークがインターネットにつながったら何ができるかといった、インターネットが創(つく)り出す新たなビジネスの可能性について、議論しました。もう、気持ちがワクワクして仕方がありませんでした。

この授業は、その後の私のキャリアに大きな影響を与えました。この授業を取っていなかったら、iモードは生まれていなかったと断言できます。

インタビュー/構成 猪瀬聖(ライター)

(下)「取締役会で一番しゃべるのは私」iモードの夏野氏 >>

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